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肌寒さで秋が進んでいることがわかります。

9月5連休のお客様

寒くなりました。
事務所では普通の感覚で温風機のスイッチに、手が行きます。
あちらこちらで聞こえていたコンバインのおとも聞こえくなってきて、宿のお隣の田んぼには、はさがけした稲があります。
はさがけで干したお米はとてもおいしいですね。

わたしも、元気だったら田んぼを作っていたかもしれませんが、体の中に高血圧という爆弾もつ身。お薬で体調管理をしていますので、畑だけで手いっぱいです。

今日ジョンの家に犬だけお泊りをしたミニダックスちゃん。
最初の日はうんこが出なくてとても心配しました。
じっと見上げて不安げに見つめてくるので、おなかの大きなこぶが、切ない感じです。とってもおとなしい仔でした。

2日目の朝にやっとうんこが出て、一安心しました。

13歳のお年寄りなのだそうです。
肝臓に病気があるそうで、お薬も預かりました。

犬の宿の仕事は、姿かたちがきれいなうちは、楽しくてそのための掃除という重労働も、人海戦術で何とか、乗り越えていけるものです。
いろんな犬たちが、集まってきてくれる、にぎやかさを思えば。
しごとの忙しさや、大変さは何やかやと言っても、やりきってしまえば達成感すらあるものです。

長い間犬や猫の宿の仕事していると、犬たちも猫たちも飼い主ですら。
みんな年取ってしまい。
犬などは特に、猫よりも、寿命も短いので、人間と同じような、肝臓がんや子宮ガンなどいう病気を発生させてしまうものです。エサの関係もあり、心臓の病気もあるし。
弁天荘の玄関前

年取った犬がお薬飲みながら、ただじっとして。

息をひそめて生きている姿をを見るのも、とてもつらく切ないものです。

「そう13歳なの。いっぱい愛情貰ってきたね。おばちゃんも病気持ってるよ頑張ろうね」そう言って、だっこされているミニチュワダックスの前足をなぜてあげました。
「フェイスブックに移させてもらっていいですか。」
「もちろん」山登りに行ったお父さんは快く返事してくださいました。
折角撮った写真なのに、カメラからパソコンに移し替える時の操作ミスでなくしてしまいました。とても残念です。「またよろしくお願いします」とおっしゃった言葉を信じて、いつかもう一度写真に残せればと思っています。

生きるという事。
きれいな姿が得意げの犬たちには、他の人々がたくさん賛美の声かけてくれることだろうと思います。

私は、岩にへばりつくように、必死でひそかに生きている命に、「がんばったね」とか「ありがとうね」とか声をかけてあげたい。
生きることにエールを送りたい。

生きてきたからこそたくさんの安らぎを家族の一員として、投げかけてくれたのだし。やさしい愛という潤いをたくさん家族にくれたのだから。
ありがとう。

家族として道中を旅行して来て、ふもとのジョンノ家にお留守番。
それだけのことなのですが。すごい事なのです。

不安とさみしさに絶えて、ひっそりと飼い主をただひたすら待つ。
ノンフィクションの「愛の在り方」についつい感動してしまいます。

ジョンノ家も弁天荘も、私の個人経営資本の宿ですから、何があっても「今風のおっされー」な、人気のきれいな宿にはならなくてよいのです。
犬がなくなってしまった人ならいいのですが、「犬なんかはいません。私達はゴルフに行くのですから」( 犬なんか)とは、何事だ。
ああーがっかり。そんな人は泊まってほしくない。

私を始めわが家のスタッフが、努力する対象外の人々なのです。
そのような方たちは、どうか、「弁天荘」には泊まってくださいませんように。

お部屋をおひとり使いでお泊りいただくことにより、限りあるお部屋は犬連れで最後の観光旅行を楽しみにしていらっしゃる、お客様をやむなくお断りしなければならないのです。

27-9月5連休客 C

「もう一度きれいな空気の田舎でよちよちとした散歩させてあげたい。」
そんなお客様にお泊りいただきたい。

人間だけなら、ビジネスホテルでも、高級リゾートホテルでも。高級旅館でもお金さえ出せば、どんな泊まり方もできます。

しかし年取った犬を家に置き去りにして置いていけない。
猫を置いていけない。
鳥を部屋に置いていけない。
そんな人々や、家族として一緒に旅行について来た愛犬たちのために、30年以上も前から存在してきた、この地域では元祖的な宿なのです。
私は田舎の頑固婆さんです。

お金のために愛想よく、へつらう対応はやっていません。

脳梗塞の病気をしてから足が思うように動かないので、お客様の足手まといになるので玄関先やロビーでのお迎えにも、めったに立つことはありません。

そんな人たちにとっては、私のような考えの宿は大変少ないのです。
人間だけのお泊りは、極力ご遠慮ください。
(犬が死んでしまったので、思い出探しの旅の方はこの限りではありませんが)

人間は、特に今の日本は、平和でお金さえ出せばどんなランクの部屋にもホテルや高級旅館にも泊まれます。
犬がいるためにこの程度の宿にしか、泊まれないと考えられるお客さまも、ご遠慮ください。田舎の宿です。昭和のころから愛犬に門戸を開いてきた宿です。
大型犬も、超大型犬も。何頭でもお金は無料で泊まれる宿なのです。

だから、最後の束の間のの飼い主さんとの思い出を作れる宿を、奪わないでください。私どもはあくまでも先着順に予約を受け入れています。

27−9月5連休泊まり E

グループで8名から10名くらい。
部屋は4〜5室というような、大雑把な予約申し込みはお控えください。
あなたのわがままで、犬との思い出作りを楽しみにしておいでのお客さを、やむなく断りしたのが、悔やまれてなりません。

私はどんなに貧乏したって構いません。苦しい経営でも頑張ります。

弁天荘は、売り上げ向上のために「犬の宿」をやっているのではないのです。
毎年保健所の講習会に出向いて大学教授の講義を受けて勉強するのは、ただかわいい姿の良い犬を眺めるためではないのです。

宿屋は、確かに商売なのですが、売り上げ向上の知恵なら、別の場所で別の人を相手に知恵を出して頑張ります。

ちょっと前の4〜5年前の口コミには「宿が古い」とか、「今後の改善のために。前置き。着物を着たり作務衣を着たりしている人がいなくて、誰が女将だかわからない」とか、ぼろくそに書き込む人も多い時も、ありました。
さぞ文句を書くことが客と、経営者側のしきりだと思っている人すらある。

「誰だと思っている。こちらは客様だぞ」と、おごり高ぶっているような。時代劇の印籠を出すおじいちゃんのような感覚で、悪党どもを懲らしめるような気分になっているのでしょうか。
口コミという陰で名前も名乗らず書き込むネットの世界は、ひえた人間関係を生むだけで何の意味もありません。

小さなペンションと違って、少しでも望んできてくださる飼い主さんとわんこちゃんやニャン子ちゃんに、やるべきことはしてあげたいので。
べちゃくちゃと私みずから客前に飛び出して行って、お客さまにべったりついて、おしゃべりしている暇はありません。つかず離れずこれが弁天荘のお客さまへの接し方なのです。

いまだに3年も前の苦情が堂々と乗っているものもあります。
何が苦情で何が参考意見なのか、わかりかねるところもあります。

弁天荘中庭

「女将に会いたい」と思っていったのに「女将さんらしい人は見当たらず、おばあさんばかりでした」
そう思われたのなら、言葉でリクエストしてくださればよかったのに。

そしてなおかつ「田舎が好きな人なら別ですが、料理は普通の家庭料理のようなものでした。」などと書いてあり。こんなことを書き並べる人には宿としては何とお答えしたらよいのでしょう。「残念でした」とでも言って、悪い事もしていないのに「申し訳ありませんでした」とでも書き添えるといいのでしょうか。

世の中が低迷の低迷に尽きる時期。
これから犬に携わる仕事をしようとしている人たちの、「突込み」だったような気がします。だったら、宿の言い分の「ぼけ」の部分は、どこで披露したら、いいのでしょうかねー。

私はお手本でも見本でもありません。
私のポリシイは、人の顔色見てしているのではありません。
人間よりも犬の顔の状態が第一なのです。

「不安そうなのか、おびえているのか、おなかが張って、苦しいのか。おしっこがもれそうで、そわそわしはているのか。」私の見ているところはそこなのです。

私は気難しい田舎の頑固婆さんなのです。
これからも頑固婆さんを通していくつもりです。
そのつもりですので、どうぞよろしくお願いします。

無理にお泊りいただかなくてもいいのです。
この頃は口に出す人も、書き込みをする人も少なくなってホッとしています。
私は身を削ってまで頭を下げる気はありません。

気ままな宿でいいと思っています。私は犬が好きなのです。
可愛いという気持ちよりも、心配なのです。命の短い大切な、家族ですから。

62歳女将

「同業者を目指す人はお断り」の札でも、出しておこうかと、笑って忘れることにしました。

わたしにとっての、犬や猫の泊まれる宿とは、命の宿なのです。
わたしもよれよれになって、喘ぎ喘ぎ生きています。

死んでから100倍泣いて悲しんでもらうよりも、生きているうちのお茶碗いっぱいの、おいしい家族だんらんの手作り料理の味です。

それが犬たちにとっては何よりものいつもと変わらないエサを食べいつもと違った散歩道を歩くことが大切なのです。

犬たちにとっては一緒にいられる家族との一時です。
よその犬が鳴いているからと、迷惑な顔しないでください。
ちょっとおしゃべりな仔がいるだけなのです。

そもそもよくなく犬を見かけたら、まだ「お泊りの時の学習中なんだね。」と理解してあげるおおらかさが、愛犬家としては必要なことなのではないでしょうか。

その家族の中に、愛犬も入ることをお忘れにならないように。

そして家族の中には「元気印」という通行手形がひっすうなのです。

世の中が少し忙しくなって、以前のような下調べのようなお客様の姿は減りましたが、私の大切なリピーターのお客さまもご病気になられたり、他界されたり、愛犬が虹の橋を渡ってしまったり。さまざまな状況です。

なんか頂戴レオン

そして私自身も脳梗塞を二度と再発しんないように。
気を付けて、仕事に携わっています。

誰でも病は、願って成るものではありません。
ある日突然、予告なしに襲ってくるものが病なのです。
たとえわずかな、その予兆がたとえあったにせよ。

そんなもの「気の迷いくらいに思い」に全速力の馬力で頑張りぬくからこそ。
身体が悲鳴を上げるものです。
そういった人は、道半ばの人が多いものです。

大成した人にとっては、後の余生をどう楽しんで、生きるかくらいのものでしょう。私は人生そのものが、まだ道半ばと考えています。

だから細々とやり続けていきたいのです。新しいことも頑張って楽しみながらやり遂げたい。
いろんな楽しいことを始めた以上は、まだまだご支援よろしくお願いします。

ぽつぽつと来てくださるお客様が弁天荘にとっての
「本当の意味での大切なお客様」なのです。
感謝して今夜は長いブログを閉じます。
最後まで読んでくださり、今日も、ありがとうございました。
懐かしいお客さまにもお目にかかれました。
10年前の思い出の写真がアルバムにとってあると感動していただきました。
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