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平成最後の年は苦難の年で終わるかも

弁天荘ロビー

皆様お元気でしたか。しばらくブログ御無沙汰していました。
平成も残すところ半年で年号が変わるのですね。
そして平成時代に何を思いますか。皆様の生活も大なり小なりの変化があった事と思います。
お泊り記念写真は、かなりの枚数になりました。
こんなにも多くのお客様にお泊りいただきましたこと感謝の念に付きません。

思い出のアルバム

バブルがはじけそして。平成時代も終わりに近づくと。自然災害が次から次へと神戸の地震も。北陸の地震も。九州の地震も。とても大きな地震に人々は苦しめられて。たくさんの被害を受けて命すらなくされた方が。
心からお見舞いとお悔やみ申し上げます。
岐阜県は地震こそ大きなものはありませんでしたが、御嶽さんが噴火した事や、
大雨警報がしょっちゅう出て、下呂温泉近くでは、JR高山線がが泊まるほどの土砂崩れがありました。 

そんなゲリラ豪雨が頻繁になってきたのも平成です。
でも犬をつれたり猫を連れたりして皆さんが来てくださる宿だということも、すっかり定着してきたのも平成時代でした。
ジョンノ家
いろんなことを乗り越えて、今私は私の作る手作りの料理。
おいしい飛騨牛を食べていただくことに。
何よりもの生きがいを感じています。苦しい事も、つらいことも多い。
現代は、物にあふれる現状の続く豊かな時代にはなりましたけれど。
不景気は依然として続いているようです。消費税も10パーセントになります。
10パーセントは恐ろしいほどの税金の数字です。

犬の泊まれる宿も飛騨地区にも何喧嘩できましたが、また何軒かは、その営業のともしびを消すという現実です。
儲からないからやめる。
案外この業界は傍で見るほどは儲からないということでしょうか。
そもそも、儲かる儲からないという「商売道具の矛先」に犬や猫を使わないでほしいと思います。彼らは愛するものであって。家族なのです。

脳梗塞の再発もないままに頑張っていますが
わたしの身体はだんだん背骨のパ゛ランスも曲がりだし。立って、姿勢よく歩くこともままならぬ。歩行北寄りの醜い姿になってきました。

62歳女将


皆様の愛犬や愛猫に会えるのが何よりもの楽しみです。年がら年中。そんなお客様の平和に携われるポケットのような宿を続けていけることがとても楽しみです。いろんな苦しみを乗り越えて頑張りましょうね。次の時代を迎えてまたその時代に生きていきましょう。私は昭和の半ばに生まれました。
昭和は発展の時代でした。平成は試練の時代です。いつも私の田舎の宿弁天荘をご愛顧くださるお客様に感謝申し上げます。スタッフ一同。
心より御礼申し上げます。
夏虫の音もすっかり消えてしまって静かな長い秋の夜です。
最後まで読んでくださりありがとうごさいました。
今年の畑は酷暑続きで散々でした。
今は大きななすとピーマンが残っています。
それも9月末で終わりになります。
残念ですが来年は畑の野菜作りのイベントはできそうもありません。
水撒き作業がとても人件費に追いつかない状態で。毎年こうゆう夏の暑さになるのだという事では、畑のおじいちゃんたちの健康も心配になります。

そんなわけで多分来年のもぎ取り農園はできなくなるのではないかと思うのです。
長い間畑を楽しみにしてくださったお客様ありがとうございました。
畑には力注げなくなりそうですか。宿は変わらずにやっていますので。
どうぞ「ペットと泊まれる旅館弁天荘」をどうぞ末永くご愛顧くださいませ。

きゅうりを食べるジョン
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