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感情表現は犬に見習うこと

ジョンの家のジョン犬7歳可愛いので車においていくのは心配でした。だからけっきょく、お昼は、名物だ゛という高山の「ごへいもちとみだらし団子」を車の中で食べて終わりでした。おやつの延長みたいで、なんとなくものたりなかったです。
犬は喜びましたが、主人が少し不満なようでした。ペットと一緒に入れるレストランが、以外に少ないので、とても不便でした。
「やっぱりおいていくといいのでしょうかねー。」そういってジョンの家に一時預かりを客様。「だいじょうぶですよ。」
「いいこだねー。ちょっとだけ、お留守番だよ」と言い聞かせられ、一緒に入ってきた玄関から、いつの間にか本当に、飼い主の姿が見当たらないこことを知ったペット達は、最初の10分から15分程度は泣いてないてなきちぎっていることが多い。
しかし大半のペット達は、しばらくすると、その状況に置かれた自分の立場を察知すると共に、身の危険性を感じない限り環境に慣れていくという、学習能力すら持っている。
飼い主でもない私やスタッフが「どうしたの。大丈夫だから。おりこうさんたねー。」などと話しかけてやるとにおいをかごながらすりよってくる。
ジョンの家のジョン犬7歳そしていつの間にか寝そべったり、モーフにくるまれたりしながら寝てしまったり、眠らないまでも、ともかくおとなしくする子が多い。
しかしそれはいつもの自分のおもちゃのにおいや、自分自身の「いつも使用しているマットなどに、自分の匂いが付いているので安心」するということが多いようだ。

何しろ犬によっていろいろなにおいがするらしく。気の小さい小型犬などに多く見られる。ひとつの行為としてあるのが、
不安はまず自分のにおいで「他の怪しげなにおいをかき消して」というのが彼らの主張のようだ。
だからオシッコちびり、いわゆるマーケティングいう行為をする。
比較的小さい雄の小型犬は特に多い。そして飼い主が迎えに来てくれたとき、この上のない喜びをあらわすときの嬉しい小便「ウレション」行為もそのように思う。
しかしそれほどまでに体中で喜びを表し泣き叫ぶという悲しさやつらさなどは犬に学ぶべきものがあるのかもしれない。そうすればどれほど味気ない殺伐とした人間界が、暖かい絆や人情などで潤っていくことだろうか。明るくはきはきとした陽気な心の表現は、社会が活動的になると思う。

なぜならば今の社会は冷め切っていて無感情で人を殺し、一度やってみたかったとか人を殺して死刑になりたかったとか。
「ばっかじゃなかろか。」と思うような人間が増えつつあるのがやりきれない。そして「一人くらい殺しても死刑にはならないという」近頃の裁判の事実」がもっとやるせない。

「犬にも劣る」という言葉をきくことがある。

「犬は賢いやさしいどうぶつなんですよ。犬の事知らない人が、犬のこと低く見下した言い方しないでください。賢い仔は5歳から6歳児の知恵はあるのですから。」たとえ話のひとつにですら犬という種族を引き合いにださないでほしい。
私はそんなことすら思う。
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