いろんな生き方。

もぎ取り農園一休みのいす27年.jpg

80歳ののおじさんは、明日は午前中病院へ行くので休むとの事。
70歳のおじさんは今日は疲れたので休むとのことだった。

あしたは全国的に雨だというので何となくほっとしている。
雨もそこそこに降らないと大変なことになる。
土は焼けつき少しばかりの水やりでもお湯のように土の中は温まってしまう。
植えた苗が新しい土に根を張るまでがとても大変な観察と管理なのだ。
情熱と管理知識がないとせっかく毎日水やりの管理をして育てた苗も乾草のようになってしまう農業人ではないが、農業人のようなハラハラする気持ちだ。

天気が良すぎても、管理に大わらわということになってしまう。そして6月の梅雨時をどのような成長期出迎えさせるのかも、なかなか大変な管理なのです。

何百万という出荷のできる、収入の上がる面積を手掛けながら、「遊びの畑に野菜作りの人を雇うなんて」なんとまあ、「みんなただで持ち帰らせてしまうとは。」と言われました。
でもお金で買えない親切です。これこそがお金で買えないサービスなのです。
懐かしい田舎の昔を思い出してほしい。
ちいさいときの育った故郷を思い出してほしい。そんな日本が発展してきたのは品な人々が頑張ってきたから。そんな使用和時代があったから。

みんながみんな重役や社長の息子や娘ではなく。
みんなやみんなサラリーマンの都会育ちではなく、
田舎の畑や田んぼや山を眺めて育った人も多いと思う。

ドックラン27年

「女将の考えは、その辺の百姓とはちっと、違うなー」
と言っていた、畑のおじちゃんたちも、ようやく納得してくれた10年。
体力の続く限り私の方針を尊重してくれる。
みんなすっかり年取ってしまった。
だからこれだけの畑を準備するのに一か月のようかかった。
根気と毎日の積み重ねというものは、「素晴らしい成果を生むことだろう」と感動する。
あの大きな畑をビニールシートでくるんでしまった。
これでこそ私の理想の草取りにはいらなくてよい収穫を楽しむ畑が出きていく。

広大な畑に入って収穫体験ができる、から楽しいのであって。
自由に持ち帰れるから楽しいのであるのだろう。
値段は一派600円と書いてあるのだが、みんな宿泊した人には一家族一バケツ分が、無料ということになる。
野菜に限らずイチゴや、リンゴや、ナシ狩りなどのお金を払って入場して食べるとか、お土産いくらなどという観光農園はよくあるが、それとはまた異なるのだからから。家に帰ってから食べる野菜なのだ。

こんな宿はないのかもしれない。それをひっくるめて弁天荘なのだから。

これは「女将の道楽のような畑の野菜作り」なのです。
手間暇かけて管理してこそ私のお客様に対しての「もてなし」の姿勢なのです。

山間の飛騨の田舎の小さな宿です。ペッと連れ専門の宿です。
10階建ての50室60室を持つ宿でもないし、温泉宿でもありません。

海辺や湖畔沿いの、風光明媚な宿ではなく、たくさんの人たちが働くそんな設備でもないのので、田舎の牧歌的な景色をのんびり散歩してほしいから、計画しました。

より楽しく田舎に接してもらえる計画を。

野菜を収穫する喜びを体験してもらいたいという真心なので。
収穫を得た野菜収入を上げるものではないのです。
お客様に楽しんでいただくための野菜なのです。

「そんなことしたくないとか、」「野菜なんかもらって帰ってみ仕方ないんだ」
という人には関係ない事なのかもしれませんが。

トウモロコシとカボチャとジャガイモ

でもそれが安らぎにつながる牧歌的な田舎につながる、私の宿としての特徴が
野菜収穫なのです。
無農薬で作る、除草剤散布しない野菜。
そんな野菜作りに春から夏までずっと管理して、できた野菜を喜んで差し上げたいのです。

弁天荘にお泊りになったお客さまには、自分で収穫した野菜を喜んでお持ち帰りいただきたいのです。

種を植えてから苗になり畑で成長して身になった野菜を収穫できるには約3か月。
90日から100日の間。
毎日毎日。野菜の具合を観察して、成長の度合いを観察し続けなければなりません。そうしないと良い野菜はできないのです。

土がつかないもぎ取り野菜農園

一日の私の意見を聞いて素直に畑仕事に頑張ってくれている。
私はそんな畑のおじちゃんたちをパートナーに頑張っています。
それが夏のお客様を迎える準備です。
いつまで頑張れるかわかりません。80歳のおじちゃんは病院に入院しながら。
退院しては、すぐ畑にやってきてくれます。別との中で思い暮らすのだそうです。

70歳のおじちゃんは、血便があるので、「がんかもしれない。」と気にかけているそうです。でも絶対にたとえがんでも。
「がんでも医者にはいかない。抗ガン治療はしないで。自然に生きるのだ」
と言っているそうです。いつかテレビのがんセンターのドクターの講義に感動したのだそうです。
人間はどんなふうに最後まで生きていくかを、選択する権利は持って居たいものですね。
今は苦しみというか痛みは少しづつ、緩和してくれる方法があるらしいから。


人間は一人で生まれてきて、また一人で死んでいくのですね。
私もいつどうなるかわかりませんが、苦しむことなく静かに空の星になりたいものです。

最後まで好きな仕事に携わっていられればありがたいですね。
60代はなんというおばあちゃんなんだろうと昔は思っていましたが、自分がその年になってみればそれなりに、まだ気持ちは若い気持ちでいられます。

まばゆい太陽の下を、手押し車押して歩いている私はスッカリ老人なのです。
もうすぐ、後期高齢者という言葉で束ねられる。
介護の桶に押し込められるのかもしれません。
毎日ごはんがおいしく食べられるのが素晴らしい事なのですが。
のんびりとゆったりと暮らしていける、現在の「平和な弁天荘」の気ままな暮らしは幸せを生んでいるのだと思います。

野菜が育つということは自然の風や光から、もらうめぐみなのです。
ありがたいことです。
その感謝の体験を収穫の喜びを、私はわが家のお客様におすそ分けしてあげたい。

だから収穫体験イベント今年もやりました。
今年も後は成長を待つだけです。
そしてお客様の大入りを待つだけです。どうぞお待ちいたしておりますね。

大テマリの花
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