テレビの中の74歳の萩本金一さん。

美容室の白ヤギちゃん

むかし「金ちゃんのどこまでやるの」といういわゆるお笑い番組なのだが「金どこ」という番組を、腹をかかげて笑いながらよく見ていた。私もまだ若かったし、
お笑いも今の物とは少し感覚が違っていたように思う。

叔母が東京の浅草に近い隅田川のほとりの町に住んでいたので、東京の旅行会社の営業に出向いた折には、叔母の嫁いだ家によく立ち寄っていた。
叔母の嫁いだ先はまだ浅草の洋服屋で、仕立てをしていたそうだ。
もう叔母もすっかり80代だから、いとこたちもすでに50台だと思う。
久しく会ってていないので、姿かたちも変わっていて、見分けすらつかないかもしれないが。

萩本欽一は、今でこそコント55号として結構、名が売れてきているけれど、俺が「萩本金一の服を仕立ててやっていたんだ」とテーラー〇〇を名乗っていた叔母の舅にあたる、その人が良く言っていたことを思い出す。

仕立て職人の腕一本で店舗を構えていたその人は、戦後の時代を生き抜いてきた人の風貌と気迫を持っている人だった。
まだ25歳かそこらの田舎から出てきた私を、そのおじいさんに連れられて、喫茶店でそんな話しの相手になっていたことを、思い出す。

「うちの嫁の田舎から、訪ねて来てくれたものだから」などとよく、出歩く先々で
いろんな人に紹介されたが、まったく住む世界の違う私にとって、せっかく紹介してもらった人たちは、私にと知っては「帯に短し、たすきに長し」だった。

遠くに見える乗鞍岳。

岐阜県の飛騨の山奥の、そのころ高山市でもない丹生川村の一民宿が、一流の旅行会社の専務さんや常務さんを紹介されても、仕方のないようなものだった。
その叔母の、舅がなくなってから、かなり久しい。

すべてがセピア色の昔の古ぼけた思い出となりつつあるのだが。

「ぶっちゃけ寺」という最近人気のお寺を解説する、テレビの番組に萩本欽一氏が出ていた。浅草の浅草寺も屋根の説明などが出ていた。

そして萩本欽一さんの駒澤大学へ入るまでの、勉強アイディアと努力を、再現ドラマ風に取り上げてあった。「ぼけ防止に大学入試にチャレンジする」とはいかにも欽一さんらしい。
お笑い界の世界では、なかなかない素晴らしい人だと改めて感動した。

喜劇王チャーリー、チャップリンの護衛達に、ピストルで狙われながらも、訪ねて行テ面会が許された、無謀なと言えるような歴史を持っている日本のお笑い界のコントの大御所であることは皆さんがご存知の通り、私はそのお笑いセンスに昔からの一ファンであったけれど。

さらにもう一つ、尊敬に値する素晴らしい人生の努力賞で、その才能は、世に一世を風靡し続けてきた萩本欽一の世界だと思う。もちろん苦労という下積み生活はあったことのようだが。
その才能の磨き方はまさしく「金」への道だと思った。

私はそれが「東京という都会の街」なのだと感じた。
多くの人の中で磨かれてもまれて光るものが、さらに光るようになっていく。

民俗資料館

人世は哲学であり、「生きる」ということから始まる「学び」がもう一つ光を呼び込んでくれるのだと思った。やっぱり「素晴らしい欽ちゃん」だ。
今日高山市内へ、仕立物を受け取りに行ってきた。

肥よくの着いた、婚礼用の大振り袖の加工が何枚か、できてきた。
大胆な構図のものが多い。日本のお祝いごとの柄には鶴やクジャクが多いのはやはり縁起物だろうか。丹頂鶴のペアのつがいの生き方に日本の絵師は美を見出しているからだろうか。古民家のどこにでもある普通の田舎の大きな間取りの家の中にはさぞかし生えることだろう。
そしてさらにしいて言えば骨格の位置から違う、大柄な外国人女性にはよく似合うだろう。外国人はいくら高山に数やってきても金は落とさないという風評を覆すプランだと確信を持って、進めてきた準備。まず一つ目の石を投げてみる時が来たようだ。同波紋が広がっていくか。楽しみ楽しみ。

高山の懐かしい街並みから、戻ってきてから、紙詰まりしたので引っ張ったら文字がぶれるようになったので、こわれたプリンターを取り換えてもらった。
プリンターは一年前の物なのに、すでにバージョンアップされたものが販売されているらしい。何もかもが日進月歩だ。

メーカーが変わればインクがまた買い替えなければならないので、同じメーカーにしてもらった。
パソコンへの連動の設定も、してもらった。

明日からまたレジカメとの取っ組み合いになるだろう。
今の私は畑と天気と、犬達の世話と猫の世話に追われる。
どんなにブラシを当ててもこれでもかというほど毛が抜ける。
この頃犬の話題が私のブログから少なくなっているからお客様の入りが悪いのだろうか。それともうちの叔母か犬が、お客様を遠ざけているのだろうか。窓からガラス戸越しに吠えるから。
「レオン。うるさい吠えてはダメ。いけない。わかったよ」

子育てがこの犬たちのしつけよりもさらに何十倍も難しくエネルギッシュなことだとしたら、私はすでに子育ては失格だ。
どんなに「従順にしてほしい」とアイコンタクトをとっても、ふれあいの時を持っても、言うことを聞いてくれないので今はお手上げ状態。

彼らの衣替えの時期だから無理もないが、犬が二頭と猫が6匹。
大変な世話になるのです。
でもそれが私を待つ支えであり、私の心の張りなのですから。
早く梅雨が明けてほしい。

寒くてたまらない飛騨です。
高山市内は24度でしたが私の住んでいる丹生川町は、22度くらい。
家の中にじっとしていると肌寒い感じです。
これは気候的には贅沢かもしれませんね。

ジョンノ家

今日もせわしなく一日が終わって行きました。ではまた明日ですね。
最後までお付き合いくださりありがとうございました。
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