朝から雨降りの飛騨高山にゅうかわの里です。

雪が降りました

朝から雨降りです。
今日の午後あたりからは平湯朴ノ木あたりでは、雪がふるのではと言っています。底冷えのする寒さを感じます。
リンゴ農家のおばあさんから甘くておいしい林檎をたくさん買いました。
果物の中でリンゴがとても体に良いそうです。

今日は灯油もタンクに補充してもらい。
けいこう管にも10本ほど宅配してもらいました。
野菜もたくさんあります。白菜も大根もねぎも。漬物桶もたくさんつけ終わりました。これで一安心です。

いよいよ冬支度も終わって。
年末年始のお客様をおむかえして、ちょこっと真剣に働いて。
長ーい冬籠りに入ります。
雪に飽きて、人恋しくなった頃。
2月3月に着物体験館のほうに訪ねてくるお客様相手に楽しい時間をすごしましょう。そしてまちどうしい春が着ます。

りんごのうか買いました

そうやって繰り返していく年月。
若いころのように感動的には暮らせなくなったけれど。

ピシッとした空気で張りつめた気持ちで向かう仕事と。
だらーんとしたゆったりとした気持ちで迎える時間の谷間と。

それなりに楽しい人生だと思う。
商売には定年がないからと。いう人も居るけれど、定年の前に社会というお金の流れのリストラがあるのでは。
生き残るのも自己責任。

お客様がきてくださるからこそ。そこに宿をやり続けている意義があるのです。
しかし年末。
請求書の山を振り分けて。あちらこちらにお金の手当てしておかなければ。
ああー。宝くじ買いたくなる人たちの気持ちよくわかる。

趣味から「仕事」となった時に。本当に真剣かどうかの生き方が、「銭」という結果で評価されるなんて。何とも現実はシビアなものだ。
しかし現実は、なんといっても現実で。ありのままの気持ちだけではぎくしゃくするので。

少し「夢」というふりかけもたまにはかけないと。
ご飯がのどを通らない。

人間は太古の昔から、食うための努力をあらゆる形で行ってきた。
租の積み上げた歴史の上に、便利な社会がそこに広がって。
(生活が成り立つかどうかの死活問題 )食うことに、無頓着な若い世代の人たちが多くなってきた。何なんだろう。たむろしている都会。

だるまストーブ

私たちの育つ世代は何もないところから物欲から始まった。
今社会に物はあふれ。「捨てることを大義」としている。
そんな当たり前の時代に、同化していく事のむつかしさ。

素朴なもてなしに力を入れようと思っています。
寒くなりました。
雨も雪に変わるのではないでしょうか。
ありがとうございました。
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