柴犬のジョン。8月1日逝きました。推定9歳でした。

晴れのお天気が続いています。高山は朝晩は涼しいので助かります。
ジョンの家 玄関2.JPG
長年ジョンの家で頑張って居てくれた「ジョンが心筋梗塞」でこの世を去りました。薬を飲ませ始めて1ヶ月ほどたった朝の出来事です。
「ぽち玉のテレビ」に出たり「いろんな犬の雑誌」に取り上げてもらったり、生前中は皆様に可愛がっていただき、ありがとうございました。短いジョンの生命でしたが、犬として生まれて死ぬまで、幸せな日々をおくらさせていただきました。
ジョンの家 看板.JPG
もともと彼はお食事処弁天の看板につながれたまま、置き去りで捨てられていた、成犬の柴犬でした。どこで生まれたのか、何歳になっていたのかわかりません。私のところに縁を持って命を永らえたことになります。

来た当時は、しかめずらの神経質な犬の顔でしたが 、そのうちのんびりとおっとりした爺さん犬の顔になり、弁天荘に縁をもっって約9年。今はなき主人の可愛がっている犬だったのです。死してもジョンの家という看板に名を残した、強い生命威力を持った犬でした。
「お食事処弁天」だった建物を改装して「ジョンの家」にした。
経営の波間の岐路で、彼が導いてくれた家業の経営スタイル。

今年の春になって、ジョンの体力と入れ替わるように子猫たちがやってきて、私は「招き猫だ。福の神だ」と喜んで、子猫たちを育てていました。

いつまでも雨の多い今年の夏。8月1日の朝のことでした。
もはや、立っている事さえできなくなったジョンは、私の足元に崩れるように横たわって「僕がいなくなっても、猫たちがいるからさみしくはないね。」そう言うかのごとく、苦しい息の中うつろなまなざしで見つめ、静かに息を引き取って逝きました。倒れてからほんの30〜40分ほどだったような気がします。
そこには魂の抜け殻となった、大きな犬の姿が横たわっています。
私は何時間か、時間の過ぎていくのを忘れて、座ったままジョンの頭をなでていました。「長い間よくがんばったね。ありがとう。ありがとう。ジョン」
茶色い毛皮のコートを着た老人のごとくに私には感じられました。
私のほほを、ぽたぽたと涙がこぼれます。
悲しいというより、夕日に感謝する感覚でした。

私の足元を月日の流れと共に走り去っていく猫日や犬達の生命。それが寿命と一言に片付けてしまうには、何かひとつ違う!
生き物としての心に残る彼らが教えてくれること。
私自身、折に触れ生かされていることの有り様に感謝して生きていく日々です。

畑が見える土手の胡桃の木の下に、みんなで大きな穴を掘って埋めてあげました。「安らかに成仏して頂戴」と、土が顔に直接かからないようタオルでくるんであげました。カチカチになった魂の抜け殻の身体は、ふさふさとした毛皮に包まれ、生前中、朝に夕によく歩いたしっかりとした肉球。足は棒のように延びきったままです。
「向こうに行けばチビコもレオもシロも、今はなき私の主人の清さんまでもいるよ。夏のお盆には、いつもお客さんでてんてこ舞いだから、忙しくて呼んであげられないけれど、ごめんね。9月の旧盆にはみんなで帰っておいで。ジョンのこと、決してわすれはしないからね。本当にありがとう」
とお線香にに火をつけ、手を合わせて見送りました。
あれから夏山シーズンを向かえ、忙しさに追われて二週間あまりが
あっという間に過ぎました。
毎朝ジョンの眠る場所にゆりの花の咲いているので、私の部屋の窓から良く見えます。これから毎日、心で会話する日ががつづくのですね。
ジョンの家のジョン犬7歳
今日の午後は、蒸し暑いなあと思うまもなく、雷まで大騒ぎの大夕立でした。雨脚が50センチも上がる騒々しい雨。今年は自然が、どこか変です。
日照不足。つまり太陽かっと照らすような夏日が飛騨では少なかったということに尽きる事実です。今年の果物は、形や色はそこそこでも甘みがありません。やはり不作です。
ずっしり重いスイカ.JPG
スイカもメロンも、桃も甘くない。何か物足りない感じです。
スコールのように雨は降りますが太陽がへそを曲げています。天照大神の神話の時代から、日照不足はあったのかもしれません。今年はそんな年ののめぐり合わせなのかも知れませんね。
なんか変だけど、とにもかくにも夏は遅くからやってきて早くに去っていきました。もう飛騨高山の季節はは秋です。

赤とんぼが飛んで、朝晩涼しいどころか、寒くて、秋がすぐそこまで来ています。ススキも穂をつけています。大げさなようですが、クーラーより、ストーブがほしくなる。

集落の少年達の公民館に集まって、練習している秋祭りの練習の鐘の音が風に流れて聞こえてきます。
高山ではこれから、あちらこちらの集落で、9月の声と共に秋祭りが始まってきます。本来は「豊年満作を祝うお祭り」なのですが。今年みたいな大不作でも「お祭り」はやるみたいですね。むしろ太陽の女神のご機嫌を損なわないよう、いつもより熱狂的にお祭りに精を出さねばならないのかもしれません。

風習慣わし郷愁といえば、越中「八尾の風の盆」9月1日。2日。3日と3夜連続して、街中を踊りつながれていく盆踊りがあります。悲しげに鳴り響く胡弓のリズムはそろいの浴衣姿にマッチして、見る者に胸打つものがあります。
そろいの浴衣姿の人々の美しい流れは、男踊りはりりしく、女踊りは優雅でなんともいえない胸に響いてきます。一度はお出かけになってみてください。
きっと感動で、心が満たされる事と思います。季節のおすすめポイントです。
7時頃から始まる夜の行事です。はやめの夕食を済ませてお出かけ下さい。弁天荘からマイカーで1時間もすれば、八尾の町の手前の駐車場に到着です。

八尾の町の人々が踊る男踊りと女踊りの流れは、華やかでそれでいて物悲しいような、御曲の流れと美しくて郷愁を誘う踊りの流れに町中が包まれる。
すばらしい心に響くものがあります。
越中八尾の町の中には「ぺっっと受け入れ可能の宿」はありませんので弁天荘を起点にしてご計画下さい。お出かけの間は真夜中のお帰りでも対応。
2100円で「ジョンの家での犬預け」受け入れ致します。

ぜひこの機会に一度は、お出かけになっておかれるといいですね。

おかげさまで夏の「弁天荘のてんてこ舞い状態」は、何とか今日まで、区切りが付きました。少しのんびりと体調を取り戻して、これから秋シーズンへと突入してくれるとうれしいです。
今年は8月8日から連続投球の日が10日間続きました。
「不眠不休」という言葉がぴったりの、スタッフ達にも疲労がたまってきており、私は寝不足も加算しています。「こういうことをありがたい悲鳴」というのでしょうか。
世の中不景気だというのに夏山シーズンで、つかの間の間、賑わいを実感いたしました。

何につけお客様のご愛顧の賜物と感謝して、御礼申し上げます。
これでひとまず、平常の流れに戻ったということです。
まだまだ夏休み中なので、8月22日の週末の土曜日の予約は満室煮させていただいております。
最終末の土曜は、選挙の関係も有り、予約はぐっと減っています。
今回の選挙で、よい方向に政治が動いてくれることを切に望んでおります。


弁天荘に働くことで生活をつないでおります、スタッフ達ともどもに成り代わりまして、心から御礼申し上げます。ご愛顧いただくお客さまあっての、私どもの生活でございます。
いつもリピーターの皆様。本当にありがとうございます。
今後ともご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。
                         女将 森和歌子
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