漬物おけの整理をしました。キムチ付けや煮たくもじ作りをしました。

水仙

春になったので、漬物おけの整理をしました。
「煮たくもじ」作りをしました。飛騨では赤かぶの葉の長漬けは、春になると3センチくらいに細かく切って塩出しをします。大鍋で一日煮て、やわらかくなったら、味付けは「だし汁、しょうゆ、みりん、最後に食用油、山椒粉、七味などで味を調えます。

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飛騨の人にとっては、昔から食べなれた懐かしい食べ物です。
食卓に「煮たくもじ」が出る頃は、いよいよ本格的な、春の到来を意味するものなのです。桜ももうすぐ咲くことでしょう。
この食べ物は奈良、平安の時代から、京都から伝わった食べ方だと聞いています。京都の神社仏閣を作るときに、兵役として勤めたのは、飛騨の人々だという歴史に残っています。
その頃から伝えられている食べ物だということです。
今では飛騨の代表的な珍しい食べ物ということになっていますが。。。

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ゴールデンウイークの空き状況

気候が暖かくなってくるということは、人々の心もほぐしてくれるようです。ゴールデンウイークの空き状況>は集中日の空室は、いよいよ少なくなってきました。
今のところ4月30日と5月3日4日はほぼ予約で埋まっています。
前日くらいまでに多少のキャンセルは出てもみんな楽しみにおいでいただくお客様ばかりです。
満室予定日でも、多少のキャンセル移動は前日まであることと思います。根気に現地へ電話入れてみてください。電話0577-78-1090
最終的には連休中の4月19日も5月1日も5月2日も、みんな予約で埋まってしまうとは思いますが、お天気が良いことを祈るばかりです。

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なぜかというと秋の高山祭りで、いつもにぎわう八幡神社の式年大祭が今年の5月1日2日とあることに決まりました。
こんな日本が苦しいときだからこそ神様にお願いをして「世の中の苦しみを収めてもらおう」と願いをこめて行う大祭です。
飛騨中の神社の神様が八幡神宮にお招きされて「角逐の神様がお客になってよばれていく」行事です。めったに見られないことなので、機会があったらぜひこの機会に高山祭り大祭をご覧になってください。

水仙

祭り見物客も大変な人ごみでした。
からくりの山車の前などは押すな押すなの大騒動で下が、今年はそんなんでもなさそう。4月14・15日も街中が意外にすいていたとか。
あいにくと今年は、東北の大震災があり福島の原子力発電所初の騒動があり、大変なことになってしまいました。そのかなしいできごとも観光客の減少につながっていると思います。土砂崩れも津波も来ない高山の街の中が、歩いている人もまばらな、ひっそりとした現実になってしまうのです。

高山も外国から来るお客様でにぎわっていました。
一年も前からの予約がすっかりキャンセルになってしまったそうです。

世界から見ての日本は、風評被害も手伝って、経済が悲鳴を上げる状況になりつつあると大変です。
大震災を受けた地域はもとより、日本中のどこの場所も元気に活動的にならないといけないのです。いつまで喪に服して自粛したままでは、泣崩れてばかりの姿になってしまいます。
涙を拭いて、上を向いて歩き続けなければならないのです。元気でなければ悲惨な地域を支える力もなくなってしまうのです。

「早く復興が一日も早く進みますように」と「みんなの笑顔が戻ってきますように」高山祭は街ぐるみで「幸せなこと」に一歩づつちかづいていけるように、お祈りするのです。
本来それが、「神輿」をくり出したり「山車」を出したりして、町並みを練り歩く原点なのです。高山の最後のお殿様金森公が、各町内でこぞって山車を寄贈して競ったことから、「その行列を守ってあげよう」と裃を着たお侍様が行列の先頭につくことになりました。静々と町の中を練り歩きながら行列が通っていく。これが高山の昔からの祭りスタイルです。独特の闘鶏樂の金たたき、笛や太鼓のお囃子も遠い遠い昔の祖先から受け継いできた伝統です。

この祭囃子は地域ごとに独特で高山は高山の和楽があります。この祭りの音を聞きながら育った私達にとっては、太鼓のリズムだけを聞いても、胸がジーンとしてくる感動的なものなのですが。
大昔の時代から上品で、静々とした威厳のあるお祭りが歴史を重ねてきたのです。「日本三大美祭」にも数えられています。

高山祭りはパンツにさらしでねじり鉢巻というお祭りスタイルとは少し違う、お祭りとはいうものに「長い冬に耐えてそこに行き続けてきている人々の歴史」がそうさせている形があるのです。

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世界中からいただいた義捐金もみんなの数で分けてみれば本当にすずめの涙。
みんなで分けると30万や35万程だという。
200万や300万の仮設住宅を作ってもらったところで、みんな1000万以上の住宅に住み、食べるものにも事欠かないそこそこ平和な暮らしと、高度の文明の中で過ごしていたのです。

それが突然あのような事態になってしまって。
義捐金も復興ももちろん長い目で応援続けることが大切です。
絶望のふちに立たされたときに人々は何を心の支えに頑張るのでしょうか。
神代の世界から延々と続いてきた命というものの自然の中ではぐくんできた、力強く生きるための原点に立って、心の苦しみから立ち直っていくほかないのです。
そういう気持ちというものは、口先で「頑張れ」と励ますだけではない、
単純に豊作を祈ったり悪病や天変地変のないことをお祈りしたものです。
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高山祭り

4月になると高山はに春の祭りが始まります。今年の春の祭りは4月14、15日平日です。旅館のほうはすきすき状態の、祭り見物客は入っていません。今年は梅も桜もも4月末頃には咲き始めるでしょうか。

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まだまだお天気がいまひとつなので昼間は、とても暖かいのですが
夜になるとまだまだ寒いですね。
灯油代が、湯水のように入用になるので大変困ります。
私の体にも寒いということは良くないことなので、一日も早く暖かな、すごしやすい季節になってくれることを願っているのですが。

東北の大震災に会われた方たちは、この寒さの中を頑張っておられるのかと思うと、苦難の程がしのばれます。
でも元気付けられているのは私達のほうかも知れません。

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津波に荒らされた畑の瓦礫を片付けてジャガイモを植えつけておられた姿を、テレビで見て、その力強さを学びました。塩害はないものなのでしょうか。
気にかかります。
さまざまな状況をテレビで見るたびに、せめて早く暖かい春が来てくれればと願うばかりです。

私の父も今年は88歳なのですが、乳の育てているミー子という猫が父よりも早く年を取りまして、食欲を愛情に変えて、かなりのメタボでした。
今では、たるんだおなかの皮も今ではぶら下がっているような、結構な老婆の猫になりました。

ゆらゆら揺さぶらせながら、歩く姿はこっけいです。それでも外から通ってくる「茶トラ」という猫の彼氏を窓辺越しに、「飲み友達」ならぬ「猫友達」をやっています。
冬の間は父が恋人のごとく、いつもべったりくっついていたのに、春が来て少し暖かい日差しになると、私の父はミー子にふられていつも置いてきぼりです。
ミー子はいつの間にやらいそいそと「茶トラ」や、「ちゃぶち」や「ちゃっちゃ」や「からすまる」というお友達が居ます。とてもし合わせそうです。若い猫達と見詰め合っている姿を見ると、仲間が居るっていいことなんだとつくづく思ってしまいます。
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ストレス

ストレスというのは、身体はよくないのだといわれている。
そういわれていてもこのごろの日々は、不安とストレスがたまることばかり。
地面が揺れるなんて日常あるまじきことなので、被災された地域のテレビを見ているだけで、とても不安になる。

ましてそこに津波なんて。考えることも恐ろしい。命がもみくちゃにされてとても痛ましい。現実が絶えられないストレスとなるということ。よくわかる。

私達の住む丹生川町は、昔から身体に気を配ってくれる村のシステムが残っており、部落ごとに保健体育委員会という活動が、元看護婦さんや現役の主婦看護婦さんなどが役員に選ばれています。丹生川村という、雄大な乗鞍岳のふもとの、のどかな村でした。いまは行政の都合で高山市という名で、ひとからげに、ひっくくられていますが。。。

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「健康診断の日」というのが有り、村中、期間を決めて血圧の測定から始まり、胸部のレントゲンや骨こっしょ症。検診乳がん検診。子宮がん検診などが、大腸がん検診など、ほとんど村人であることの義務のように毎年行われてきました。
それは旧高山市と合併してからも、その習慣性が強く残っており、人々は健康診断と選挙は国民の義務のように思うらしく、老いも若きもこぞって行列で、順番を待つのです。

わたしは体調の具合によっては、決められた日に集合していくことは難しく、近年は集団検診に、行っていないのですが、毎月診療所で血圧のお薬をもらっていますのでそのとき、体重測定や尿検査など診断してもらうことにしているのです。

丹生川診療書では誕生日月を健康診断の一決めているらしく、胸部のレントゲン撮影や血液検査などをしてくれるのです。そして「体のことで何か気になることがあリませんか」というう問いかけを丁寧にしてくれます。
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4月を迎えて。

東北地方の大震災で、一瞬にして多くの人々のとおとい命が奪われました。
自然災害の驚異を、とても恐ろしく思います。
このたびお亡くなりになったかたがたのご冥福を、心よりお祈りいたします。
また被災されました皆様に、一日も早い復興の日が来ますように願っております。
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今日の飛騨地方は、久々に暖かい一日でした。
道路の雪もすっかり消えてしまいました。スノータイヤを履いた車のまま、高山の街中まで、「犬や猫の餌」のお買い物に出かけてまいりました。
桜はまだつぼみが固いですが、ドックランの周りのチューリップの葉っぱが出初めています。

取り寄せていた、しだれ梅の苗木を2本だけドックランのそばの冥加畑の畝の間に新しく植えました。
悲しいことを忘れないように。
祈りをこめて、さきちゃんと一本づつ植えました。

この梅ノ木が大きくなり花が咲く頃、大震災でなくなった人々のことや、日本という国に襲いかかってきた、大自然の脅威を忘れないように、「毎日を感謝して一日一日を大切に生きていくことを誓う」記念樹です。
真っ青に晴れた今日のお天気は、まさしく春るうららといった気分。

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高山市内の帰り道は、158号の国道ではなくて、上野平の田舎道のまっすぐな道を通ってきました。その道は景色がすばらしい、私の大好きな道です。
正面に両手を広げるかのような、乗鞍岳や槍ヶ岳や笠ヶ岳ヶが圧倒する優美な景色で白く美し意景色が広がっています。
真っ白に雪をかぶって、遠くから見ると、とても美しい。
それはそれは、惚れ惚れする美しさなのです。
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