無農薬農園の収穫体験。終わりました。

飛騨高山の、長い冬が終わって春が来て、暑い暑いと汗をかいている間に夏も駆け足で去っていき、今年もあっという間に秋が来ました。
9月のうち咲き誇っていた、そんなコスモスすら、花盛りは、終わりました。

コスモスが満開です。

夏の延長のように9月も暑い日が続いておりました。
それでも間に台風を挟んだりしましたので。
朝晩寒い日が続いており。
天候が夏と秋とが入り混じって、気まぐれな気候を繰り広げていました。

そんな中、弁天荘は、無事9月30日をもちまして
弁天荘の無農薬農園を終えることが、できました。

畑のおじちゃんも夏中頑張ってくれたので。
ここで少しお休みを出して労をねぎらおうと思います。

ひと段落したところで、ぼつぼつと今年の畑じまいをしていきます。

まだ花が咲いて収穫できるものもあります。
霜が降るようになるまでは残っているものがあれば、散歩の途中でお取りいただいてもかまいません。
朝とも夕とも言いませんので。ご自由にどうぞ。
畑の残り物でもまだ野菜としては良いものがあるかもしれません。
袋は、フロントで差し上げます。お申し付けください。

なかなか、露地もの野菜というものはスーパーで売ってあるようには品数がそろうわけではなく、天候に左右されるものです。楽しみにしてくださったその日の朝が、雨降りだったり、、。
朝早くとらないと、あっという間に夏の太陽が元気に上って、坂道を運んでくるのに汗だくだったりします。

きゅうり夏涼み苗

だけど収穫の喜びや、運ぶことによって自分の取った野菜に愛着が出て、何かしら得し多様な。収穫することが、面白かったり。

いろいろな思い出をお作りになられたようです。
毎年7月から始める恒例の無農薬農園なのですが、9月の人たちほど。
「ありがとう。たくさんいただきました。」という言葉がもらえました。

こんなに喜んでもらえるのなら、やはり来年も今年の冬のように。
種をえらびをして。冬を楽しみに過ごし。
「春になれば、私が苗を育てて、畑に植えがんばろうかしらー。」

と、私の気持ちを、再確認するきっかけになりました。

旅館と並行して作業が続くのでとても、大変だけれども、
こんなにお客様が喜んでくださるのなら。

無農薬農園

やはり来年も「無農薬農園」は、やらなくては。と思いました。

農薬散布しないで頑張ろう。虫との戦いで、白菜もブロッコリーも途中で。虫たちに降参して一口も食べないうちに虫に提供してしまうことも、ありなのですが。

命の躍動を止めないままに、自然の農法は、人間にもとても大切なことです。
私も命があったからこそ。好きなことができるのです。

私の弟は、農業高校で農業を教えています。

彼は大学で農業を学び、「上手な農薬散布の仕方とか、いろんな最新技術の農業」を生徒たちに教えています。
生産技術と最先端のの農業収入の成り立ちを時代の先端で教壇に立っています。

私は、そんな弟に何を習うというわけでもなく。
彼とは違った生き方をしています。

体に優しい、自然任せの野菜作りに、精を出しています。
私は私の信じる道を進んでおります。

キリギリスもコオロギもちょうちょも、みんなこの世に生を受けて自然の中に存在する、とおとい、生物です。
生物が生産能力を脅かすからと言って、農薬まみれの形の良い野菜は、私の考えの中にはあり得ないのです。できる限り、国産のそれも成長過程がわかるものを使いたい。野菜もお米も。それが私のこだわりです。

持ち帰り野菜様々2.JPG

そんな私には考えがあって農園を始めました。
始めたころは私も元気でしたので、面積ももっと広い場所をやっていました。
今年は、ぐっと狭めて畑は3か所だけにしました。
この夏の恒例イベントも来年は、かれこれ、9年目になりますせめて10年一区切り。
来年は、もう一人畑のおじちゃんを増やして、お庭の草取りにも手が回るようにしようかと思います。
旅館裏の梅の木も来年の春には選定をしなければ大きくなりすぎてしまいます。
今年のなつめの実もたくさんなっています。
やっと宣伝が口コミで、行き届き始めて。
お客様が弁天荘の他とは違う点をお客様同士で、語りあっていただく様子を見ると、嬉しい気持ちになります。

「また来なければと思うので、元気でいてくださいよ。」と声かけてもらう言葉が、とてもうれしいです。わたしや叔母がお客様から、気遣ってもらうなんて、なんとありがたいことなのでしょう。

お客様からそんな風にいたわってもらえるのは。
宿をやっていくものとして、冥利に尽きますね。

旅館に泊まって畑の収穫体験なんて生まれて初めての人たちは、とり方を先輩客から習ったりして、楽しみながら宿友達になられたようです。
やはり「継続は力なり」と、しみじみ思いました。

「頑張ってきただけのことはある」と思うからです。

ずっしり重いスイカ.JPG

権力や財力の力ではなくて。なんといって体力の力なので。
「頑張る」という言葉そのものでした。

畑を手伝ってくれるおじちゃんも今年は、、。去年まで3人いたおじちゃん、おばちゃんが、事故死して居なくなったので来られなくなりました。

人間の命も、もろくてはかないものです。

「だからこそ。無理のない程度には、がんばらなければー」と思うのです。
去年は弁天荘にとってはいろいろありました。

「今年も俺たちを働かしてくれてありがとう。そしたら、また来年じゃぞ。来年もお客が喜んでくれるような野菜作りをして、頑張らまいかいなー。」

そういって畑片づけをしてくれた、おじいちゃんが。
もう今年はこの世にいません。

冬の間お休みをしている間に。春を迎える前に、畑のおじいちゃんが、、。
山へ木を切りに行って、木が避けて切りかけの木に、打たれて亡くなってしまいました。即死でした。


わずか半年の間に人の命がこの世から消えてしまったのです。
だから畑で働くおじちゃんは2人になってしまいました。

それで、今年の夏もやたらに暑く。大変でした。

草は生え放題に生えてなかなか、畑の手入れも追いつかないほどです。

「真夏は来られない」というおじちゃんも中にはいたりして、結局管理するおじいちゃん一人という現状です。
それでも、多くのお客様は、喜んでくださりました。
元気でとってもとってもすぐ大きく育つ草には、参りましたが、、。

中には旅館のお客様へ提供しているサービスを「考え違い」をしている人がいて。
そんな人にも、すっかりへこみました。
何回か着ていらっしゃる、なじみ客の遠慮のなさの横着な差にも降参です。

料理が「田舎料理」だと言って怒られたのには、本当に私も、大人げなく、怒りがマックスになりそうでした。「はぁー。ざんねんでしたね。」って言ってしまいそうでした。求めるものが違います。あなたは宿を間違えています。

それに「トマトが青かった」だとか。「きゅうりが大きくなりすぎている」とか。

まるでスーパーマーケットへ行って、文句つけているような人もありました。

無農薬農園の野菜は。売り物ではありません。

宿より5分ほど高山寄りの158号線沿いに「農協のファーマーズ」道の駅のような朝どり市場に立ち寄れば、地元野菜は手に入ります。
100円から、安い新鮮な野菜がいくらでも売ってあります。
種類も豊富で量もたくさん入っている地元産の野菜が売ってあります。
お客様にとっての良い野菜が。
そういう野菜だと思われるお客様は、そこへお立ち寄りになればいいのです。

アプローチを通り玄関へ.jpg

「立ち寄って買って帰られれば、いいのに、、。」と思いました。

「サービス品の野菜に文句をつける人は、「いったいどうゆう人なのだろ」うと思いましたが、だまって文句を聞き流すより仕方ありません。

私は、野菜の出来のよさを提供しているのではないのです。
「安全な野菜を。」「収穫の喜びを味わっていただくことを提供」しているのです。

玄関先においておいた、きゅうりの苗も、モロヘイヤの苗も皆さん喜んで、持ち帰ってこんなにたくさんできました。
近所にお配りして喜ばれましたというお手紙いただいたり。

私のやることは。普通の旅館の女将のする事とはどこか違っているようです。
それが私らしい、宿のやり方だと、お客様の言葉に大いに自信を得たような、すがすがしい秋晴れのお天気のような、、。
畑の最終日を迎えました。
ここに感謝の気持ちをか菊とでご報告申し上げたいと思っております。
本当に、ありがとうございました。

弁天荘全景夏

もとはといえば、昭和50年代に
犬を前面に打ち出しているしている宿は、「所詮犬の宿だ」といわれてもいい。
「私は犬や猫が好きなので、、。」そう言い張って、何十年か過ぎてきました。

弁天荘を支えてくださるお客様によって、細々と宿をなりたててきました。
時代に取り残されていく、少々不便な宿です。

館は古くとも私は私の気持ちが伝わればと思いながら、宿を続けています。

何度かそれなりに修繕したり、電気変えたりしていますが、全体的には、だいぶレトロな宿になりました。
それでもそれ自体も承知で何年越しで来ていただける、リピーターのお客様に感謝いたします。
私の宿は70パーセントの人々がリピーターという、特殊な宿です。

初めて来た人が「今度来れば僕も、リピーターだもんね。」
そういわれましたので、思わず「うふっふっ」と笑ってしまいました。

わが宿のお客様は、「陽気で楽しく、やさしい」気持ちの人々が多いようです。

猫を喜んで引き受けてくれる宿は少ないのだそうです。

私は犬好きの猫好きなので、なぜ犬は良くて、猫はダメなのか。
わかりません。

4匹の子猫が大猫になり.jpg

私はたくさんの猫を育てています。犬も育てています。
結構な、大所帯です。猫砂とエサ台がものすごいことになります。

動物のために人生を生きてきた様な反面、犬や猫たちに救われて生きてきた事ともいえます。何しろ彼らは短い一生なのです。

なんといわれても、覚悟の上で。犬や猫や、鳥やウサギフェレット。
気兼ねなく泊まれる宿でありたいと願って、「犬猫旅館」にしてしまいました。
私が始めたころは世の中に犬専門の宿はとても少なくて。

館内イメージ.JPG

私は奇人のように言われたものです。

銭金のために犬猫旅館をやっていると、誤解され続けてきたのが、
一番悔しいことでした。犬の宿は一段低い宿だという偏見です。宿の格とか、宿の設備の良さとか、そういう類のものを求めるのは。
それは、ないものねだりなのです。

犬のことを思うのなら、遠慮しないでおしっこできる、うんちができる散歩道や。のどかな環境や。
そういうものが私は大切だと思うのです。
きれいに整った街中の店先でしていることが、歓迎することではないのです。

まして植込みの花壇には平気でうんちの放置。
マナーを守らない飼い主がいて。市民からの、苦情が絶えないそうです。

高山市の観光課としては、事実上、「決して犬連れ客を歓迎して、呼び込みたいとは思っていない。」
犬連れオッケイのお店の調査などマップなどは作らない。」と言われてしまいました。
「行政とは、一部の経営者を支援するものではない」とまで言われました。

無理もありません。
40年前と変わらないことです。
私はそんな視線の中を、戦って宿の存在を示しながら、やってきました。
最初に、始めた者たちの苦労を知らない、新しい宿が、競っています。

らくてんよう写真「大」小川の湯.jpg

「老兵は去るのみ」毎年この言葉をかみしめて宿をやっています。

まだ保健所が理解してくれているだけありがたいことなのかもしれません。

街中の人々は、うんんちやおしっこしている観光客の犬を、苦笑いを浮かべて、本当は「なんで、わたしのとこの店先なのよー」と思っているのです。

自分の犬は目に入れても痛くないほどかわいいけれど。
他人の犬は、腹立たしい人すらいます。

ちょっと前のことですか、「犬に優しい宿だということはそうなのでしょうが、人にも優しい宿であってほしいものです。バストイレ付の部屋がないということにびっくりしました」と口コミサイトに書く人がいました。
無理もありません。今どきのギャルには、田舎は無理です。

木の価値観もわからず、木造建築の不便な宿は、今どきの人々には受け入れがたいものなのだろうと思います。

そして、宿には板前さんがいて着物を着たおねいさんがいるのが当たり前だと思う。そこいらのオッチャンも、私の宿には不要なお客様です。

バストイレ付の鉄筋コンクリートのビジネスホテルが、3000円代で、泊まれるのです。弁天荘は、はるかに高い料金です。

トイレ付き和室Bタイプ.JPG

田舎の良さがわからないコンクリートの社会。
平成時代に生まれた人たちには理解できないのかもしれません。
私の犬達も、みんな年取って、流れる月日の中で次から次と、虹の橋を渡りました。犬の一生はなんと短いものか、、。

そう思うと宿をやり続けることの大切さが、しみじみ感じます。
お泊りいただいた「宿泊記念写真」も、たくさんたまって。
もう写真ブックは増えていくばかりです。
無料でお取りした素人写真ですが。

家族の「思い出という宝物」を紐解く大切な写真です。

ジョンの家 玄関.JPG

私としてはその選択肢は、間違いではなかったように思います。

そりゃー。こんな物価高でお客様事態の収入も伸び悩んでいる、長く続いているでディフレ傾向の時代に。
こんな面積だけ広い敷地の中の建物の維持や、土地の維持は何かと大変です。
多少、収入と資質のバランスがうまくいくばかりではない月もありますが。

犬や猫がかわいいと家族の一員にして、旅にも連れてこようとするほどのお客様は、なんといってもお客様が気持ちのいい、感じの良いお客様が多いから。

その分、宿の経営者としては、お客様の気持ちに救われるのです。

こうゆう宿をやろうとなかなか大変な覚悟で始めたことなのですが。

私の宿の神にも霜にも犬ホテルやいぬペンションがあとからできてしまって。
丹生川という地区に3件も宿があるのです。
値段も特色も何かと違うのに。
あたかも競合する宿のようになり、経営的にはやりにくい部分もあります。

それでも「続けてよかったと思うことが、たくさんあります。」

私はお客様からそんな元気をたくさんいただくので、来年も頑張って宿も畑もやらなくては、思うのです。

身体は本当にへとへとになるほど大変なのですが、身体に多少の無理をしても。
倒れるほど頑張るのではなく、楽しく、汗にまみれていたいのです。
「気を張って頑張る」ということは、「生きる力の源」として、とっても、だいじなことですものね。
昭和時代は遠くなりました。でも大切な基礎となった時代です。

今年も、あっという間に、秋が来ました。
今年も元気で宿屋がやれて、本当に良かったと思います。高血圧を抑える血液サラサラになる薬は、あれからずっと飲み続けています。

想い出写真展示.JPG

5年前、車いすで退院した私が、宿屋のみならず、畑仕事までできるようになったということは、信じられないような奇跡なのです。
この世には神も仏もあり。お客様が神であり仏様なのだと思います。

「活きる生きがい」部屋にゴロゴロしているよりは、とても楽しいことなのです。
まだまだ年金暮らしというわけにはいきません。

励みに思う気持ちが、明日に向かって、前に一歩進もうとする気持ちを駆り立ててくれます。生えずってでも生き残ったのだから、頑張らなくては、、。と思う気持ちが、今日の感謝の気持ちを産みました。

皆さんも頑張って月日のたつことの速さに、悔いのない毎日をお過ごしください。

いつも読んでくださりありがとうございます。今夜もだらだらと長くなりました。

では明日から始まる10月という月の初めに向かって、「ファイトオーオー」ですね。いやはや、年寄りの冷や水。から元気、、?

秋が深まっていくこの季節。
私は、何をおたけんでいるのだ、、と少々笑えてきますが、、。
深い深いどこまでも澄み切った青い秋空に。楽しく元気に頑張りましょう。

ドックランのこすもす咲きました。
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9月の最終週末は、秋ばれになりました。

こんにちわ。今日は、お天気は明るく秋晴れです。
紅葉が少しづつ始まりました。

24-10-21 029遠くに見える乗鞍岳.jpg

秋がこれから色鮮やかに深まっていきます。お天気が良いと紅葉の色もとてもきれいですので、朝晩寒くて昼間は暑くも寒くもなくちょうどよくて明るい日差し。
朝晩寒いこと。これが最高の秋景色を作り出す事になります。

今年は高山祭が平日になりますので、ゆったりと、高山祭けんがくしていただけるかもしれませんね。
なかなか素晴らしいお祭りです。
機会を作ってぜひ一度は見ておかれますことをお勧めいたします。
今回は、目的を高山祭にしてみてください。

3連休の12日13日は土日ですが、かすかに10月9日9日のお祭りから外れていますので。
土日を挟んだ高山祭はたいへんな交通ラッシュですが、今回は整然と駐車場への交通整理もできると思います。
放射冷却が続いています。
その分昼間は暖かく紅葉がとても鮮やかになることでしょう。
しばらく良いお天気がつつくような気がします。

上三之町

安心して、高山祭の秋祭は飛騨高山「八幡宮」の12台の三社を、眺めていただく。笛や太鼓やのお囃子だけではない。

いろいろなよそのお祭りにはない街全体のお祭りの雰囲気が素晴らしいのです。
各家庭で気は、祭ちょあうちんを軒先に出します。
小学校もお休みになります。子供たちにも、お囃子の中に伝統継承としての役目があります。

高山祭には頭鶏楽という金のリズム。
伝統の白染を着て、平傘を頭に着け、鉦叩きの行列も、なかなか素晴らしいものです。
そしてなんといっても、12台の圧巻の豪華絢爛の山車。
山車をひく人も、旗を持って先導する人も、昔ながらの代々引き継がれた衣装です。
「お祭り警護の役」を割り当てられた人は「紋付き袴裃。せった。白足袋」なんと、衣装は皆さん自前です。
正絹のあつらえた寸法の衣装を、身に着けての参加ですから、雨でも降ってきたら大変なことなのに、、。
絹連れの音がシュッ、シュッとして、ぴんと張った裃袴の姿。
それほど誇らしいものなのですね。

私のお婿さん今は亡き主人も着物を作って仕立てて持ってきました。
「紋付き袴。こんなものがいるのか、、。」などと言っていました。
でも都会とは違い、酢田舎の町に住むのには、いるのです。
逆に言えば必要とする 行事に参加する家だということです。一国一条の主として家紋を背負うということです。
田舎はしきたりや文化が、昔ながらに続いていますので。
そこに住むという尊は、彦の行事に参加するということなのですね。

そして現役のお巡りさんも。
交通整理から、お祭りの本来の警備まで。
何百人もの人たちを動員しています。成り立っています。

昔の儘に現代の若者たちもしきたりに従って、「高山祭り」は「観光都市高山」の観光一大イベントになっております。

世界中から外国人もたくさん来ます。

豪華絢爛の宝石や漆塗り。唐の織物。
飾られたからくり山車の前には、ものすごい人だかりになります。

それがすぐ目の前に通るのですから。素晴らしい感動です。

このお祭りは江戸時代から続いているものです。
日本三大美祭に数えられています。
たくさんの紋付裃袴姿にふんした町の人たち。延々と行列が続きます。

そんな一連の神事を見ていただくには、犬は音にも敏感ですので。
やはりひとごみのなかにはいぬはつれていきたくないものですね。
犬たちは弁天荘の「ジョンの家」に預けられたほうがいいかと思います。


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10月8日は、屋台倉から出す準備が見られます。

10月9日は昼間のお祭り儀式もありますが町内を山車が練り歩く、素晴らしい提灯に飾られた美しい山車の夜祭があります。

10月10日は昼間の催事に彩られます。


高山市をあげての大きなお祭りです。

現代のお金に換算すると、一台何十億円もする有形文化財です。
そんな国宝が、高山の町の中を練り歩くのです。神様が御旅所まで小さな旅をなさるということで。みんな行列をなして進むこれが、高山祭の神事の流れです。
静かで小古曽粉飛騨高山のお祭りです。
山車も八万神社のの境内に並びます。
この高山祭を走りに、秋祭りは飛騨中の小さな町々や集落にまで、広がっていきます。秋が終わり冬を迎える枯葉の季節まで続きます。

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豊作を祈り感謝する。素晴らしい日本の文化だと思います。
神話の世界もたまにはいいものです。海英彦山彦。大国主命。天照大御神。昔話に思いを寄せて太古のロマンに日本の儀式。文化に触れてみませんか。昔からあるもののよさは郷土の風習やしきたりとともに。たまには思い出すこともよいことだと思います。

今日は土曜日ですので。サツマイモでも洗って、これから夕食の準備に入ります。
それでは今日は、この辺で。

風に乗って、ドックランで遊んでいる、犬たちの声が聞こえてきます。
楽しそうです。
夏ほどの厚さはなく秋の明るい光に包まれて、気持ちの良い一日となりました。

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20号台風の連れてきた寒さ

皆さんこんばんわ。
秋のお天気の良い日が続いています。

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まだ、夏日のような暑さを感じると、いろんなネットの中での情報を目にしますが
ここ、飛騨高山は先日乗鞍岳の五の池に初氷が見られました。
それは9月の半ばのことでした。
18台風で日本のあちこちで大変なことになっていた頃のことです。

一週間もしないうちに、20号台風が生まれまして、だんだん台風となって日本にやってくるまでに、何個か子供を産みおとし、厄介なことに、この台風は、台風のくせに。
北風に手招きして寒さまで連れてきたのです。
今日中、晴れてはいるものの、風の吹く寒い一日でした。

台風は南で生まれ、熱帯地区特有の湿度を含んだ生暖かい風のはずのなのですが。
北に待機している「北の寒さ」まで呼んで、連れてきてしまった感じです。

厄介なことには、ただでも寒い飛騨高山地区は9度という気温です。
急な底冷えのする寒さです。
乗鞍岳や穂高あたりはマイナスの世界かもしれません。
ストーブが恋しい気温となりました。心の準備がまだできていないので。
寒さに、がたがたと打ち震えております。

秋は、きれいな紅葉と引き換えに日を追うたびに、寒さが増していくものですが。こんなの順番破りのお天気は、おきて破りです。
春からちょっとおかしいですよ。やはり温暖化現象の一つなのでしょうか。
いきなり寒かったり。急に暑かったり。
人間の身体は、お天気の気まぐれにに、ついていけないくらい大変です。
急に昼間は汗ばむほど暑くなったり。気温も落ち着かない現状です。


とりあえず診療所の主治医の顔を見て、お薬をいっぱいもらってきました。
もうこうなったら、神仏たよりではなく、その前に、薬たよりです。

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秋を楽しむどころかいきなり冬になったり、いきなり夏に逆戻りしたり、とても複雑です。身体の体調管理はお医者様のアドバイスとお薬です。とほほ、、、。

秋のサンマもサツマイモも楽しんでいる間もなく、いきなり冬景色の岳山。
この寒さでは、「遭難する登山者が出なければいいが」と
遠くの景色を眺めています。
それに「遠くに見える初冠雪の乗鞍岳の写真も、じきにお届けできるのではーー」と思っています。
今夜は私もいよいよ電気モーフを探さなくてはなりません。
「えーと、どこにしまったかなー。」
毛糸のセイーターも純毛でないと物足りない。

だから猫を布団の中に引きづり混んで「とりあえず、猫ごたつかー」なんても思っています。
それではダウンをと思いながらも、(この季節から?冬になったら何着るるの?)

まるまるとしたダウンジャケットを来た私の姿を、鏡に映して、笑い転げています。
やはり、ダウンコートも冬のものでしょう。「今ではないでしょう。」

そんなわけで、今日はこれでおやすみなさい。早く寝ようと思っています。
とは思いましたが、時計を見たらもう夜中の12時はとっくに過ぎています。

愛知県の名古屋あたりも、明日の朝は15度くらいの気温だそうです。
30度の世界から、いきなり15度になったら、名古屋の人々は風邪をひくのでしょうか。どうか、くれぐれもお体をご自愛ください。

丹生川のお花畑

東京は、昔叔母が浅草に住んでいますので、若いころよく出かけたときは、「飛騨高山の気温と大差ないなー」なんて思ったことがありました。
あれから何年も。東京も、大阪も名古屋も出かけてはいません。

「名古屋の街も駅の近辺、ずいぶん変わったよ。遊びにおいでよ。」お客さまからよくお声かけていただきますが、なかなかたった3時間にも満たない電車にすら乗って出かけられない現状です。

そのことを思うと、弁天荘においでくださるお客様に、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。改めて「ありがとうございます」

犬も猫も数が増えるばかりです。
私はこのまま、田舎の景色の中に、枯葉のように埋もれていくのかもしれません。
落ちている猫を拾うと、20年の先付手形を受け取ったようなものです。
今現在は、猫が7匹。犬が2頭。なかなかの大所帯です。

「今年は夏を越せないかもしれない。」と思いながらも
私の猫たちはすっかり元気に食欲の秋を迎えました。

確かに見た目はよぼよぼで毛づゃも悪く、「もういつお迎えが来ても仕方ない」とあきらめていますが、私の父同様年寄組のチームは、なかなかの元気なのです。
これでは私のほうが先を越すかもしれない。
「そんなわけにはいかないでしょう。」と私は坂道に、へばりついているのであります。

今でも旅館から下げせて帰るお客様の食べ残しの魚だとか、しゃぶしゃぶ雑炊を舌なめずりをして待っています。
私はそんな彼女や彼らにとっては、特上のえさの運び屋さんなのですね。

だから、私は結局遊びに行くこともあきらめて、せいぜい暇ができると、たまに宿では決して使わないであろう海のおさかなに舌鼓を打ち、ぐっすり眠って身体に休息を取ることが楽しみになりました。

「名古屋の御園座ができたら、こけらおとしには、絶対行くよ」と心に決めて、それまではどこもいかずに頑張ることにしました。
まったりとした時間を過ごし、テレビドラマに遠慮もなく、誰はばかることもない感動の涙を流したりしています。

そんな風に、幸せの時を夕日を眺めるように、過ごすのが当たり前になりました。

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昔は太陽の上ってくる朝日を見るのが好きでした。
この頃では夜の静かな大きな月を眺めていると、心がひどく落ち着きます。

昔は月よりも夜空に瞬く数知れない星を眺めてロマンを夢見ていました。
夜道の犬連れさんぽも楽しいものでした。

今ではフェンスに囲まれた中庭のベンチで、犬たちを勝手に遊ばせて、雲の中に見え隠れするドラマチックな月を静かに眺めています。

「疲れたから、もう中に入ろうよー」とジョンやレオンが私の膝に手を置いてくるまで眺めています。
今ではすっかり、「身体に、疲れることはしないよ。」という
田舎のおばちゃんです。

猫も犬も私の子供たちだから。
この子たちのことを思うとまだまだ何年も頑張らないと、、。
そう思っています。
消費税が、現状の5パーセントから、8パーセントに上がって来年の春は
お客様の出足に少し響くかもしれません。

さらに10パーセントになるまで、あらゆるものの値上げラッシュが続いています。
このまま、雲の流れるように。
ドラマチックに人生が時の中を流れていくのでしょうか。
なんだか不安が闇の夜空に広がっていくようです。
でも明るく、頑張りましょうね。今夜はこれで。

いつも読んでくださりありがとうございます。
風邪ひかないように、暖かくして、おやすみなさいませ。

どうだんつつじ赤い紅葉
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乗鞍岳の紅葉。

昨夜はとても寒い夜でした。

夜中にに肩のあたりがさむくて、目が覚めました。
電気モーフを探すほどでもないので。
何となく寒いので、押入れから、普通のモーフを出して布団の上に重ねました。

老猫たちが身を寄せ合うように、私の布団の上に乗ってきて、、寝返りも重くて大変でした。挙句の果てにゴロゴロと喉を鳴らし、ぐうぐういびきをかいています。
ふと、窓の外を見上げると、月がとてもきれいに見えていました。

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空がとても青いので、晴れている証拠です。
ウサギが餅つきをしているなんて言っても信じる子供たちはいない。
月へロケットが飛ぶ時代です。
現実はどうであれ、何かロマンチックなものを信じたいものですね。

すすきも団子も中秋の名月には、とてもよく似合いそうな感じです。

明日も晴れるいい天気と天気予報。
この分では、中秋の名月も見られそうです。
秋はすっかり山から下りてきます。

乗鞍岳の五の池の一つが、今年初氷が観察できたとか。
道理で寒いわけです。
今年は10月の待たずして、初冠雪のニュースが飛び込んでくるかもしれません。
わが家の猫たちにも、モーフの寝床を用意してあげなくては、、。

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乗鞍岳のの秋はもう紅葉のシーズンを迎えています。
真っ赤なナナカマドがすっかり真っ赤な実をつけて色づいていることでしょう。

これからの一か月。裾野に向かって、色鮮やかな素晴らしい紅葉が、ふもとの里まで広がります。夏ほどの押し寄せるような賑わいよりも、山の美しさを理解する人々の集まりのようです。

これから本格的な一足早い紅葉です。10月の寒暖の差が、色鮮やかな紅葉の季節となります。
皆様も、こちらへおいでの方は、毛糸のセーターをお持ちになってください。
上着も必要かもしれません。
都会ではまだまだ昼間は暑くて半袖だと聞いていますが。
山はそんな恰好で行ったら、遭難します。
飛騨高山は、ここは海抜650メートル。
洪水も川の氾濫もありません。津波の心配はありません。
しかし、大自然を軽く見ると「風邪をひく」という、手痛い仕打ちに会います。

岐阜国体の花サルビア

さすがに、今年の夏は肩だしファッションの若い女性は少なく、真夏でも寒い寒いとブログに書いておいたからなのかもしれません。
お客様が朝晩の涼しさを、楽しんでいただくゆとりがあったようです。

本当の昨日今日の、状況や肌に感じる感覚をお伝えするのも、大事なことだと思いました。そう思いまた今夜も奇異ボードをぱちぱちと叩いております。

先日の18号台風で、強い雨に打たれ、飛騨地区のコスモスはほとんど、もう終わりました。
飛騨は本格的な紅葉シーズンに入っております。
ふもとでは稲刈りも盛んです。
昔のように「手刈り。稲のはさ掛け風景」は少なくなりましたが、コンバインがあっという間にモミを袋づめして、農協への生モミ供出をします。
藁も15センチくらいに切り刻まれて田んぼにばらまく。
すべてが機械化に頼っています。
こんな山間部の田舎のコメ作り農家の実態です。
そうせざるを得ないほど労働力は弱体化しています。

眺めている30分くらいで見事なまでに、田んぼの一枚や二枚、500坪程度は、あっという間に、刈取り済み。
日本のコメ作り農家が、採算取れない理由がわかるような気がします。
一つのショウを見ているような、、。
ところで、TTP問題は本当はどうなっているのでしょうね。

反対も賛成もないうちに、台風のように政治の風が吹き荒れて、風に倒れる稲のごとく、コメ作りは衰退していくのかもしれません。
平均年齢65歳というのがコメ作り農家の実態です。
もう元気な後継者が育つ現状ではないのです。

コメ作りに限らず、外国から買っている食品の多いこと。多いこと。
加工食品のほとんどの中にいろんなものが混じっています。
純粋に、国産の産物で生き延びることは難しい世の中になりました。

「だってーー。作るより買ったほうが安いし。買うよりも食べに行ったほうがなおらくだものーー。夜中でも、いつでも、食べ物うっているしーー。」

そんな声を聴くと、私は何にこだわっているのかすら、わからなくなるほどです。
世の中がどんどん変わって行きます。
「生きる」という物語は、夢も希望も押しつぶしながら、どんどんページがめくられているのかもかもしれません。


「月にウサギがいて、餅つきをしている」そんな言葉を信じる子供たちはもう一人もいなくなったのかもしれません。
でも秋の夜長は、そんな昔話をかたってやれるひとときがほしいものですよね。

では今夜はここまでにしましょう。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。。
窓辺から眺める大きな月が、今も黄色い付きで静かに光っています。
岐阜県は土地の8割が山林です。
そして飛騨高山は、とても広い山林を持つ街です。

アプローチを通り玄関へ.jpg

山林というよりも、3000メートル級の山岳地帯のふもとの山里。
といったほうがよいかもしれません。
ではおやすみなさいませ。よい夢を、、。
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台風お見舞い申し上げます。

9月16日の台風18号。
飛騨高山は、大した量の雨も降らずに、風も一瞬木々が揺れる程度の風で済みました。大変な被害をこうむった地域の皆様。心よりお見舞い申し上げます。

テレビで見ていると広い範囲の場所が、一面水浸し。。
茶色い水になっていて、どこが道路かわからないようなところもありました。
改めて水の怖さに身震いします。
ビニールハウスの上が、3分の一くらいしか出ていないところも、写っていました。2メートルは軽く超える、すごい水の量です。

あのハウスの中には何か作物が作ってあったことでしょう。
家と家との間に田んぼもあったことでしょう。
これから収穫というときに、大変なことです。

にわの紫式部

毎年このころにいつも台風がやってきますが、自然の猛威の前にさらされる私たち人類のと作り上げてきた歴史は、かなしいほどに無力なのですね。
やりきれなくつらいものがあります。
でも必ずまた頑張って立ち上がっていくことでしょう。

そう信じて、ニュース番組を一日中流しているチャンネルに目を見張りました。
飛騨高山は大した台風の被害も出ていなくてありがたかったのですか。
台風が過ぎ去ったあとは、とても寒くなりました。いよいよ秋の始まりです。
うちの無農薬農園も9月末日でで終わりです。

アプローチを通り玄関へ.jpg

10月になると霜が降りてきますので、朝晩の寒さが違ってきます。
紅葉が盛りになってきますので、どこもかしこも秋色ですばらしいながめになりますね。
今年は高山祭が平日になりますので゜10月9日10日。はお天気が良ければなかなかの贅沢気分に浸れる季節です。飛騨高山の高山祭とは、秋祭りと春祭りがあります。春は桜の咲くころの4月14日15日。雪が解けて種をまく季節を喜び、
秋は山の景色が高揚で色鮮やかなころの、収穫を喜ぶ。10月9日と10日。

時の殿様金森公が高山の地を納めていたころから始まった
山車が町の中をひきまわす歴史あるお祭りです。
まだ一度も見たことないという方はぜひ見てください。日本三大美祭数えられるお祭りです。

上三之町

話は変わりますかが、今夜お泊りになられるご予約のお客様2組さまとも、東海北陸自動車道の福光ジャンクションで交通止めに会って、難儀していらっしゃいます。遅くなってもそちらに向かっていますという電話がありました。

台風の影響はいろんなところで、被害をもたらしているようです。
「どうぞお気をつけておいでください。」と申し上げました。
皆様のお住まいのところも、被害が少なく通り過ぎて行ってくれるよう、ただただひたすら、祈るのみです。
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秋の季節を楽しんでいます。

秋らしい、暑くもなく寒くもなく、さわやかな一日になりました。

コスモス畑の見ごろ

昨日から、ジョンのしっぽが上がらなくて、お尻の周りを触るととても痛がるので、今日は動物病院に連れて行きました。
ジョンは車嫌いでないので、こうゆう土岐はとても助かります。
ケージを持ってきて。
「ジョン。さあ出かけるよ。ハウス。ハウス」と言ったら
嬉しそうに飛び込みました。
お出かけが好きな子なので、そういう点では気が楽です。
高山市内の日赤の前の
犬猫病院の入り口の電信柱に、おしっこをかけてすっきりして、通る人にわんわん吠えて。
それから大手柄をしたかのような感じで、犬猫病院のロビーに駆け込んでいきました。

甘えん坊のジョン

本当に怖いもの知らずなミニチュワ、ダックスです。
元気がとりえのやんちゃな仔が、おとなしくしているのですから。

何か悪い病気にかかっったのかと思って、とても心配でした。
肛門腺の詰まりだとかで、絞ってもらったら、半分尻尾が上がるようになりました。化のう止めも注射してもらいました。
やれやれという感じです。

明日から連休前のお休みを取りました。
9月11日は全館休みにしました。
のんびり選択でもして、花壇の草取りでもしようかと思います。
ここんところのなが雨で、花壇は草だらけて無残なものです。

なつのはな 2

土曜日の朝早くに、2020年のオリンピックが、日本に決まったというビックニュース。
東京で二度目のオリンピックが見れるのだそうです。めでたいことです。
あと7年後には、私は68歳。とりあえず目標ができました。

テレビの前に陣取って、オリンピックを見る。
ささやかな目標ですが。そう決めました。
人世何でも目標ができるとということは、よいことです。
私はそのころまだ。宿屋をやっているでしょうか。

中部縦貫道高山東、インターできているでしょうか。

弁天荘からインターまで、車で3分です。
今よりさらに交通の便が良くなって、もっと気軽に車での移動が楽になるかもしれません。
用地買い入れは、もう去年で終わっていますので、あとは取り付け工事やら歩道拡張工事などで我が家の前の158号線も少しは拡幅工事になるかもしれません。
何もかもこれから先が開けていくかもしれないきっかけとなると思います。

オリンピック景気で、長年続いてきた不況とも、脱却の弾みがついてくれればいいと思います。

年を取ってから私のコレクションの着物体験館のんびりやれればいいと思い、おお衣桁に飾った着物を眺めています。
建物の中を掃除機かけて、眺めて喜ん手でいます。
ホッとする束の間の時間です。
色内掛け孔雀

着物は日本を代表する文化であり、民族衣装です。
外国の人に日本の田舎の家や、先祖が残してくれた建物を維持していくことが、私なりに日本の文化をアピールするための新しい仕事です。
何よりも形から入る私は、すでに看板をあげて、建物も手入れしています。
ただ本格的な営業に入っていないだけ。

宿はまだ具体的な後継者を決めていないので、まだ現実的には現状から私が離れるわけにはゆきません。

でもいつまでも、調理室に立ち続けるのも体がつらいので、ほどほどにしなくてはと思っています。二度目倒れたらそれこそ何もかも道半ばになってしまいます。
だから体を無理しないようにとつくづく思います。
身体がつらいときもあり宿をやることを考えることもしばしばです。

そう思いながらも、犬たちのことを考えると、何か義務感のようにやり続けていくことが大事なようにも思えてくるのです。

サツマイモ取れました 001.jpg

犬の宿としての私なりの考えで迷いながらも、宿も畑も続けられるところまでは頑張ろうと思います。
楽しんでくださるお客様がいらっしゃること自体が、私の生きがいなのです。

楽しい仕事であること。これが私の喜びです。
お金持ちもそうでない人も、明るく楽しく。
犬たちを連れて喜んでお泊りしていかれるお客様がある限り。
私の人生は実りの多い豊かな生き方になるのですから。

しゅみのせかいをたのしんでやっていける。
それが仕事にしていけることはトテモと幸せなことです。
そう思って着物体験館を作りました。

豪華な着物の文化を、気軽に体験してもらってもいいし、眺めてもらってもいい。
そう思って少しづつ準備ています。
仕立て屋さんから帰ってくる私流の着物体験の方法。
二部式着物が増えていくたびに夢が広がっていきますが、、、。

古民家着物体験館全景

今は看板はクローズの看板を出しています。
いろいろ考えるところあって、しばらくはお休みです。
今年も秋が本格的になってくると、すぐ冬がやってきます。
長い冬の間。春を待ちわびます。

そんな繰り返しで一年があっという間に過ぎていきます。
なんかお話をしていると秋の静けさが、どんどんふかまってきますね。

今夜も、ここまで読んでくださってありがとうございます。ではまた。
皆様に幸多かれと祈っております。おやすみなさいませ。
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次の次のオリンピック候補。東京に決定。

ロビー活動やいろんなスピーチなどで、オリンピック招致に向けて頑張っていた日本。日本時間のけさ5時ころ日本に決定されました。おめでとうございます。
2020年東京オリンピック決定。今朝から、日本中「祝おめでとうムード」です。

岩魚のつれる渓流小八賀川.jpg

ライバルが二か国ほどあり、なかなか苦戦していましたけれど。
とうとう日本に決まりました。東京都が場所です。東京の猪瀬知事。
「すぐにでも資金は出せる」という、石原知事時代からの強い願いがあったのだなーと、つくづく感じます。よかったです。招致費用も無駄な出費にならなくって。

オリンピックを機にいろんな社会が向上してきた歴史のように、さらなる発展とパラリンピックの意義を高めていければ、とても輝かしいことです。
日本の復興への弾みもついてがんばるけいき。
頑張る社会になってくれたらとてもいいことです。
社会の仕組みの歯車が、躍動的に回っていくことは、素晴らしいことです。

私もすぐ先に発生した楽しみに向かって、頑張ろうと思っています。
7年なんてすぐですよ。目標ができてよかったです。
あっというまですよね。みんな頑張ってテレビの前にかじりついていましょう。
楽しみです。どんな世の中になっていくのか。

北アルプスのふもと丹生川の里

めいどの土産に。
この目で見たこと。この経験した空気管感覚。
お話して聞かせてあげられる母や主人に。楽しみです。
亡くなった主人に、話して聞かせなくては。
あの人はテレビでスポーツ観戦することが、何よりも好きな人だったので。
ぴっくりするでしょうね。「国立競技場の入場券を買ってよこせ」
なんていうかもしれませんね。
風になって空を飛んでいるのでしょうから、
「あなたこそ、ただで上から見られるでしょう。よろしいのではありませんか」
そんな会話できそうです。

アプローチを通り玄関へ.jpg

今日は飛騨高山降ったりやんだりの小雨です。道がぬれている程度です。
車のワイパーは止めている人もあります。
山は残念ながら何も見えず寒いだけでしょう。
世界遺産の白川村あたりへ行く方が多いです。
ではまた書きます。今日はこれでおしまい。ありがとうございました。
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稲刈りが始まりました。

今日はあの大雨ふりからやっと落ち着いて明るい光の秋空です。
稲刈りも始まりました。
ヒダコシヒカリ

何かと人騒がせなお天気もようやく落ち着いてくれれば何よりです。
今回の大雨や竜巻などで大変な被害を受けられた皆様。
心よりお見舞い申し上げます。

夏の花のひまわりも咲き終わり、今はコスモスが咲いています。
飛騨高山もさほどの被害もなかったようです。
後雨風がひどくなければ、今月の半ばまでは持つことでしょう。
犬たちも、大雨の降る日は、おしっこもうんちもしたがらず、今朝はやっと晴れた中庭で、で思いっきり大きなうんちをしていました。

25-5-30花とレオン3枚目.jpg

レオンもジョンも夏は大変だったのか。
精神的に入れ替わりたちかわりくる犬たちに、神経が磨り減ったようです。

私の姿を見ると大騒ぎで尻尾を真ん丸に回して喜びを表現しています。
愛情の取り合いで、レオンもジョンも喧嘩してまで。お互いを吠えあって、
私のそばにいたがります。

遊びたがり屋の甘えたれーで。困ったものです。
おやつをちらつかせて、お座りを命じるのですが。

すぐよだれを垂らしてまちきれないように足を崩して座るレオンと、お座りよりも早くよこせとジャンプするジョンと。行儀の悪いしつけの行き届かない、
またいつもの犬たちとの暮らしが始まりました。

弁天荘ジョンの家から見る前景.jpg

この頃忙しさに追われて写真を撮りに出かけていないので。
写真の品切れです。
古い画像のストックの中から使えるものを探してみました。

明日は普通に土曜日。
ゆったりとした何組かのお客様に接して、ゆったりとした週末を迎えます。
夜がこの頃以上に寒さを感じるので、いつでもストーブたけるようにせんぷうきとストーブの入れ替えです。エアコンのほこり取りネットも念入りに掃除しておかなくては。宿屋には、お客様の流れが少なくなっても、いくらでも管理という仕事が残っています。

今年は母の23回忌と夫の7回忌をする予定で、法要の日にちの約束をお寺様にもらいました。

在りし日の思い出は古びていかないのに、あっという間に周りの現実が変わっていきます。今年は節目の年なので家庭の行事も行うべきかと思っています。

残された者の務めなので、親戚も呼び、法要を務めさせてもらうまで。
今年もしばらく頑張らなくてはと思っています。

前田公ゆかりの当家の仏壇

さて私は、とうとう独り身の後家です。
「私の葬式はだれかあげてもらうことできるのでしょうかねー」と
仏壇の前に座り。ぼそぼそ言ってきました。
ことばにはならないおじいちゃんの写真が言っているようでした。

「お前が親戚のうちの誰かを跡取りに決めなくては、おまえの葬式も、法事も、税務署や銀行はやってくれんでのおー。おまえの養子を決めて戸籍ににいれておくことじゃー。」言っているようでした。

わかってはいるのですか。帯に短したすきに長し。

跡取りとは、とるものの良いところがないと「誰も寄り付かんでしょう」
ぽくぽくとお経の片隅で、市不思議な会話。

まだまだ私にはやらなければならない仕事があるようです。
生きる気力に杖にすがってでも頑張らなくては。

ドックランのこすもす咲きました。

やさしい励ましてくださる、たくさんのお客様に囲まれているのだから。
本当に今日も感謝です。ありがとうございます。
そう思いながら宿の廊下を歩いてきました。
短い犬の毛が落ちていました。ほんの2、3本。
明日さっそく、出勤してきたスタッフに、まずは掃除機かけさせなくては。
口うるさいおかみの役目も私の仕事の範囲なのです。
いつも読んでくださりありがとうございます。
今日は早めに寝ます。
お話はここまでです。
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雨降り大丈夫でしたか。

昨日の雨はどうでしたか。たいへんな大雨でしたね。

テレビで名古屋の栄あたりが水びたしになって、地下鉄の階段にも
水が流れ込んでいる様子が写っていました。

大雨。台風。竜巻。気象情報があちこちで
飛騨高山も9月4日。午前中は良いお天気になるようなお日様の光もさしていたのです。久々に夜お客様がいらっしゃらない日だったので、久々に高山の町中まで出てみました。
私と父と叔母と、3人で夏の慰労に。
おいしいお寿司が食べたいということになり。
普通の高級寿司屋さんは。夜になってしまうから。
「昼間だったら回転寿司でいいや」なんて軽く考えて出かけました。

上三之町
すると、目当ての回転ずし屋さんはお休み。

「あれー。それでは、ファミレスでいいや」
なんて考え通りぞいに並んでいる、お店に入りました。

私の運転なので、飲めないので、アルコール抜きの泡ビール。

叔母と父にはハイボールを付けました。
父はファミリーレストランというスタイルが珍しいのか、
そのちょっとした、ヒレカツ和定食に喜んでいました。

私は内心。安い慰労で済んで「やれやれ」という感じです。

春先は、父は足もすっかり弱くなり、おまけに「肺がん」だと診断されて、かなり落ち込んでいました。
近くの温泉に、宿を予約するからといっても、首を横に振る始末。
夏あまりにも暑かったので、こんな忙しいとき入院もしてもらえないし、死んでもらったら葬式になるし。
宿の客は、ほっておけないし、大迷惑だと私は言いました。

弁天荘全景夏

冷たい娘と恨まれてもいい。
とてもじゃないけれど、私の事ただけでも、手一杯だから。

「お父さんは自分のことは、自分でして。体は自分で養生して、人に甘えないでほしい。気合を入れて生きていられるだけは、生きていってほしい。」
といいました。

そうしたら元気に夏を越せたのです。
そして私たち家族は、「ささやかな乾杯」いということになりました。

90歳を越して何かと、私に甘えるようになったのです。
子供帰りということなのでしょうか。

シンリョウショ.jpg

「今飛騨は老人の介護施設はどこも満タンで、250人待ちなんですって。
そんなの当てにできないから。

私が母屋に介護部屋作って、住み慣れた家で介護士のスケジュール組んでもらって、介護できるようにするからね。
それまで元気でいてほしい。この忙しいさなかに、
「勝手に死ぬことは許さないー。」といいました。

「のたうちまわって、苦しむ親を放っておけないから、救急車呼んで病院に放り込んで、そのあと行くところがないでは、どうにも哀れでしょう。」
と現実を話しました。

夏の花1

主人の時どれほど、医者の治療の手が止まった、夫の受け入れ先を探したことか。

医学が発達したので、そうそう簡単に病気でも死ねなくなった。
「助けてくれ」といえば、金に糸目をかけない治療法方がある。
しかし、後が大変。
命だけは助けてもらっても、壊れかけた体の部品にスペアーはない。
だから命は残っていても同省もない寝たきり病人なのだ。
夫の時がそうだった。

何度も何度も手術をして、立って歩けるわけではなかった。
とうとう、意識すら戻らなかった。

「くも膜下出血動脈りゅう破裂」これが私の夫の命を奪った病気。

不幸はあとから、あとから追いかけてきた。

サムエノオカミ

私も脳梗塞で退院したばかりだったので、一人であちらこちらの受け入れ病院を視察。説明して断られて。
車いすに乗った身で、受け入れ病院探しに、近隣の町や村をわずかばかりの情報ににすがるような思いで。タクシーを乗り回して、町や村々を途方もなく探し尋ねた。散々な思いをした。

車いすを荷台に積んで杖を片手に座ったり下りたり。今から振り返っても、よくあんなことができたものだと思う。

もう父の時は、あんな悲しい思いはしたくない。

冬の全景


安らかな住み慣れた家で、永久の眠りにつくまで。
母屋を改装して介護部屋を作っておこうと思う。
窓から眺める景色も見慣れたものがあり。

病の床に就いたものとしては。
緊急対処ならいざ知らず、病の末に暮らすところは、病院ではない。
穏やかな命の終わり方があるのだと思う。
私はそのために父に頑張れと言っているそして私も頑張っているのだから。
みじめな命の終わり方をしたくないと思うから。
とりあえず健康で夏を越せられてたことをささやかにお祝いした。
帰り道で猫の餌と犬のえさをしこたま買って、当分、犬も猫もたらふく食べられる。家に、帰ってきた途端。、雷はなる大雨ふりとなりました。
なんと危機一髪。
それからというものが大雨で雷稲光、恐ろしいほどの雨降りの始まりでした。

近頃の辺々地変を考えると、みじめであろうとも大往生であろうとも、贅沢は言っていられないのかもしれない。神様のなせる業だ。

どうだんつつじ赤い紅葉

「自分の命は自分で守れ」という防災訓練。
今。私たちの時代は、変化している。
だんだん地球の気象状況が激しく。

自然の猛威にさらせされる人々。
大雨。それに竜巻。地震。台風。
なんといっても、自然の力の前にひれ伏さざるを得ない現状。
それでも、穏やかな被害が比較的少ない飛騨であることは、
とてもありがたいことだと思う。

そんなわけで9月4日は、午後から降ったりやんだりの大大変な雨。
夜になると雷と一緒に、バケツをひっくり返したような大雨ふり。

何となくドラマを見る気にもなれなくて、ニュースばかり見ていました。
あちらこちらの雨の状況で、反乱間際の川の様子の状況が報道されていました。
とにもかくにも飛騨地区は、被害もなかったようです。
よかったーと胸をなでおろして朝を迎えました。

10-21さつえい乗鞍の里は.jpg

テレビのがそのまま。
スイッチが入ったままになっていました。
いつの間にか眠ってしまっていたようです。
皆さんの地区も、被害か少ないことをお祈りしています。
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雨降り大丈夫でしたか。


昨日の雨はどうでしたか。たいへんな大雨でしたね。

テレビで名古屋の栄あたりが水びたしになって、地下鉄の階段にも
水が流れ込んでいる様子が写っていました。

大雨。台風。竜巻。気象情報があちこちで
飛騨高山も9月4日。午前中は良いお天気になるようなお日様の光もさしていたのです。久々によるお客様がいらっしゃらない日だったので高山の町中まで゛てみました。
私と父と叔母は、3人で夏の慰労に、おいしいお寿司が食べたいということになり。普通の高級寿司屋さんは。夜になってしまうから、「昼間だったら回転寿司でいいや」なんて軽く考えて出かけました。

すると、目当ての回転ずし屋さんはお休み。
「あれー。それでは、ファミレスでいいや」
なんて考え通りぞいに並んでいる、お店に入りました。

私の運転なので、飲めないので、叔母と父にはハイボールを付けました。
父はファミリーレストランというスタイルが珍しいのか、
そのちょっとした、ヒレカツ和定食に喜んでいました。

私は内心。安い慰労で済んで「やれやれ」という感じです。

春先は、父は足もすっかり弱くなり、おまけに「肺がん」だと診断されて、かなり落ち込んでいました。
近くの温泉に、宿を予約するからといっても、首を横に振る始末。
夏あまりにも暑かったので、こんな忙しいとき入院もしてもらえないし、死んでもらったら葬式になるし、宿の客はほっておけないし、大迷惑だと私は言いました。

冷たい娘と恨まれてもいい。
とてもじゃないけれど、私の事ただけでも、手一杯だから。

「お父さんは自分のことは、自分でして。体は自分で養生して、人に甘えないでほしい。」といいました。
90歳を越して何かと、私に甘えるようになったのです。
子供帰りということなのでしょうか。

「今飛騨は老人の介護施設はどこも満タンで、250人待ちなんですって。
そんなの当てにできないから。
私が母屋に介護部屋作って、住み慣れた家で介護士のスケジュール組んでもらって、介護できるようにするから。それまで元気でいてほしい。
この忙しいさなかに、「勝手に死ぬことは許さないー。」といいました。

「のたうちまわって、苦しむ親を放っておけないから、救急車呼んで病院に放り込んで、そのあと行くところがないでは、どうにも哀れでしょう。」
と現実を話しました。

主人の時どれほど、医者の治療の手が止まった、夫の受け入れ先を探したことか。

医学が発達したので、そうそう簡単に病気でも死ねなくなった。
「助けてくれ」といえば、金に糸目をかけない治療法方がある。
しかし、後が大変。
命だけは助けてもらっても、壊れかけた体の部品にスペアーはない。
だから命は残っていても同省もない寝たきり病人なのだ。

夫の時がそうだった。

何度も何度も手術をして、立って歩けるわけではなかった。
とうとう、意識すら戻らなかった。

「くも膜下出血動脈りゅう破裂」これが私の夫の命を奪った病気。

不幸はあとから、あとから追いかけてきた。

私も脳梗塞で退院したばかりだったので、一人であちらこちらの受け入れ病院を視察。説明して断られて。
車いすに乗った身で、受け入れ病院探しに、近隣の町や村をわずかばかりの情報ににすがるような思いで。タクシーを乗り回して、町や村々を途方もなく探し尋ねた。散々な思いをした。

車いすを荷台に積んで杖を片手に座ったり下りたり。今から振り返っても、よくあんなことができたものだと思う。

もう父の時は、あんな悲しい思いはしたくない。

安らかな住み慣れた家で、永久の眠りにつくまで。
母屋を改装して介護部屋を作っておこうと思う。
窓から眺める景色も見慣れたものがあり。

病の床に就いたものとしては。
緊急対処ならいざ知らず、病の末に暮らすところは、病院ではない。
穏やかな命の終わり方があるのだと思う。
私はそのために父に頑張れと言っているそして私も頑張っているのだから。
みじめな命の終わり方をしたくないと思うから。
とりあえず健康で夏を越せられてたことをささやかにお祝いした。
帰り道で猫の餌と犬のえさをしこたま買って
家に、帰ってきた途端。、雷はなる大雨ふりとなった。

近頃の辺々地変を考えると、みじめであろうとも大往生であろうとも、贅沢は言っていられないのかもしれない。神様のなせる業だ。

「自分の命は自分で守れ」という防災訓練。
今。私たちの時代は、変化している。
だんだん地球の気象状況が激しく。

自然の猛威にさらせされる人々。
大雨。それに竜巻。地震。台風。
なんといっても、自然の力の前にひれ伏さざるを得ない現状。
それでも、穏やかな被害が比較的少ない飛騨であることは、
とてもありがたいことだと思う。

そんなわけで9月4日は、午後から降ったりやんだりの大大変な雨。
夜になると雷と一緒に、バケツをひっくり返したような大雨ふり。

何となくドラマを見る気にもなれなくて、ニュースばかり見ていました。
あちらこちらの雨の状況で、反乱間際の川の様子の状況が報道されていました。
とにもかくにも飛騨地区は、被害もなかったようです。
よかったーと胸をなでおろして朝を迎えました。

テレビのがそのまま。
スイッチが入ったままになっていました。
いつの間にか眠ってしまっていたようです。
皆さんの地区も、被害か少ないことをお祈りしています。
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