飛騨高山も春の兆し

もうすぐ二月ともお別れ。
4年に一度だから、オリンピック観戦で明けがたまで起きている二月でした。
たくさんの勇気とたくさんの感動をもらいました。
結局夜中まで朝方泣いたり拍手したり。やれやれという感じです。

このまま春に一直線してくれれば館内の中にいて、暖房たかなくても過ごしやすい日々になることでしょえう。3月上旬までは、2月の半ばと変わらない、ふるえるような寒さがあります。
花餅

油断はできません。あっという間に月日が過ぎてしまいます。
母屋の着物体験館の準備は着々と進んでいます。
去年の秋にオーストラリアのバースから、着物体験館に問い合わせありました。
なかなか私の思い描いたものとは、少し現実が違うので、着物というストーリーのあるテーマで日本の民族衣装を格調高くきらびやかにプレゼンしていきたいものです。
着物について染色家や織り元さんのようにその道の専門家ではないですが、簡単な軽い知識程度のものは、知っておきたいと思っています。
人間死ぬまで勉強なんですねー。
興味を持つこと自体が、知りたいと思う勉強なのです。
二月のうちは一日があっという間に過ぎ。
昨日は、「銘仙」についての実態を少し読書をして学びました。

古民家着物体験館全景

先日はは着物の比翼というもの、の在り方を学びました。
大昔は下着というものを着ましたが、今は省略して比翼仕立てになっています。
すでに私が着物をチクチク手縫しているころは、成人式の晴れ着の振袖着物は比翼もつけない仕立ていました。
そのほうが、着物に慣れていない娘さんたちにとっては、楽に着られたのかもしれません。
私たちの娘時代ころから、着物の質も向上し絹物の重みも重みがあり、より華やかでこった反物出まわっていました。そして私が父の民宿から旅館に切り替えて客層も切り替えたころから、昭和50年代から60年代に欠けて普段着の着物は着ることが少なくなり、結婚式や成人式などでしか着ることがなくなりました。だからそのために購入する人もありましたがその日のために貸し衣装で、済ます人も多くなってきました。すでにそのころは羽織を着ることもなく、帯づきで道行き程度の上にショールなどをはおる程度。もっと寒い場合はベルベットなどの防寒コートを着ましたが、それすらもすでに昔のものになりつつありました。

ホテルなどのお茶会など初釜には、タクシーで乗り付けますから。
道行き程度でよかったのです。当然、道行は家に入って座敷に入る前に脱いで挨拶するのですから。
自分で帯を締めることのできない人は、ますます着物を着なくなりました。
むかし飛騨ではそのころアンサンブルの着物を着て新婚夫婦がお宮参りに行く習慣がありましたが、なくなりました。ますます羽織は着なくなりました。
そのころ私は普通自動車の免許だけでは飽き足らず、大型車のバスを運転する免許も取って盛んに送迎バスを運転したりもしていました。
たいへんなおてんば娘の時期も過ごしていました。

古民家囲炉裏夏バージョン
そんな私の人生設計も変化球のままに本当に変化して、とうとうボールはバックネットのかなたに。
おととし古物商の許可証も取りました。
だから古いものにも勉強の道が残されています。
骨董の世界の絵画や美術品の目利きはできませんので、せめて少しでも身に覚えがある着物の世界のことを学ぼうと思っています。

着物体験館のわが家の玄関で、私が提案することはまず外国人に羽織にそでを通してもらい。
世界共通語は英語だといわれているが私は読み書きができません。外国はたくさん遊びに行きましたが日本人はしゃべれなくても旅行ができた時代です。
でも「おもてなし」に通じる接遇はできます。
だから、イタリアもフランスもオーストラリアもハワイもグアムも香港もインドネシアもシンガポールもみんな一緒。沖縄だっていっしょ。
歓迎して受け入れる気持ちがあれば、何とかなるだろうなんて考えています。

だからツアーコンダクターがついて添乗員がついている、バスで立ち寄ってほしい。なんて思っています。
金沢や白川村や北アルプスとこと高山の観光地にいるのだから、どうか物珍しさで立ち寄ってほしいと思っています。古い古い飛騨の古民家へ。
着物体験館は犬も猫も入れません。
しかし「旅館弁天荘」は犬や猫を連れているお客様の宿です。
絹物のその肌触りの良さを体験してもらおうと考えています。
そのためにコレクションで集めていた60枚ほどの羽織も役に立つことでしょう。

お庭の景色

たくさんの加工した二部式の着物や帯も生きることでしょう。
現代の着物の着方と昔の人の着方が違うので、やはり知っておくべき知識は詰め込んでおかないと。
そんな風に思っています。
インターネットで知りたいことについては、何でもプリントアウトして学べるので。ありがたいことです。
出会いたい人にも出会えるのです。
現代の着物の在り方も知っておくべきと思いました。

着物は何枚持っているかではなく、価値ある味のある好きな着物が何枚あるかということです。それほど着物というものは好き好きの柄雪が様々なものはありません。また骨格体系色白浅黒いなど゛で着物の色合いも違ってきます。
それだけ日本人にとっては、流行り廃りの激しいものなのかもしれません。
街中の呉服屋さんもどんどんつぶれていく昨今。
着物自体着ることの場も、着る習慣も少なくなりました。着ていくパーテー着物やお茶会やお花の会などに来ていく着物。結婚式や街着や葬式などという、時や季節を問い、格式や柄までも求められ着ていい場合の場所などまでがうるさく問われているのですからますます着物音痴な人が多くなっても無理ありません。
また水商売の人の着る着物と思われてしまうのも、一般家庭の主婦が着物離れしていったことの始まり。大島や紬などの普段着が、シックで味わい深い着物とされていった事なのかもしれません。
uチューブに登録して動画で紹介するべきなのかもしれません。犬中まで毎日フェイスブックの井戸端会議はやっていますが。まだまだ勉強。もっともっと勉強です。

上三之町

高山あたりの山の中で伝統文化をかたくなに守られてきた町や村では。男も着物を着る習慣があります。羽織はかまの紋付でお祭りに臨む、これが家々の家紋の入った大切な行事なのです。春になるとはじまる、4月13日と14日の高山祭も4月一週間後に始まる古川祭りもやはり着物姿の町の人たちが大勢です。

私も体を痛めてしまってから何もできず着物一枚袖を通すことはできません。
何のために着付け師の資格を取ったのか。
何のために和裁士の修業を積んだのか。

人間の思い描いた人生の夢なんて、思わぬところで急カーブに直面したり思わぬところでいばらの山に直面したり。いろいろなんですね。でも今回おりんびっっくを見ていてあきらめなければかなう夢というものに大きな感動をもらいました。
葛西選手の銅だーという子供のようなえくぼのかわいい中年の夢。素晴らしい感動をもらいました。

4匹の子猫が大猫になり.jpg

好きなことだけをチョイスして、生きてきたかのように聞こえますが私も一通りの女の人生はやってきました。母のがんの闘病生活で大いに出足をくじかれやっとの思いで、結婚したのもつかの間。
せっかくもらったお婿さんが、10年も一緒に暮らしていなかったこと。
病に倒れた私自身が、退院束の間車いすに乗って、毎日お見舞いに行く。
私が退院して間もないうちに今度は主人が、くも膜下出血で倒れた。
その日から意識すらなくなって。会話のないまま半年。
日に日に、か細くなっていく彼の手がわたしを探して、ベットの上でまさぐっていたこと。
私は決して「苦労した」とは言いたくない人なので、多くの命に直面した経験を積ませていただきました。

サムエノオカミ
人世はたった一度のものです。

できれば好きなことに没頭して好きな道を、まっすぐ走りたいものです。
今も私の夢に対して坂道を歩き続けています。家族が少なくなってしまって子供に恵まれなかった私は、90歳を越した老いたる父を背負って、介護という道に突き進んでいます。

たった一人の父ですから、半ばうんざりもしながら。
それでも気長に会話してくらしています。
私には犬や猫たちと夜守ってあげなければならないスタッフたちがいるから、頑張れるのかもしれません。

古民家に用こそ古座敷

そういえば、ジョンの家にあづかりしていた、さくらちゃんとも、もうすぐお別れです。来たときは、さくらゃんは泣いているばかりの仔でした。
ようやく慣れてお座りもお手も待てもできるようになったのに。飼い主さんが自分の家に連れて行くのではないそうです。近所の人に世話は頼んだそうです。
ご飯は毎日ちゃんともらえるでしょうか。生ぬるいお湯にふやかしてご飯はもらえるでしょうか。心配で気がかりです。

痩せて痩せてあばら骨が見えるほどがりがりに痩せた仔でした。
また独りぼっちでお婆さんの家に暮らすそうです。さくらを連れて行って一緒に暮らしてはもらえないようです。その家には、さくらの存在は「ご近所迷惑」という事事情ががあるようです。家庭事情とは「永遠に続く平和」というものでもありません。

柴犬まがいの雑種の仔なのですが。
倍の大きさのレオンやミニダックスのしっぽを加えて振り回したり。
たいへんな仔でした。
ジョンの家のカーテンを引きちぎってしまったり。
小悪魔のような10歳になる、意地悪おばあさんの犬でした。
そんな子でももう会えないかもしれないと思うと悲しくなります。

冬の間の、何か月も冬の間。あずかっていると情がわきます。
「さくらちゃん。いい子にしていなければ誰も面倒見てくれないよ。」椅子に座ってじっくり向き合って、話しかけると神妙に聞き入っています。
わかっているのかわかってないのか。
何となくかわいそうにと思えてきます。
さくらがいる限り、安心してほかの犬があずかれないのです。
私もいつまでも預けたいという人たちの犬を、断ってばかりはいられないのです。
春になったらお客様を誘致しなければ。私の事業が行き詰ってしまう。
春はウキウキとしてお出かけしたくなる季節なのですから。
毎年の冬休みもそろそろ終わりです。

3月20日から通常の営業を始めないとなりません。
旅館のほうも、ジョンの家のほうも。長いとはいえ、束の間のお休み期間でした。
今年は一月は普通でしたが二月は結構な豪雪でしたので。
まだまだスキー場には5月のゴールデンウイークあたりまで雪が残っているでしょう。雪が珍しくて仕方ない人は、朴ノ木平スキー場に行って雪にフレア得られればいいと思います。
もうそのころは雪は道路には残っていません。
ついでにジョイフル朴ノ木の天然温泉につかって見えればいいでしょう。

玄関屋根のせっぴ.jpg

早く春が来ることを楽しみにしています。
雪解けのやるからぽたぽたとしずくが雨樋に落ちています。
なんだか、春が近づいてくる足音のようですね。
このまま静かに雪が解けてくれることを願っています。

いつも長いブログ最後まで読んでくださりありがとうございました。
いつも私のそばに寄り添っていてくださる、お客様と同じ気持ちでがんばって生きていられることに。幸せに思い大変感謝しています。春になったら、どうぞおいでください。
わんこ連れでニャン子連れで、マイカーでドライブ。
走ってきてくださいね。お泊りお待ちしています。
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雪がたくさん降りました。1メートル

飛騨高山も1メートルくらいは積もりましたが。
2日間降り続けて今朝になってやっとお日様がさしてきました。

先週末と今週末日本中大雪で大騒動です。東京にもたくさんの雪が降ったとニュースでやっていました。そのほかの関東の地区もかなり振ったのですがオリンピックのにゅす報道に隠れて現実のニュースが小さく扱われています。
他府県で今回は普段雪が降らないところにも、けつっこうまとまった量が降ったので。かなり被害は後から出てくるものと思われます。
高速道路もストップして車の中に閉じ込められた人々や、ホテルの中に雪で孤立して状態で、立ち往生しているところがあるようです。
冬の全景
田舎の豪雪地帯の家の作りと、街中の家の作りは全然違うから。
こんなに気象状況ひとつで現代文化は弱いようです。

弁天荘の駐車場も雪に覆われてジョンノ家のほうの玄関は。サッシのガラス戸をあければいきなり1め捕るの雪の壁です。50メートル以上離れている車庫の中の、私の車もぽつんとさみしそうに入っています。
しばらく乗っていないのでバッテリーも切れてしまっていることでしょう。

雪解けの春まで同省もありません。
せめて3月の声を聴かないことには、除雪もブルとーうざーを依頼するしか手にも足にも届きません。屋根の雪下ろしも業者さんの予約もいっぱいで何ともお手上げ。飛騨の家の作りは雪に耐えるように作ってあるので。ちょっとやそっとのことではびくともしませんが国道のそばなので孤立ということもありませんし。
宿屋だから食料も水もすべて合理的に確保してあるので。
町の中の華奢な作りとは違うので大丈夫なのですが。

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それでも、犬のえさと猫の餌も農協Aコープに電話してたくさん配達してもらいました。どんなに食い意地の張った犬達でも、四月までは十分食べられます。
業務用の大きな冷凍庫にカボチャもあるし凍らしてない野菜のジャガイモや白菜は新聞にくるんであるから、食糧難ということは考えられません。
否かの女たちは昔から、たくわえということは本気で考えてきたことです。
コメも豆も味噌も田舎ならではこそ。十分あるようにしておくのが当たり前の「おふくろ」というお仕事なのです。家族みんなが食べていけるように。袋の中にしまっておく。そこからおふくろという言葉ができたのだということを聞きました。

猫砂は7キロ入りの20袋ほどネット通販で取り寄せましたし、これでまだ降るかもしれない残りの二月に備えて。
家の中で無理をしないようにじっと耐えて春を待とうと思います。

もうおなか一杯レオン
国道沿いに面した158号の道路は地元の建設会社や、土木会社が地域ごとに請け負って常に雪の除雪のブルトウザー走らせています。県の土木のロータリー車も時々走るので通行止めなどということは考えられません。

なのに、どうして高速道路や都会の道は弱いのでしょう。
中央道も交通止め。東名が名古屋から静岡まで今朝やっと開通したそうです。
皆さんは雪道のこと知らない人が多すぎます。

タイヤは冬タイヤでといっても大丈夫ですといわれるけれど、新品のスタットレスタイヤではなく、チェーンをといっても「もっています」といわれるけれド金属チェーンではなくてプラスチックチェーン。
雪国に育った私としては。
四リン駆動に乗っていても冬は危ないので乗りたくないというのに。
スピードを出して走ることに「無謀ですよ。」と言わざるを得ない。
雪国ではない人々には雪の怖さを説明しても、はしゃぐことくらいしか雪をしらない人々に、やりきれなくなります。
説明してもわからないらしいです。
雪の中を歩くという体験も雪道を運転することの怖さも。
「車は足回りをしっかり固めて」という言葉が、理解できないようなのです。
深雪の中を走れば、車の腹に雪が入り込んで、車体を浮かしてしまうので。
走行不能になることくらいあたりまえのはなしなんですけれどねー。
四輪駆動でもない車はゆっくりでも、スピンして滑り出したらハンドル操作はできなくなるのです。
4匹の子猫が大猫になり.jpg
雪国に遊びに来るということそうゆうこと覚悟してきてもらいたいのです。
普通タイヤで来るなんて、無謀すぎます。チェーンだけが万全でもありません。チェーン装着で出せる車のスピードは35キロから40キロまで。
スタットレスタイヤを履いてきてください。地元の人たちは毎年スタットレスタイヤでも翌年は2本筒買い足して履き替えていくのです。不注意や怠慢や油断でじこにはなりたくないですものね。ご注意ください。
雪道。凍結の道車で転ぶと擦り傷くらいでは済まされませんので。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
はやく春がくるーといいですね。
玄関屋根のせっぴ.jpg
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