寒い朝。挽愁の秋を迎えて。

秋の色です。
飛騨高山はすっかり秋色の世界です。
今日の飛騨高山にゅうかわ地区はとても「寒い朝」でした。

私の中学生の頃だったでしょうか。
今でいう大女優の吉永小百合と演歌界の大御所橋幸雄の「寒い朝」というディエット曲を思い出します。
まだ二人ともとても若くて初々しかったころです。
「北風吹きぬく〜寒い朝も〜」という謡だしだったかしら。
レコードのどナッツ版の世界です。
ビデオテープもシィデイもない時代。
平成生まれの人たちがもうすっかり大人になって活躍しているのですから。
何かもう。すごく大昔の話ですが、年寄の昔話と思って聞いてください。

私たちの育った時代は昭和という時代は、今から振り返るとセピア色のすごい古ぼけた感じの時代だったのかもしれません。
戦後からの復興の時代だったのですね。そして人々は頑張って汗流して働けば手に入る幸せだと思わざるを得ない時代だったのかもしれませんね。
いろんな家庭の電化製品が庶民のほしい三種の神器だったです。
テレビ。洗濯機。冷蔵庫は、なんといってもそろえたい中流家庭の目標でした。

秋が深まっています

だから私たちは、戦後の子という言葉の中の詰め込み教育の中で育ちました。
一生懸命勉強して、一生懸命外で遊びなさい。

幼稚園もなかったし保育園も遠かったので、幼い時から近所の中学生くらいの大きいおねいちゃんや、お兄ちゃんと遊びました。
集落の子供達が、みんなでそろって遊んでいました。
だからいじめなんかはありませんでした。

大きい子はリヤカーを引き、ちいさい子はそのリヤカーに乗せてもらうのが、何よりも楽しい事でした。みんなで大はしゃぎのリヤカー競争。
黄色い声を出して、はしゃいでいたことを今でも忘れられません。
いまだに集落の中では、何々ちゃんで通ります。
名字より名前です。個性ということでしょうか。


きものお手入れ中虫干ししています。

私はそんな平和な生活の拠点であった、このにゅうかわという山里に。
今ものどかに暮らしています。いつ他の時代の波の中を、冬は林業。夏は農家という大昔から変わらぬ生活スタイルに、観光へときリ変えた父の黒船に乗って。
それが今となっては泥舟だったのかもしれませんが、高山は「ディスカバジャパン」の国鉄のキャンペーンの風に乗って、日の目を浴びた郷愁の観光地です。
わたしもそこに育ってきた飛騨人の一人です。

今年は高山線開通80周年の節目の年でもあります。


私の育つ時代、その時代すらも、もう大昔というレトロという言葉の中に押し込められる事になりました。
レトロを懐かしんだり、かえって新しくものを見るように、感動してくださればそれはそれでいいことなのです。
努力も義理も人情の人心もみんな薄れてきてしまって、過去を捨てて全身の実の現代は自分の影ふみもできない日本人なのかもしれません。

もう前に進むことしか考えなくなっている日本人。少しさみしい感じです。
きもの一つをとっても、懐かしみ、手に取り少しその思い出に浸る時間も大切かと思います。お姑さんの大切にしてきた着物は、初七日が終わると、さっさとごみ袋に突っ込んでごみ収集に出して捨ててしまう時代。

「もったいない」というと、「背丈や寸法も違うし、流行も違う。
それに古臭いものを何の利用もできないし、手入れなんてできない。」
という声が帰ってくる。
過去に戻ることは恥ずかしいことのように、考える現代の風潮にいささか物申したい気分ですがそれも時代の波なのかもしれません。

どんな高価な着物でも、今の着物や帯に比べると確かに見劣りする古臭いものかもしれません。お金の価値よりも、愛着のほうが先に立つのかもしれません。
だからこそ。むしろよけい、捨てたくなってしまうのでしょうか。
複雑な感情が見え隠れしますが「姑の着物を売りに言ったら一枚800円だったよ。あんなにいい着物だから。これは高かったのだから」と言われていたからもう少し出るかと思ったのにね。そんな話をよく聞きます。

ほどいたきもの時がよみがえります。

今年の秋は着物体験館のさらなる準備として、たくさんの着物を買い付けました。
近所の人からは恐れ多くて、古物商の免許は持っていますが買い付けることは出来そうもなく、インターネットなどで買っています。
季節の気分を変えて、とっかえひっかえ展示しはて行ければ。
楽しいかなーと思います。土蔵蔵から古い着物も見つけてきました。

今のところ宿の小さな売店に、着物をほどいた袋物などを置いています。
きもののはしキレなども材料としておいています。
お気に召すものがあればお買い求めください。
すべて絹です。正絹の物は触っていても手触りがいいものです。そして絹は冬暖かくて夏涼しい。何しろ絹はお蚕さんが命を履いて作った糸なのです。
現代の化学繊維とは違った良さがあります。

着物や道行きコートなどをほどき糸くずを取りアイロンをかけて、二尺寸法ではさみを入れています。約一メートル程度の長さです。
100円から400円程度の値段です。
何かしら小間物を作るときとても便利です。手芸好きなお友達やむすめさんへのおみやげにしてくださいね。

袋物にしたり、前掛けにしたり、あずま袋にしたり加工してくれるチームは、
老人介護施設のボランティア活動をしているのは素人集団です。
この地域の農家の閑散期に。お茶菓子持って集まって、楽しみながら活動している老夫人たちです。
子育ても終わって嫁育ても終わった、孫のお守すらもなくなっった、元気な人々のようです。

「いずれは私達だって、老人介護の予備軍だよー」などと言い合って楽しく集まっては作業してくれます。
加工賃に、私は一作品に250円の手間賃を支払うことにしました。
そのボランティアグループは売り上げを、そっくりためていて寄付活動に使うそうです。素晴らしい活動だと思いませんか。
何の役員でも何でもない、ただの農家のおばちゃん屋まだまだね付してはおられないというおばあちゃん達の集団です。
ミシンかけたり紐を閉じたりするのです。
私もそんな作業を知って形は違うのですが陰ながら応援することにしました。巡り巡ってこの気持ちが善意として役に立てばありがたいです。
みんなで助け合うのが日本人のいいところですから。

きもの布で作った小物です。

自分で作品を作って、委託でおいている人もありますが。
今年から冬仕事に、和服を着た時にもちょっとまきつけるエプロンや前掛けを作ることにしました。布地をを選び。デザインを支持して縫い糸も選び渡します。
すべてが一点物に近い感じのものです。
洋服の時にも使えます。
晴れ着も自宅にいる時は同じ絹の物で、腰にまとっていれば犬が飛びついてー来ても汚れません。
法事や結婚式の留袖や、そんな時に断然活躍することでしょう。
ちょっとした工夫で着物を大切に着られれます。

そして犬たちを大事な服を着ているから大事な着物を着ているからと邪険に扱わないでも済む。そんな巻きスカートを作ることにしました。
考えようによってはジーパンの上にも巻きつけてニューファッションになるかもしれません。
外国の人たちは和柄が大好きな人も居ます。
彼ら彼女らはコーディートは抜群です。
だから私は着物を今期にほどいてもう一度加工して、再生の命を吹き込みたいのです。その収益が老人福祉活動の資金になれば。
其れこそ趣味の華が咲く、ささやかな蓮華畑のようですね。
現代生活の真逆にありながら、着物にあこがれる和服という民族衣装は活動的な生活とは真逆の性質をもつものなので。
着慣れていない現代の人たちは、一度着るたびにクリーニングというのも切ないものです。何とか虫干しの時にでも、家の中に風を入れ陰干ししながらももう一度管理をしてみたいものです。

着物を解くこともアイロンをかけて糸ののごみを取ることも根気のいるコツコツとした仕事です。お金になる仕事ではありませんが楽しみを産む仕事です。
退屈で寒い冬を楽しく乗り切るために。お金じゃないのよ。ハートだよと一人つぶやきながら着物をほどい酢ています。着物を縫ってたことがあるから、着物ほどけるのです。

小さな売店

弁天荘の人が一人立つといっぱいの本当に小さな売店で、そんな「女将の気持」ちを見つけてもらえれば幸いです。
寒くなりました。風邪などひかれませんように。
いつも最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
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着物体験館の準備に楽しい夢をを広げています。

いよいよ、秋が山から里に下りてきました。
白い冠を付けた遠くから見る岳山は美しいので、よく晴れたお天気の良い日には眺めるには素晴らしいものがあります。10月の最後の土日が無時住みました。
とても多くの車が奥飛騨に入っていたようです。
今夜も光の列を、なしてわが家度の前の国道158号は、車が通り過ぎています。

弁天荘全景夏
毎日の朝晩に寒暖差があるので、今年の紅葉はきれいなのですね。

毎日深まりゆく秋を、身に染みて感じています。
朝晩の10度程度の寒さはストーブなしではいられません。
囲炉裏の火が恋しい季節です。母屋は父が住んでいるので火の始末は簡単なストーブだけです。
昔は大勢の家族と共に暮らしていましたが、今ではさみしい限りです。
すっかり私も年を取りまして、みるみる体が、衰えていくことを感じる日々です。
特に脳出血をしてからもう8年も生きていられたことが、本当に命の尊さを、つくづく思う限りです。

先日土蔵蔵に入って母の着物や祖母の着物を探し出しましたが。
尺を図ってみてどうして、昔の人はこんなに小さかったのだろうとつくづく考えてしまいます。
懐かしい母の着物も祖母の着物も古くて飾っておくにはいいのですが。
体験に使おうとするには、着物自体の布地にも糸目にも、力がありませんし、なかなか帯に短したすきに長しと言ったところでしょうか。
難しいものがあります。

ほどいて、介護施設にボランティア活動の寄付活動をしている人たちのグループに布を預けて。小物を作ってもらうことも新しい楽しみです。
いろんな小物に作り替える程度になります。袋物だったり。布祖の物だったり。
それでもいつか形を変えて、もう一度再生の場を与えることも。
この着物の命がよみがえることだと信じます。
そう思うと楽しくてなりません。

二部式着物その一

昔の人たちは、背丈がなかったのか。それとも着物を短めに着てていたのか。
外国の人のサイズには、すぐに利用できるものではありません。
二部式に仕立て直して、着せられる様に加工したものでなければ。
サイズの調整に無理があります。ウエスト廻り。ヒップのサイズ。バストのサイズなのです。
日本人でも、補正しないと着こなせられない着物を何とか外国の人たちに着せようという私の考えなので、なかなか大変なところがあります。
でも何とかなるものです。
「喜んでもらえることが、新しい風」だと信じて。
そう思って向かうことが私の楽しい生き方なのです。
今年もこれから旅館の冬休みを利用して腰ひも作りや、補正用のバスタオルなどの準備をしていまく予定です。

ドイツの3人娘

身長も一回り高く、身幅も日本人よりも一回りも二回りもワイドな外国の人を相手にどんな着物を提供できるかは。私の準備の範囲になります。

誰もやっていないことに向かうときは、新しい道を歩くときの慎重さを求められるように。急がず入念な準備が必要と思います。
その準備を考えているだけで楽しくなり、わくわくしてくるからです。
それが私の生きがいとなり活力となります。

宿の方は、相変わらず゛犬たちのためにやっていけるところまで頑張ろうかと思っています。高山市は今年間20万人のの外国人観光客が訪れています。
さらに、当面の目標は50万60万人の人たちを呼び込み、頑張って行くそうです。すごい国際化ですね。

外国の人々が何を喜び何を共感してもらえるかは、これからの着物体験館としての運営スタイルの在り方が。求められることだと思います。
だから私なりのポリシイ信じて。着物体験館で対応していく方針のままにしていこうと考えています。

外国人受け入れの宿としての形は今のところ考えていません。
私は犬や猫が好きだから。
これまでコツコツと歩いてきた道を頑張りたいのです。
体が続く限り。そして弁天荘を選んでくださるお客様がづづく限り。
お客様に感謝して、幸せに浸っていたいと思います。
短い犬や猫たちの命に接して、常に携われる場所にわが身を置いておきたいと、思っています。
黒ラブ集合家族旅行写真。

そして冬は、冬で私の趣味の館を披露する時と考えれば。
それはそれで楽しいことなのです。
福祉活動に頑張っている人々の、ほんの少しでもお手伝いができりれば。
そんなことを思い着物をほどき、縫い糸を取り。アイロンをかけて。
そんな細かな作業も楽しいものです。

小さな宿の売店で、一つ二つと売れていく袋物にも、再利用されていく蚕たちの命を懸けて作り出してきた絹糸の在り方なのです。
そう思うと着物としての、晴れの場を活躍してきた布をいとおしむことに。
素晴らしい夢と理想が広がって行きます。

色内掛け孔雀

それが一つの仕事として道が広がって行くことを信じて。
長い冬にまた一つ楽しみ過ごしていきます。
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古い着物探しに土蔵の二階行きました。

紅葉は高山の町中まで下りてきました。いよいよ秋です。

丹生川花壇

雨が上がって明日からしばらく晴れるそうです。
さむくならないうちに蔵に入って土蔵蔵の階段よじ登って、
祖母のの箪笥や母の箪笥をのぞいてきました。
しばらく出し入れしていなかったので、何となく古びた感じの匂いがします。
母の晴れ着。祖母の晴れ着。いろんなもの探してきました。
いろいろと言っても、大したものは戦時中を超えてきた人たちですから。
持ってはいなかったのです。それでもお米や野菜と変えっこした。

遠くに見える乗鞍岳。

戦時中、食べ物に困った街の人は、箪笥の中をのぞいては、着物を持ってお米屋や野菜と変えていったのです。親戚も疎開してくるしたいへんな大家族だったそうです。着物なんて着て暮らせなかった。
そんな着物がいろいろと残っていました。

多分戦時中に、お嫁入りを控えている娘たちのためにも祖母はせっせと、ためたきものでしょう。
おばさんたちは、そんな着物なんかよりも、おしゃれな洋服でお嫁にそれぞれ行きました。
もうそんな叔母たちも何人かはなくなっています。もう千五70年ですもの。
だから娘時代の古い着物が少しの残っていましたので、持ち出してきました。


class="pict" alt="囲炉裏を囲んでドイツ" title="囲炉裏を囲んでドイツ" width="320" height="240" />

もうこの家には母もいないし祖母も祖父も私の亭主すらいないのです。
居るのは私と父とお嫁に行った父の一番下の妹にあたる叔母です。

何か中私の病気は完治するものではなく。
自分の体なのに、一人で暮らすには不自由なところもあって、何とも年老いた叔母がいないと、トイレもお風呂も不自由なのです。
料理や味付けはいつものようにできるのですが、それも血液サラサラの名春から秋まです。体に障害を持ちながら仕事をしていくということは、
いつまでこの宿屋ができるものなのかはわかりませんが。
できる限り、今年も一年。来年も一年と夢を抱いてがんばっていることです。

冬の間は気まぐれに、今日は「クローズの看板を変えて出してみようか。」
72になる叔母も「着物体験館」などのお手伝いして春を待ち望んでいます。

外国の人たちは素直に、着物文化を喜んでくれます。
だから言葉は通じなくても、日本人がついてきてくれれば。
私は着物着せたりお茶を出したり。
囲炉裏の火に温まりながらそんな、面白おかしい生活です。おもてなしという言葉にふさわしい一緒について遊んでいるようなものです。
雪が降る前までは頑張っていますので遊びにおいでくださいね。

旅館のほうは、年末年始は営業しています。
今年も例年の通り、旅館は平成27年1月15日から3月20日までは冬休みいたします。
旅館裏の雪景色

なんといっても私の体が、冬はこちこちになって。
また脳の血管が切れると弁天荘は終わってしまいます。
だからご理解いただいて2月前後の冬は、毎年お休みさせていただきます。

「土日曜日だけはやっていてほしい」というお声もいただきますので、やっていることもあります。真面目に従業員掲げて経営している旅館業の同業者の人からは叱られそうですか。私は体調任せなのです。ノロウイルスやインフルエンザが大流行している時期にはやりたくなくなるくらいマイペースでないと。

どうぞホームページの予約フォーマットでお調べになるか電話してみてくださるかしていてください。予約が入ればやっていますので。では皆様風邪などひかれませんように。ご自愛くださいね。
追伸
犬たちも今栄養漬けてあげてくださいね。
秋は皮下脂肪を付けておかないと散歩にも行けませんから。
でも大型犬の季節になってきました。ゴールデンもハスキーも今が一番過ごしやすいのかもしれませんね。
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19号台風は無傷で途中で方向がそれたようです。

飛騨高山にゅうかわ地区。19号台風が過ぎ去った後、雨も風もさほど強くはなかったので被害らしきものは、発生しませんでした。
しかしとても寒くなり翌日から朝晩はストーブがないと心細い感じです。
昼中は本日は、とても明るくて深い空の色でした。
遠くに見える山々もうっすらとした雪の冠。
私は気温が冷え込むと、体に応えるのでもうすっかりセーターを着込んでいます。半袖の薄い服でいなければ過ごせられなかった夏が懐かしいです。

遠くに見える乗鞍岳。

今平湯峠や新保高のふもとのあたりが高揚できれいです。
朴ノ木平付近の旗鉾山も雑木林が多いのできれいです。
今日のように紅葉は明るい光の下で見ると格別です。

10月まだ半ばだというのに台風などが来たのでせっかくの連休がてんやわんやの大騒ぎです。
せっかく何か月も前からお申込みになっていたご予約のお客様も、台風騒ぎで取り消さざるを得ず。
あんまりテレビで大騒ぎするから、植木鉢を取り込んだりごみ箱をかたずけたり生ごみをストックしておくペールを取り込んだりしましたが翌日はくたびれもうけです。こんなに寒いのに台風なんて来るのだろうかとつぶやきながら家の周りの椅子などを取り込みました。
何も被害らしいものがなかったのでありがたかったのです。
10月11日はそこそこ入っていましたが、10月12日213日は本当に皆様仕方のない取り消しでした。早々一組さま3人のお客さまだけ頑張って走って見えました。そのほかの方はすべてキャンセル。
またいつか来てくださればいいからと、キャンセル料は今回はなしにしておきました。
弁天荘全景夏

7月27日御嶽噴火。その後としばらくキャンセルが続いて18号台風19号台風毎週土曜日にかけてやってくるという。でも実際には来ませんでした。
御嶽も煙も見えないし火山灰も降っていません。

長野県の温手向け登山者の被害にあわれた方の捜索は1900人体制で捜索にあたったのですか、やはり御嶽にも雪が降り積もり。
今年の捜索は打ち切り来年の春からまた最後の一人まで捜索するようです。
思いもしない事故に出会われた方の魂にお悔やみ申し上げます。

では皆様風邪などひかれませんように。今夜はこれでおやすみなさい。10月の18日25日当たりの土曜日は奥飛騨のふもとの山が高揚は最高だと思います。

ヒダコシヒカリ

稲刈りも終わりもう今年の新米が出回り始めました。

急に寒くなると、ひょっとしたら高山の国分寺の大銀杏の葉っぱがいっぺんにバサッと落ちてしまうかもしれません。

そうゆうときはは奥飛騨の道路が真っ白になりますので、念のためどこまで普通タイヤで走れるかなどは道路公団事務所などへ、問い合わせてください。

ではおやすみなさい。
まだ寒いとは言ってもにゅうかわの158ご゛鵜戦場は雪は降っていません。11月の半ば過ぎるとそろそろ雪虫が飛んで、晩秋の冬への入り口の季節となります。

ジョン2歳
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部屋割り入れ替わっています。

台風19号。今度は10月の13日ころらしいです。

連休なので12日に予約したお客様が11日にすると言われ。
あいてないというと、なんとしても空きが出たら知らせよといわれるし。
連泊のお客様はキャンセルなさるし。
なんだか。部屋割りが間鉛筆とけしコムで真っ黒になります。

弁天荘全景夏
今日はとてもまぶしいほどに良いお天気です。

今夜は高山祭の夜祭。明日もお天気は、すこし曇りになるらしいです。
二日とも雨にはなる気配ありません。

お祭りにはいきたくないとおっしゃるお客さまには平湯温泉の平湯の森の露天風呂入浴をお勧めしておきました。
露天風呂というものはいいものです。特に平湯温泉平湯の森は広い庭の中に露天風呂がいつ雲作ってあり。男女分かれているとはいえ、裸で紅葉の木々の中を歩いて石庭の中を歩く気分はドキドキします。
ぜひ露天風呂の体験のない方はお入りになってください。料金は一人600円くらいです。650円に上がっているかもしれません。

丹生川のお花畑

大型台風で、こんなに予約帳が動いているたいへんな時だというのに。

お天気はかんかん照りです。
八万神宮の高山祭秋祭。
今夜は、とてもきれいな祭り提灯に飾られた、山車が練り歩くことでしょう。

上三之町

よいおまつりびになりましたねー。わたしもわっと繰り出す人ごみは、あまり好きではありません。お祭りは今夜のテレビニュース見ます。
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秋がふかまりて。紅葉がきれいな奥飛騨の山々です。

とても素敵なからっとした秋晴れです。

祭りの旗が立ちました

明日から高山祭の準備が始まって、10月9日の、あさっては高山祭の夜祭の日です。そして10月10日は高山祭の本祭り。高山の人々はこの一年に春と秋との別々の町内で山車をを引出し各町内を練り歩く。そんな春と秋の高山祭を誇りに思い楽しみにしています。
八幡神社の参道に、引きならべられた12台の山車は、とても優雅できれいです。
からくりの人形などが、舞い踊るそれはとても豪華絢爛なお祭りです。

今年はお天気もよさそうで平日なので、にぎわうこととはいえ。比較的すいていることと思います。良い場所をょ取りして見物してください。

こんかいの18号台風で被害にあわれた方。お見舞い申し上げます。
自然災害の恐ろしさにいつもながら言葉もなくしてしまいそうです。
おかげさまで、飛騨高山は風も吹かず雨もさほどではなく、だいぶ遠いところを通り過ぎて行ってくれたようです。被害らしい被害もうけませんでした。
安心しているのもつかの間。今度は19号台風だそうです。
今年も稲は豊作です。

飛騨高山は15度の気温で、どちらかというと肌寒い感じです。
夜もストーブを入れていてちょうどという感じの日もあります。
こんなに温度が寒いのに台風なんてと思いますが。
今度も海上のほうに台風の通り道がそれて行ってくればと、願うばかりです。
ちょうど10月12日から13日とと連休に差し掛かっている時なので、皆さん心配いただいて、お問い合わせはいただきますが。
こちらに来ないとも来るとも何とも言えません。
ただ台風はさむいと進路が変わるそうなのです。

にわの紫式部

山裾の景色は。紅葉が見ごろの季節です。
朝晩の寒さに1枚余分に風を通さない上着などをお持ちください。
私は朝晩毛糸のセイターを着ています。
では、いつも読んでくださりありがとうございます。
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御嶽の噴火について。

御嶽の噴火について。このたび、噴火の時に山頂に登っておられた方々、お亡くなりになった方々の、心よりご冥福をお祈りいたします。

高山市とニュースは言いますので、とてもご心配なさるお客さまからのお問い合わせをいただいておりますが、私どもの弁天荘のある場所は何の変化もありませんのでご安心句ださい。

にわの紫式部

高山もとても広い場所ですので、御嶽は長野県と岐阜県にまたがる大きな3000メートル級の山。
登山口が岐阜県下呂市濁河ウ温泉と高山市高根町から登れます。
岐阜県側の登山口は主下呂市、濁河温泉から登るのですが下呂温泉から一時間も車で行かないと登山道には入れません。また高山市の高根町からも入れます。昔から信仰の山としてあがめられてきた御嶽山でした。

合併前の高根村というところに当たりますので、それもかなり遠くになります。
高山の駅から、やはり車で一時間ほど走って登山口にはいれるというような場所です。噴火の時の杯も降っていませんし地元に暮らす私たちは至って正常な暮らしぶりです。台風の前触れの雨降りも、危険を感じるというほどのものではありません。明日の天気予報によると飛騨高山地方は晴れだそうです。

どうだんつつじ赤い紅葉

乗鞍岳も、活火山とされていますが。
八合目までバスで登山できる指折りの観光地です。
穂高の切り立つ岳山もロープウエイがかけられている北アルプス連山のお手軽に行ける山として、観光地化されています。
ご心配いただくお客様のお気持ちもよくわかりますが、今のところは富士山などと一緒で活火山と言われるのですが、体に感じる群発地震もありませんし、噴火の兆候もありません。どうぞご心配なさらないように。
紅葉の素晴らしい深まりゆく秋を感じていただければと思います。
先日乗鞍岳には初氷が張りました。

しゃぶしゃぶ郷土料理1.JPG
また穂高の山の頂にも初冠雪になったようです。
10月までが見ごろで11月になりますと、すでに北アルプスの山々は冬に入ります。
ふもとからはまだ雪が降っていないので普通タイヤでも大丈夫です。
山の裾野は秋。
山頂は冬という景色が眺められます。
そして街には食欲の秋が待っています。
街中のかすかに、におってくるみだら刺団子の香ばしいにおい。
五平餅を焼くにおい。また牛串のおなかに響くにおい。
高山は山の中の、結構まとまった、観光地です。ぜひでください。

上三之町

高山祭は日本三大美祭と言われる素晴らしく絢爛豪華な厳かなお祭りです。今年は平日ですし、御嶽の噴火などによるマスメディアの影響もあり高山市も下呂市にも一様に何かしらのキャンセルが入っていますのでいつもなら半年くらい前から満室になっているのですが。今年はとてもすいてています。
犬を預けてのんびり観光なさるのもよし。

ジョンノ家にフリータイム一党3千円で預けてお祭り見学に行かれるのもよいでしょう。
夜祭は10月9日。昼10月10日はからくりの山車や、獅子舞。
かねたたき。警護の裃袴の行列。
など独特の衣装に身を包み、町中がお祭り一色になる秋の八万神宮歳です。

弁天荘ジョンの家から見る前景.jpg

ぜひご覧になる機会があると素晴らしい思い出になることでしょう。
10月11日は満室にしておりますが。
10月12にはまだ若干の部屋のゆとりがあります。
ぜひ駆け込み予約でも間に合いますのでごけいかくくださいね。

いつも最後まで私のつたないブログを見てくださってありがとうございます。
台風の被害が各地区の皆様方のお住まいにも被害が出ませんように。

ほうば味噌焼き.JPG
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