3月も終わりましたね。

大分から来たリーちゃんと

ゴールデンドウドルという犬種だそうです。
ゴールデンリトリバーとプードルを掛け合わせたミックス犬なのですか新しい
新種犬だそうです。
家の中で飼うには毛が抜けないので良いのだそうです。
とてもおとなしいお坊ちゃまのリーちゃんと嬉しそうな娘さん。

3月も今日でおわりましたね。

なかなか変化にとんだ長い長い冬でした。
やっと待ちに待った春らしい景色の中を私は車を走らせて
近所のお宿さんへお見舞いに行きました。

なかなか雪が降るとどこも出かけられないのです。
今日はお天気が良かったので、思いきってオレンジとリンゴの袋の中にお見舞いの封筒を入れて訪ねてきました。
母の兄にあたる人なのですが。年を取って体が弱っておられると聞きました。
冬の間気にかけていたことなので、
自分の車を運転して出かけることができました、気にかけていることができてホッとしています。

みんな年を取って行くということは仕方のない事なのですが。
気持ちよりも体が、思うように働けないもので悲しいものです。

お風呂の間ロビーで待つ犬

春は別れの時なのでそれもちょっぴりさみしいことです。
また新しい出会いも来るとは思いますが、いつもはいたつに頑張ってくれていた
農協スーパーの配達のお兄ちゃんも神岡に転勤になると挨拶を受けました。
商工会のこの地区の担当の指導員も転勤になると挨拶受けました。
あいた欠員の穴には。また新しい出会いが必ずあると思いますが。
春は一区切りの年度替わりなのですねー。

父に昨日春物と冬物の残りの在庫セールをやっていましたので、冬服と春物のセーターとパンツとシャツを大目に買い込んできました。
とても喜んでくれて今日はさっそく床屋さんへ出かけて行ったようです。
床屋へおしゃれなセーターとジャンバー着て。
きっとパンツもシャツもまっさらなものを着込んでいったことでしょう。年寄が床屋やいつもの診療所で会うのが何よりも楽しみなようです。
父は病院へ行く2〜3日前には、床屋まで行って大した力の入れようです。

「どこかに彼女でもいるのでしょうか」とも思いますが。
もしかすると父が亡くなってから名乗りを上げてくる、歳の離れた私の妹か弟がいたりして。ふふふっと笑って想像するだけで。
ぷる。ぶるっと身震いしててしまいます。

雪が解けたらもう雑草が生えていた。

まあ田舎の年寄は年寄の競争で若さを張り合っているのでしょう。
診療所へ行くとたくさんのお友達や知人がいたりして。
まるで同窓会のようなのだとか。
そこへおしゃれなセーターやジャンバーを身に着けていくのは、年寄の健全ぶりを
アピールするのが男らしさなのだとか。
93歳になる年寄りがうれしそうに言うのです。「20歳は若く見てもらえそうじゃ」と、、。
これではやはり私の方が。
いやはや先行ってしまうかもしれません。「疲れたビー」と独り言。

アフリカかどこかの大地で、木の梢の上でオス鳥が色とりどりの羽を広げて求愛ダンスをしている鳥もやはりオス鳥ですね。
クジャクも羽を広げると立派で見ごたえがあるのはオスです。

オスというものは「だてこき」なのかもしれません。
伊達というと伊達巻もそうです。ただの腰ひもだけでは落ち着かず伊達巻というすこし幅広のひもを巻くと着物の布が腰に吸い付くようにぴったりおさまります。
そして伊達正宗勇壮な武将。あの兜。おしゃれなんですよねー。

あんまり悪口を書いていると、父はどこかではくしょんしているかもしれません。「春になって。風邪でも引いたかなー」と言っていることでしょう。


では今夜はこれで。いつも最後まで読んでくださりありがとうございます。

疲れた顔の7歳シニア

昨夜泊まってくれたゴるのソフィちゃん昼間はジョンノ家でぐうぐう寝ていたけれど。山スキーの好きなお父さんに付き合って山中かけっこ下からすっかりつかれちゃったよね。お父さんの山スキーも雪が解けてしまうから。
今度は6がつの、高山ウルトラマラソンの時だねー。

「お父さん大好きだからついてかけっこだけど。もうソフィちゃん7歳だから。今度からはジョンの家でお留守番だよ。」

「叔母ちゃんところは気に行ってくれたたみたい。
ホッとしてなかよくなれそうだものね。

「甘えん坊のソフィちゃん。」お父さん焼きもち焼いて、今度のマラソン。
すっ飛んでコースを走り抜けて、着ちゃうかも。
「今度もじょんの家で、おとなしく待ってていようね。」
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午後からの春の雨

雪が消えました。

今日は午後から、冷たい雨が降っている飛騨高山です。
やはり雨の日は足腰が冷えて、調理室での立ち仕事は、ちょっとつらい感じですね。ストーブはまだたいています。

高山のにゅうかわに近い場所に新しいスーパーができたというチラシが入っていましたが。新し物好きの飛騨高山の人たちは何のお店でも、新店舗ができるとわっとみんなで押しかける習性があるので。
買い物に行こうと思いましたがすごく駐車場が混んでいて、レジなどはとてもすごい行列だと聞きましたので。
とりあえず今日は仕入れの買い物は、出かけずにいつもの配達してくれる農協スーパーで事を澄ましました。
鮮度の良いホタルイカが出ているそうで今日のメニュは

.曠織襯ぅの酢味噌
飛騨牛しゃぶしゃぶ大皿盛
小鉢きゅうりとわかめの酢の物
ぢ臠肉じゃが
ナ身クリームシチュウ。
小鉢ネギトロ
野菜サラダ胡麻ドレッシングかけ
┐漬物赤カブ丸付けと白菜
フルーツオレンジ
大葉と卵とゆずのかきたま汁

ヒダコシヒカリ

今日はこんなところです。

明日の朝は
“弔里
∪戸
ほうばみそ焼き
い世い海鵑箸△欧髪鱒の炊き合わせ
ゥ献礇鵐椶覆瓩海量A構
ε鯑ι綟
漬物大根漬けと梅
┥鉢 佃煮
納豆

こんな感じで出せるように用意しました。


今日の午前中雪が解けたばかりの、蕗畑からふきのとうを取っている通りすがりの車で来た人がいました。
あれは私が栽培しているエゾぶきの畑に入って、ふきのとうを勝手に採取しているのです。うちの宿に泊まるお客さまでもない。


通りすがりの人が、ひと声すらかけずに黙って駐車場に車を止めて。
勝手に畑をうろつくのは、いかがなものでしょうね。


無礼な礼儀をわきまえない人に限って、わが家の宿や稼業にかかわる人ではないものです。雪が解けたばかりで、まだ野菜は植えていません。
ドックランのそばの蕗畑でうろうろしている人がいました。

「つくりぶきのエゾぶきの畑です。ふきのとうは蕗の親です。勝手にとって、畑を荒らさないでください」という立札でも出したくなってしまいます。

エゾぶき

ふきのとうは自然の山野に生えているものだと思い込んで、当然のようにして取りあさる、「よそ者に山菜とるべからず」と立札があちこちに上がるのも無理からぬことのような気がします。

マナーの成っていない大人が増えてきたこと。
他県ナンバーの横着者には、手を焼いていることの証のような気がして。
すこし悲しい気持ちになります。

道路がよくなったら「山菜の蕨を取るふりをしてアスパラを取って行く泥棒がいる」と農家の人が嘆いていたことを思い出しました。

私が宿にかかわっていなかったら、何とも言い難い現象です。

「日本人としてのモラルや、物欲に対しての人々の心が変わる」
とはこのことです。
悪い事をする人がいなければ用心したり注意したりする必要はないのですが。
たちの悪い横着者が交通の便を利用して集まってくるとしたら、道が開けるということも困ったものなのです。
番犬を飼ううということは本当に現実の事になっています。
いつかむかしに、弁天荘にご縁をいただいたお客さまならば、ひと声かけてくだされば喜んで懐かしがって「どうぞ」というものを。

八重桜の塩漬け

こそこそと、からっぽのスーパー袋下げて田畑をうろつく人には、
「あのーそこはうちの畑ですのでご遠慮くださいと」声かけてしまうのです。

意地悪を言っているようで、私の心すらがやるせない気持ちになってしまいます。

何も山菜の一握りやふきのとうの一掴みが、おしいわけではありません。

野山を平気で歩きたばこを吸いながら、挙句の果てに火のついたままポイと捨てていく、その態度が「けしからん」と言っているのです。

旅の恥はかき捨てというそういうよそ者が、気分悪い態度ではけしからんと言っているのです。
梅の木が花咲いて実がなりだしたら、勝手にもぎて行く人が横行するような気がしてフェンスで囲っておきました。
「猫叱るよりも皿引け」とは昔の人が良く言ったたとえです。

4〜5年前には「いつもここらあたりにはたくさんあったのだが、今年はすくないねー」と文句さえ言っている無礼者ががいました。グループで車でやってきて物の一時間で競争のように、人のところ庭先のの畔を歩いて、ヨモギや蕗や筑紫を取って行くのです。

「ちょっといただいてもいいですか」とか「取らせてください」とか
一声くらいはあってもよさそうなものを。

私が土手やや畑にも除草剤をまかないことを、ブログやいろんな噂でで知った泥棒たちが集まってくるのですねー。
いつだったかは、大の大人が、平気で立ちしょんべんしていましたので、注意しましたら睨みつけられました。今は相手が悪いと殺される時代なので、見て見ぬふりをすることも、大事だと誰かが言っていたことも思い出します。

人の育ち方も常識もモラルも、だんだんこわれていくのですね。
人間界が穏やかならぬことに、憂いを感じています。

みんななかよく、暮らしていきたいものですよね。
国道沿いに暮らしていると、個々にゅうかわの里の中でも山奥の集落に暮らす人のようには人なつかしそうに、人恋しそうには、しないかもしれません。
都会の人よりは、情に厚いような気がします。

のどかな田植えの季節

むつかしいですね。他県からドライブ感覚でやってくる欲張りの大人たちと、愛想のいい田舎育ちの子供達。
にゅうかわの里の環境から出て、よその土地に行ったときどう変わってしまうのでしょうか。ちょっっっと心配になります。
田舎の実直な優しい気持ちで、暮らしていくことのむつかしさを、時の流れの中に感じています。

今日は雨でしたが、明日からまた晴れるそうです。
いつも最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ではまた明日。おやすみなさいませ。

わらびあくだししました
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春の光に包まれて。飛騨高山

雪がどんどん消えていきます。

春の生暖かい風が、ありがたい日の光の中をそよそよと流れてきます。
今日は本格的な暖かさを感じる土曜日です。
車の通行量もさすがに土曜日ですから活動的になりました。
今日のお客様のお部屋掃除に追われています。

忙しいということはありがたいことなのですが。
宿屋の仕事はお部屋の布団畳から始まって廊下の掃除機かけや各部屋の掃除機風呂掃除トイレ掃除に至るまで元に戻して当たり前のお仕事なのです。
これが結構年を取るとしんどいハードな仕事になります。

嬉しいガムレオン

若いときは何でもなかった掃除機かけなども、結構腰が痛くて大変なのです。

でも今日はどんな子たちに会えるのだろう。
そう思うと頑張れるものなのです。
でも永遠に際限なく、というわけにもいかないだろうから。

歳とともにこの宿に携わる私の立場も「引退をしないとならない時が来るだろう」と思います。
ただその時が、今年ではないと確信を持っています。

そしていつものように春の光が差し始めてくると、「確実に来年でもない」と思ってしまうのです。
だから「5年一昔という」ので5年先の将来像を計画して見ました。
時代はものすごいスピードで変わり、このにゅうかわもどんどん変わりつつあります。
心の元気さからいえば、私はいつも犬たちに触れていたいので。
お客様の料理を作るのも鍋を持ち上げたりおろしたりを、、手伝ってくれるそばで支えてくれるスタッフがいれば。ずっとやっていたいとは思うのですが。

62歳女将

生涯現役と思って平成19年に脳出血で倒れてから、今年はもう平成27年を迎えた。だから9年目になるのです。病院を退院する時、ナースの人やドクターからくれぐれも言われたこと。

「この病気は完治してしまうということないのだから、いくらでも再発ということもあるし。生活内容による、生活習慣からくる要素も多いので無理をしないようにしてください。」

そういわれて9年目。二度目の再発なく頑張って来れたことにとても感謝いたします。死の淵から生えずり上がって家路に戻ってから9年目に入ります。
主人はくも膜下出血という同じような脳の病気に襲われたが、何度も手術を繰り返しながら。差し出す手からもむなしく波が引くように静かにこの世を去って一しまった。のです。きっと主人が私に生命力という寿命を残して行ってくれたのかもしれません。
あれから私の後家さん生活は続きますが、何も変わらず何も不安なく暮らせていること。ありがたいことです。
出入りの業者さんも、日頃おつきあいしている廻りの人々からも、信頼して支えてもらっているのが現実です。

のどかな田植えの季節

その意味からは、決して裏切ることのないように。
きちんと人生のエンディング計画を立てたいと思う。
それはさみしい事でも情けない事でも、むなしい事でもない。
私は十分がんばって生きてきた。冷静に先読みしなければならない時が来ているのだと思う。
母も死に主人も死に。家族はだんだん少なくなって。
年老いた父のことをすれば、私には子供がいないのです。
私の気持ちを継いでくれる優しい新たなる経営者を迎えるべきだと思う。
せめてこの宿なりとも朽ち果てて粗大ごみになる運命だけは避けなくては。
いつまでもこの宿にしがみついていては、いけないと思っている。
確実な未来を見つめた、新しい若い家族に引き継ぐ計画に向かうべきだと思っている。たとえそれが親類や血のつながりはなくても。私の意志と志を引き継いでくれる人ならば快く現実のありのままに受け入れるべきなのかもしれない。

それが今まで私を支え続けてくださったお客さまへの感謝と、私がここで安らいだ気持ちで暮らして老後を過ごせる現実の立ち位置なのだと思う。

人間はいつかは朽ち果てておいて力も体力も失っていくのだから。
やがて枯れようとしている老木は根元にずあいという後継者を残しこのずあいの栄養になるべく、やがて枯れて土に戻るものなのですが。
そういう今までの繰り返してきた先祖代々の成り行きが私には望めず。


仕事もやりかけのままでは私らしい気持の収まりがないので。
5年という期限を自分に課しました。
では5年後に現実にはどうすべきか何も現実的な計画は立って居ませんが、心のけじめにそう私は決めたのです。

いずれ新しい後継者となるべき、「私の目指してきた犬と暮らすことの楽しさ」の心意気を引き継いでくれる人々との出会いが、私の意志を無駄にすることなく情熱もやさしさも引き継がれていくことを望んでいます。

新しい扉の向こうの夢の始まりを期待しています。

畑の手入れ

とにもかくにも今年も来年も、まだしばらく頑張りますのでよろしくお願いいたします。がんらい、宿屋の仕事とは、とても楽しいものなのです。
そして性に合っている天性の仕事と感謝していますが。

杖を突いて館内を歩けるのもいつまで続けられるかとも思っています。
そんなわけで、今日は春の日差しの中で、私の心の内を明かしてみました。

土曜日です。張り切って料理にかかります。
私は子供を授からなかったので仕方のない選択肢なのです。
しかし子供のように思う私の犬や猫たちを、世話する場所と先祖の魂を供養している仏壇のある古民家は私の手性の終の住処となることでしょう。
そんな穏やかな暮らしを望んでいます。

希少価値のガラス戸

そんな風に私が父のお手伝いから始まったこの宿。
20歳から作ってきたこの宿を見ながら隣で隠居して暮らせれたら
幸せだと思います。
見守りながら暮らしていけたらよいのにーと思っています。

身体が気持ちについていけないと何やカニやと思うものです。
でも今年も来年も頑張りますよ。
5年も先のことはどうなっているかわかりません。
これから夕食の準備にかかりますねー。

お客様がずっと来ていただけるということは
とてもありがたいことなのです。
最後まで読んでくれてありがとう。
人間て生きざまにすらまよいはもつものですねー。
それが若さと引き換えに人生を積み重ねてきた
現実のありようなのかもしれません。「今は幸せかい」と言われれば「幸せですよ」にっこり笑って答えます。

弁天荘全景夏
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風は冷たいけれどよく晴れました。

今日はすごく朝から晴れてよお天気になりました。
早く緑の草花が見たいです。もうすこしだけ先のようですね。

バジル群生

雪野の腹を滑り降りてくる春風は、まだ冷たいです。

昨日までの春の嵐のような想定外の雪降りは「何だったのだ」と思うくらい、雪も解けて道もカラカラになりました。長い間待ち望んだ青空です。

何もかも春に向かって一直線のような天気予報の晴れマークの予報らんですが。
このまま順調に雪も解けて畑の苗物もすえられるくらい土の温度が上がればいいと思っています。
高山祭の春祭りの日もあと一か月を切りましたので。
これから一気に雪解けが進んでいくことと思います。

桜が咲くころでないと無理なので順調に春の来ることを祈っています。
雪が解けたらふきのとうや、ヨモギや、筑紫の料理をいたしましょう。
ヨモギのてんぷらも筑紫の卵とじもふきのとうの甘辛煮やみそ炒めにすると季節の味になります。
雪の下の土の中で春を待っているのですね。

私も春を待っています。
ドックランのそばには普通のサクラも植えましたが
緑色の花の咲く桜も植えました。
今年は梅の花がどんな感じで咲くのかがとても楽しみです。
去年シルバーセンターの剪定部を入れたのです。
大雪で枝も折れたかもしれません。

その結果が出て、たくさん実がなりだし始めるかどうか。
とても楽しみに待っています。
成りだせば「梅酒つくりしませんか」という企画できるのに。
肝心の梅がならないのではその企画もできません。

ついでに植えた、「ぽぽーの木」は跡形もなく枯れてしまったようです。
畑のバナナとか、山のチーズだとかいう添え書きで。
2本も植えましたが、いつの間にやら亡くなっています。


真っ赤な一位のみ

ワラビも奥山に取りに行かなくても、ドックランのそばにたくさん出だしたので最初に作ったドックランを引越しさせたのです。
でも草を刈ればワラビは出て来なくなくなってしまうし、草を刈らなければ荒れ野になってしまうし。なかなか土地の管理は難しいものです。
ましてそれが管理する費用はシルバー人材と言っても、みんな人権費なのですから。とても大変なことなのです。

旅館そばのドックランの脇に植えた北海道のエゾぶきはとても良い成績でした。
去年はお客様に「一家族5本までの約束で自由に「はさみやかまで、収穫してもらい喜んでもらいました。
蕗とはいっても根元は5センチくらいあり長さは1メートルくらいあるのですから、家庭に持ち帰れば鍋に煮込んでも2本もあれば十分なのです。
今年もたくさん出ることでしょう。
楽しみにしています。山の香りをお客様に味わってもらいたいものです。

エゾぶき
では春になることをもうしばらく辛抱してまちますね。
お客様はもう雪が解けて道がからからに乾いてますので夏タイヤでも十分走って来れると思います。
割引お値打ちプランは4/10日まで伸ばしましたのでぜひおいでください。
お待ちいたしております。
いつも最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
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若い人の労働

飛騨高山にはアルバイトをする高校生も学生もいません。
ただでも少ない少子化の現状で、アルバイトをするより田舎の子たちは一生懸命勉強だそうです。飛騨地区の安い労働賃金から逃れるように<
進学をするのだそうです。
だから求人は何とも困難です。
大手の大機企業が新卒者をさらってしまい。

屋根修理

高校新卒の子たちでさえ地元に就職する子がほとんどいなく。
進学希望の子たちが多く挙句の果てに親が苦労して大学へ出しても地元へは、帰ってこないのだそうです。
理屈道理で、高山のハローワークに求人票を出しても皆無で派遣会社に、何人か派遣してほしいと言っても、なかなか良い回答が来ないということは一自体がいないようなのです。

製造業の大手はは忙しくなって残業続きで好景気なようです。
なんか腑に落ちない気がしますが。
景気の波はまだ届いていないので、私たち観光業者は今年も廃業する宿の名前が人づてのニュースで流れてきました。

毎年毎年ここ5〜6年は廃業する宿が立て続けに増えています。これでは生き残っている宿の方が少ないような地域制に。困った現象だと考えています。

そのうち景気回復もしてくるだろうにと言ってみても食品衛生法や風営法。旅館名業法に、消防施設管理者。食品衛生管理者数々の規制の締め付けが老齢化する経営者にムチ打つ体には続く希望が湧いてこないのでしょう。
「長い歴史のままに」というあり方では立ち行きならぬ「苦しいものが突きつけられて」いるようです。みんな歳寄りにしまったのですねー。

シベリアンハスキーたち

何が一番くじける元となっているかは、後継者がいないことです。
後継者がいないということはとても悲しくつらいもので。
さみしい心が折れる元なのです。

私のように。
夢ばかり追いかけて人とは別の道を荒野の道をあゆんできたものとは違って。
せっせと鮭が遡上する川のふちにいるように民宿を営んできた人々にとっては現代の締め付けの名ばかり旅館はつらいのでしょう。
上三之町

老いぼれた父と愚痴っぽい父の一番下の叔母と犬たちと猫たちと暮らしているものは後継者のいないさびしさよりも、目の前の山積みされた仕事量にまず悲鳴を上げるのですが。
私もこの宿を旅館に改善した時母のがんが発覚して3年。宿の仕事と母の病院とでへへとへとになりました。この宿を増築改装した矢先でしたので。

そのころ同業者の家族はみな元気で各宿の戦力となって手伝っておられましたので。とてもうらやましかったものです。
今そのどうやらその家族構成の変化が、回ってきているようです。

24-10-21 029遠くに見える乗鞍岳.jpg

何にしても自分の立って居る環境と、人様の満々とした環境の差にあまりにも下手だたりがあることを嘆きましたが。

そのころ支えてくれたスタッフ達もすでにみなが年老いて隠居生活をしているように。あのころがんばってお手伝いしていたおじいさんおばあさんはついに手のかかる重傷介護の柴ょ謡に入っているのです。
さらにもう一つ付け加えれば、田舎の町には介護病院のベット数があまりにも少なさすぎる現状です。老人老人。老人が老人を介護して。
客商売どころではないのです。
「65歳から老人クラブに加入を」との先日近所の老人会長さんからお誘いを受けたが、まだ私は正直言って現役から離れる気がしない。

先ほど父が足ががくがくして歩きづらくなってきたといい。
「これでおらはおっちちん死まっただー。」と
昔懐かしいクールセダーズという若いグルーブ歌手がいた。
40年前くらいの曲の節を繰り返して歌を口にしながら、
投げやりに歌いながらやってきた父に。
私は貼り付けるカイロをペロンとはがして内またと膝の膝の皿の骨の上に張り付けてやった。
ご飯を食べている間に足が痛く亡くなったと言って喜んで弁当詰めて行った。

甘えん坊のジョン

父は、夜明けとともに目が覚めるとかで朝本を読んだり体操をしたりテレビを見た
りするととてもおなかがすくそうだ。
朝の6時か5時半ころにはその自分で詰めた、小さな弁当を年老いた猫と一緒に分けながら食べるのがとても楽しみにしている。
だから毎日毎日。旅館まで館内を杖を突いて昼と夜には食べにくる。
「朝5時半や6時なにお父さん専用の弁当を作ったり朝食を作ったりするのは無理」という私に。彼は夕ご飯に来たとき真っ先に弁当づめが日課になっている。
私事態が仕事の都合で夜中の3時ころ寝ることすらあるのだから。


「歩いてご飯を食べに来ることがお約束の日課」となっているので。
だから「おらは死んじまっただー。天国逝っちまっただー」と
言う歌を歌いながらやってきたというわけなのだが。

これから忙しくなるというのに縁起でもない。
「葬式に振り回されるのはいいや!」とにこにこ笑いながら言う私に父はきょとんとした老人特有のぼやけた顔をした。

私は「そんな膝が痛いくらいで人間は簡単には死ねないよ」と
言って貼るカイロをズボンの上から二か所はってやった。
そうしたら膝小僧が温まったら痛くなくなったらしい。
にこにこと喜んで帰って行った。

相変わらずの弁当袋下げて。
当分あれで気は、死ぬようなことはあるまい。
自分の飼いネコの年老いた猫と会話を楽しんでいる。
そう思って後姿を眺めた。
弁天荘ジョンの家から見る前景.jpg

今夜はとても冷える。外は大きな牡丹雪。

レスキュウの消防車も救急車も、さっきけたたましく走って山の方に登って行きました。平湯峠あたりでノーマルタイヤの人が事故ったのでしょうか。
まだまだゆだんはできませんねー。困った事です。

ココは雪は積もるほどではないですが。それでも峠道では雪景色でしょう。

暖かくしてお休みください。今夜はこれで。
いつもつたない私のブログを、最後まで読んでくださりありがとうございます。

追伸   飛騨高山は、明日一日荒れるそうです。
そのあと季節は春に向かって回復していくそうです。

困ったねー私27年冬
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今日も晴れ屋根も修理間に合いました。

雪害の屋根

雪害で壊れ種だが折れた屋根。
昨日まで足場が組んでありましたが、大至急ということで何とか修繕間に合いました。後は板金屋さんの屋根ふきと塗装だけが残りましたが、とりあえずお客様の出入りには支障がないので。
これから雪も解けて春が来ると私もかなりの感じで頑張って働かないとなりません。今日から連休です。

金沢まで新幹線がついたのでお客様の目は、北陸に向いているのかもしれませんが、
なんといってもこれから高山も春の桜のころから、多くの観光客で潤い始めることでしょう。
今日も大風呂をたくように朝から準備しています。
設備やの男の子はとてもいい子なので連休のさなかなのに走って
飛んできてくれました。
「男子トイレの盆気の水の出が悪い。ボタン押しても水が出ない」
そう言いましたので電話したらすぐ走ってきてくれました。
この建物は「女将を守る会」みたいな職人さんたちの結束があって、板金屋さんも設備屋さんもインテリアさんも、ガラス屋さんも大工さんもと塗装やさんも。建具屋さんのチームは、みんな顔見知りばかりです。こころづよいですね。

屋根修理


建物が私の大事な飯ばちなので壊れていては話になりません。
これで心置きなく動けます。さあーて。今日の献立表書かなくては。
では今日はこれでいつも読んでくださりありがとうございました。

しごとというものはこ誰かの仕事のおかげの上に成り立っているものです。
今日も頑張って働かなくては。
いい天気なのでうれしいです

雪がどんどん消えていきます。
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屋根の修復工事始めました

昨日から雪害で壊れた屋根の修復工事が始まっています。
今年の雪は重く雨が雪になったものなので大きくかさばる上に。
夜は飛騨特有のマイナスになる気候ですから屋根に積もった雪はより密度の高い氷と化してしまい。玄関先のひさし屋根ののねだが折れるという被害になりました。

class="pict" alt="屋根の雪がこんなに" title="屋根の雪がこんなに" width="640" height="480" />

昨日から壊れた部分をを撤去して、新しく作り変える修繕工事に入りましたがあいにく今日は朝からのざあざあ雨で工事はやむなく中断して明日を待つという状態です。明日は予報によると晴れだそうですが、少しづつ雨が降ったり晴れたりして雪は少なくなっていきます。
今年はとくに冬が長くかんじましたね。
でも、私もそろそろマイカーで出歩くことができるので、ありがたいすです。3月3月23日は車の免許更新の日です。
5年間違反はしませんでしたので、また5年間は乗れるのですが。
これまで車に乗っていても駐車禁止もスピードオーバーもしなかったので、一時間ほどで交信がすむのがありがたいです。

僕はレオンというんだよ。

雪害の保険が少しだけ下りますので、少しは手当てできますが、私の財布から出る出費には違いないので頑張って働かないといけないなーと思っています。
ゴールデンウイークにはたくさんの人々からご予約いただいていますが、それ前に高山地方は春を迎えていることと思いますので。
ぜひ犬連れ旅行の楽しさをゆっくり楽しんでいただければと思っています。

明日は消防署の立ち入りで消火訓練です。
つうほうくんれんもあることでしょう。
去年秋に外で消火訓練はやりましたので、春はまだ駐車場の雪の山も残っていることだし、外での訓練は嫌だなーと思います。
でも火事がどこかで有るたびに私たちの業界の締め付けは厳しくなって。
確かに人様の命にかかわることだから当然のことだとは思いますが。
朝から通報訓練や初期消火訓練の手順のシュミレーションです。

訓練をしておくことは大事なのですが、その前に火の元の管理は用心することに限ります。そんなわけで今日は早めに寝ます。
いつもありがとうございます。

割引お値打ちプランの期間は4/10日まで伸ばしました。
ぜひこのお値打ち料金プランのある期間おきがるにおいでくださいねー。
お待ちいたしております。

廊下
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晴れたので気分いいのでがん保険に入ります。

晴れるということは気分のいいことです。

真っ赤な一位のみ

がん保険に、はいろうかと説明書取り寄せました。
午後から担当者がいろいろ説明してくれるそうです。
医療保険には入っているのですかが。
もう一つは言ってくれた方が私みたいな年寄二人を掲げて老人の入口に立って居る人はもしも病気になったら何とも悲惨なことになってしまうのだそうです。

だからまさかの時の想定をして病気になった時の通院や入院の費用や、見てもらえる保険に入っておきたくなりました。
いつ何があるかわからないから。

若いときは大きな生命保険にも入っていましたが掛け金もばかにならないとのことでやむなくすててしまいました
保健というのは難しくて私の夫はしこ災害保険には入っていましたが病気の保険には結局は言っていませんでしたのであんなに苦しい闘病生活の挙句の果てに手術のたびびっくりするような途方もない金額の請求書が残るだけでした。

ほうば

命の最後の終わり方は家族がいればなんとしてもお金は作ります。
でも私のように子供も亭主もいない立場では、なかなかその場になってみるとお金は大切なものです。

不安なことがいっぱいの現代だからいろいろ考えてそうていのはんいのうちにしておかないといけませんね。
とにもかくにも晴れた日は気持ちのいいものです。
暗い不幸になった時のことも計算しておかないと。

それが逃げては歩けないことなのでまさかの時の先立つ者の手当てもすることにいたします。63歳。がんになっったら早期発見なら助かるのだそうですよ。
抗がん剤治療をするかどうかなんてとこマテはかんがえられませんよね。

晴れてきて雪溶けてきました。

「ケセラセラなるようになる。」こんな歌がふさわしい白銀に太陽の光がまぶしい今日です。

親戚の人たちの叔母さんやおじさんのお見舞いにもいかなければならないし。

集落の長老のおばあさんが、がなくなったとの不法がありましたので。

お葬式会場へはいけないので雪が解けたらお宅を訪ねることにいたしましょう。
ヒヒいろんなことが過ぎていき一日が終わって行きます。
今週の末は連休です。もう少し部屋の秋がありますので気軽においでください。

きつといい天気になるといいですね。
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晴れるということの喜び

ロビー
もともと性格的にはそんなに暗い性格ではないので。
朝起きて太陽がさしてきて雪野原が太陽の光で、
ちかちかと反射しているだけで、うれしいものなのです。

まして、屋根の雪がぽちんぼちょんと雨だれになって落ちると、
それはそれは春の足音で。
ウキウキとしてきて暖かいストーブ暖房と窓からさしてくる暖かさとで、
飛騨人は長い冬の雪に閉ざされてきたので、何ともわくわくする季節だからです。

庭木の手入れ

今年のゴールデンウイークは長い。
ゴールデンウイークの人出集めに奔走しているところです。

どうしてこうも田舎は労働不足なのだろう。
若い人なんて飛騨には、いないのだろうかと思うほど。
高校生の学生すらいないのです。
ハローワークに行っても働き場所を求めて相談している人なんていない。
いったいどこに行ってしまうのだろう。

学生も年々少なくなっていくとか。
人口の減少ということなのだろうか。
観光客はいっぱい来てくれても、そこに定着して暮らしてくれる家族が少ないというということなのだろうか。何とも首をかしげることなのですが。
田舎の高校生は進学するために集中して塾へ行っているのだそうです。


街と言っても高山市の中でも、街という場所はほんの一握りの場所にすぎない。
やれやれ今年も、都会からアルバイトを募集して「ゴールデンウィークから泊まり込みしてくれる。アルバイトを入れることにしょう」と計画しています。

アルパイとは、なれて覚えた頃やめていくことになるので。
大変と言えば教えるのも大変なのだーが。
しかし人手間であることには違いないので。
人探しは経営者としては、大事な仕事なのです。

まさか掃除機ロボットというわけにもいかないので。客集めより働く人集めがつらいところです。
東京から直通のバスに乗って短期アルバイトしてくれるように
アルバイトの募集をかけておいた。食地付きの交通費無料。
がんばって働いてくれる人に巡り合えればいいのだか。

桃太郎トマトジュース

少子化の中で育った大事なお坊ちゃまやお嬢ちゃまは。
なかなか仕事という感覚に慣れてもらうまでが、一苦労。
自分も観光客のような気でいるから。
掃除機のかけ方方雑巾の使い方に至るまで教え込まなければならない。
接客に至るまでははるかかなたの動作になってしまう。


人があふれるほどいるのはやはり都会なればこそなのかもしれない。
おかしな時代だと思う。
しかしそれが現実なのだと受け入れて、手配することの方が先決だと思う。

黒ナス

雪が解けたら黒ポットにきゅうりの種をまこう。
今年も黒ナスの種もまかなくては。
二つ葉がチョキの形で黒ポットの中で目を出してくる。

そしてそれが四つ葉になって15センチくらいの背丈の時に、畑に植え付けるのだが。成長を見ているととても楽しい。
土いじりや家庭菜園をしたものでなければ、わからない楽しさだと思う。
夢の種まきをしてるのだから。
それがまたみずみずしくてとれたての野菜はおいしいので。
スーパーの野菜にはない甘さがあるのですよ。
楽しみにしていてくださいね。では今日はこれで。
いつも最後まで読んでくれて、ありがとう。

62歳女将
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3月の第2土曜日。

3月11日土曜日。
今日は朝から金沢に新幹線が、開通したと言ってテレビで騒いでいた。
だいぶ前から金沢が、がちゃがちゃににぎわって、高山が閑散としていたら。
つらいなー。たまらないなーと覚悟はしていたが。
まして私の宿弁天荘が、ひっそりとしていたら。
なお、さみしいなーと思っていた。
おかげさまで今日は、そこそこに部屋が埋まっているので、まずまずと一安心。

桃太郎トマト箱詰め

商売でも宿屋という接客業は、ものを仕入れて販売するような簡単なものではなくて数字でも確率でもはじき出せないものがある。
接客というものは確実に目の前にある品と違って心や気持ちに訴えるものがある。
マニある化された大手のチェーン店のサービスの気配りとは違う。
ドキュメント的な、ありのままの心で。
気持ちを込めて節して行かないと花丸にはならない。

お客様のお食事部屋へそれぞれ暖かいものは暖かくお届けして洗い場の係り以外は全員布団敷きに出払って。
お客様の食事部屋から追加の肉屋追加のお酒などが電話あれば対応するだけ
そこまでたどり着ければまず半分のところまで来たようなもの。
早い話が
まずそこ間手でチェックインから食事までのお客様のお支払いになる料金の半分のところまで無事こぎつけたことになる。
空間を売るということはそういう仕事なのだ。

もともと満室時のトップシーズンでも、10人から12人くらいの人手間で回っているいる宿屋なので。そこに夏のトップシーズンにもなれば、畑のおじちゃんが2人ほど増える程度。
今日はそこそこの人数のお泊りなので。スタッフも5人程度で仕事は回っている。
私は常勤の調理士でもあり、常勤の防火管理者であり。
気も心も仕事量も、手は抜けないのだが、一日が普通に終わってくれれば何よりということになると思う。

エゾぶき

人手は枯れ木の山のごとくいたところで、スムーズに回るものではないし。
少数でもその道には、長年の精鋭たちが集まっていれば。
「はすら減ったー。つかれたー。腰がいてえー。」機械ではなく人間なのでブイブイ言うのは人間の常と考えていればなんということもない。裏では何を言ってもよいが。客前では誠心誠意、笑顔で。感じよくスピーディに働いてくれればと願う。

勢いと、たまにはさむ、冗談や笑い声が裏方のチームワークみたいなものなのです。綱を引っ張りすぎてもひれるだけ。
「感謝」と言いながらも一日が終わって行く。それが本当に感謝なのだ。

今日の犬たちはみんなおとなしくて。どこにいるのかわからないほど静かだ。
可愛いワールドの競争のような世界で。何とも愛らしい。
私のお恥ずかしいレオンやジョンに比べれば。
何とも、ワンランクも2ランクも上のクラスの犬達。
今日は10年前ににペキニーズを連れてお泊りになったお客様が、またお泊りになっていらっしゃる。ありがたいことです。

私は宿屋やっていてよかったといつも思う。
洗い場と布団敷きが始まっているので、私はいつものようにポンポンとキーボードをたたいているのですが。

商売は、もともとサラリーマンをやったことない、脱サラして始めているわけではないので。サラリーマン家庭がどんなものなのかは知らないまま人生が終盤を迎えている。
計算などあってなしのようなものだということを、よく肌身を通じて知っているから。汗の大小は必ずあるという人生を送ってきたようだ。

食うに困るということは感じたことがなかった。
贅沢を言わなければ何でもあるというのが田舎暮らしなのだ。

農地があれば種をまいておけば、必ず秋には収穫できるということが体にしみこんでわかっていたので。走るときは一生懸命走った。

弟は大学を卒業して教職についていたので、いわゆる公務員という可もなく不可もなく安全な道を選んだ。

せっかく男に生まれたのに「つまらない奴」と私は思って、眺めていた。
でも彼は彼なりに、一生懸命孤独な道を歩いてきたのだと思う。
しかし人生とは顔がそれぞれ違うように。それぞれの生き方がある。

私は暴れ馬のような人生というか、青春時代を送ってきた。
意外と楽しかった。七変化のようにそれはそれは、言葉で言い尽くせないほど体も知恵も酷使して、働いてきたが。とても楽しかったと思う。
いまでも楽しいと思う。宿屋はもともと、楽しい要素がいっぱい詰まった仕事なのだ。

一年の縮図がたった一日で見渡せるような、そんな小さな物語の積み重ねでにこにこしているうちに終わってしまう。喜びや感動がおまけのようについてくる。

のどかな田植えの季節

ただ私の体が老いてきた事を考えなければ。
何となく一日が季節が。四分割されていてその一ページごとに、
一日があると思えば。喜怒哀楽の中に終わってしまうことが納得できる。

私はばくちもしなければ、奈落の底に落ちたこともない。
普通に何千万の借金をして普通に返済して、不通に何億円もの借金をした。
その時代に合った人生を送ってきたように思う。

そして普通に頑張って、あと何千万というところまできた。
それからが何と長い道のりのように感じることだろう。
たった3〜4千万くらいで。
何もかも差し出してしまうのでは悔しいので、もう少し続けていようと思う。

振り返れば、私の人生は借金の山を乗り越えることに。終わったのかもしれない。

20歳の時から小さな山を乗り越え乗り越え。
63歳になって。
まだ楽しい事には目がつぶれない私。

お金の収益がうまくバランスとれなければ、そういった肩入れした思いの商売はそろばんはじいたようにとは、まさにそのことで。
経理的にはそれが一番なのかもしれないが。
客商売というものはそういったものだけではなくて。
人情もあれば感情もあり感動も生まれ。

そのあたりが一番の面白みというか味というか、そうゆう物だと思う。
そういった私の商売の仕方は「道楽商売」というのかもしれない。
でも「道楽商売」ほど面白いものはない。

生活苦を気にすることもなく、自然の中に自分の景色を持っていられること。
人世はお金たで家ではないので、その人がどれだけの時代にどれだけの志を持ってどれほど貫いて生き抜いてきたかだと思う。

私は時代の中にこのまま溶けるように消えて行ければいいと思っている。
ただし自分の広げた風呂敷だけは、人様に迷惑かけずに。
自分でたたんでおこうと思うだけ。

乗鞍岳

まだエンディングノートを書くには覚悟が決まっていないので。
私のかわいい猫たちや、犬たちにどう最後の対応をしたらよいのか。
一番いいのは、私が健康で病気は引きずっているが。
一応自分の足で、立って歩けてしゃべって笑えるということ。

私の気持ちをくみ取って続けてくれるのなら、血縁ではなくても譲って行くことが最良なのかもしれない。何事も時代のままに。

ぐずぐず言いながらも、脳出血他で倒れてからもう9年目。
足も痛いし手も痛い。半身不随だと言われて。
そんなことあるわけないと奇跡の復活劇。
リハリビを耐え抜いて脳に新しい神経を覚えさせて。

楽しいということは脳には一番栄養になるらしい。
人世は長い長い道のり。
くねくね迷って歩いてきた坂道でも、振り返った時にははるか遠くに年月を乗り越えてきた時の重みが一本の道に見えるだろう。

「何も残さず文字なども、本なども残さず。」
というのが私の主治医の口癖だった。

今ではその類の話はすることもなくなったので、彼が何を考えているのかは知らないが。月に一度薬の処方箋を書いてくれて。
何も病気以外の話題がないのも、普通なことなのだと思う。
だから3歳からの幼馴染は、穏やかな笑顔で「お変わりないですか」
と言ってくれる。それがとりあえずの「安心」という切符なのかもしれない。

身体がどうにもならなければ、仕事にも自然とブレーキがかかるはずなのだから。
結局。人のつながりというものは、ありがたいもので。
田舎に生きるということの心得なのだと思う。

ゆきぐもにおおわれたけしき

彼の家も歴代村長をしたり、医者をしたり相当の名家なのだ。
その地域で歴史に残る家の後継者は、肩の荷が重い。

生まれて育った土地で仕事をして朽ち果てていけることは、
歴代の務めなのかもしれない。

今ではそういうことを口にする人は少なくなったが、
私たちは所詮時代の竹継の節なのだから。

潔く生きて潔く人生を全うしたいものだと思う。
今夜もバタバタと仕事して、スタッフ達は「また明日ねー」と帰って行きました。

春がもうすぐきます。楽しみです。
宿屋のそばで外国人相手の「着物体験館」に。
いろんな着物がそろいだして。
楽しい仕事の風呂敷がまた一つ広げられそうです。

稼いだお金はは、そちらのふろしきに消えていきますが。
昔と比べたらなんと、こじんまりしたお仕事なのか。

囲炉裏の日向に当たりながら、背中を丸めて炭火をつつくような仕事です。
でも、それが私の体力にふさわしい。
今の体にふさわしい仕事の線の引き方なのだと思っています。

生きている限り、最後まで私は楽しい人生を貫き通したいのですね。

それだけは先祖代々という積み重ねていてくれた、先祖のおかげだと思う。
残されたものが先祖の菩提を弔って生きること。

私は長女の気位の中に、旧家というプライドを植え付けられて育ってきた。
それが嫌で嫌でたまらなかったので「おてんば娘」をやってきた。

其れなりに青春らしい人生を、思い切り生きてきたように思う。
田舎の中で大声で山のこだまを聞いて生きてきたのだから。

62歳女将

途中で脳出血で倒れるとは誤算中の大誤算なのだが。
人生というものは誤算はつきものだと思う。
だから何があるかわからないからいつでも悔いのないように
「これでもか」というほど頑張っていたい。
なんと楽しい事か。魂の燃え尽きるまでを描けるとは。
お金では計算されつくせない、人と人とのつながりがあることに感謝しよう。
今日もありがとうございました。
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