6月は今日で終わり

貯あり執大掃除

6月というと、梅雨の代名詞のようなイメージがあるが、とりあえず6月30日はあと数時間で終わる、7月に月日が変わったと言っても大して変わり映えしないが梅雨が明けたというニュースになるわけでもなく、箱根や御嶽でも火山活動が小さい規模で進行形の状態らしい。

何やら自然の威力には人間界ではまだまだ届かないところがあって少し不安な気がする。
先日の商工会のカウンセラーの人にレジカメで帯や着物を映してユウチュウブやトリップアドバイザーなどで根気に宣伝やって、みたらということだった。

次から次と新しい方式が出てきて、それになりの器具に買い替えないと、時間も画像の鮮明さもついていけそうもないので、エイデンに行ってデジタルカメラを買ってきた。
いっぱい気腫がある中で「パナソニックの動画がより鮮明に取れる、これなどいかがですか」と言われ「はい。はい」と支払って受け取ってきた。

飛騨はアジサイが7月咲きます。

私のお小遣いをはたいて買いました。月末に痛い買い物でした。
高いカメラでもありませんが、3万円ちょっとの値段でした。
今は充電中です。

カメラを変えると操作方法が変わるのですが、やり方は、何とかなる事でしょう。商工会のお兄ちゃんもおしえてくれるというので。充電式の最新のものを買い替えたのです。教材のようなものです。

習うことと慣れることはそのうち何とかなるでしょう。

うちの犬たちのおバカ加減と、着物体験館の着物や帯の加工した文化帯などを取って取りまくりましょう。とても楽しみです。
わが家の犬たちは芸も何にもできなくて食べることだけが生きがいの犬たちですが。
そんな犬たちとでもカメラを向けるとそれなりに私を意識してくれるようになりました。可愛いものです。私がいなくては生きていけない彼らなのです。

では、風邪ひいたみたいですので、これから早く寝ます。
自営の良いところは自分の次の行動を選べる事です。
今日やらなければ、ならないことは、済ませました。
ではこれから風邪薬飲んで寝ます。
体がだるくて鼻水が出てこんな日は、寝るに限ると思います。

畑にズッキーニを取りにいかなければならないのですかが、明日にしようかなーなんて自分に甘くなっています。
ズッキーニがいっぱい
情熱はたくさんあるつもりなのですか、私の手足はいつも冷えていて今日なんかは寒気すら感じます。更年期は過ぎたから老年期の始まりでしょうかねー。

では早めに寝ますが、どうか明日から7月です。
7/4日の土曜日なのに、なぜかお部屋いっぱいあいています。
お泊りを計画していただけませんか。ぜひぜひお願いいたします。

7/15日まではトイレ付でも割引プランで、通情よりも3000円以上お得な12000円の消費税別でお泊りいただくプランもやっています。素泊まりのプランもあります。夕食付朝食なしのプランもあります。

野菜も取れ始めました。畑の体験もできますよ。
晴れるといいですね。
山はとても素敵な景色ですよ。

遠くに見える乗鞍岳。いつも最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
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6月は明日の1日のみです

無くなった人が植えたイチゴ

6月はなんと寒い月だっただろう。
雨と底冷えのする寒さでお客さまも耐えてしまって。
経済状態も苦しくなり、本当につらい6月でした。

7月8月といよいよ夏のシーズンに入ります。
とても楽しみにしています。野菜も育っています。飛騨の夏はカラッとしていて寒暖差もあるので、野菜の味が濃くて甘いのです。

嬉しいことに予約も毎日入りかけましたので、部屋割りが先着順で埋まって行きます。七月はまだまだこれからどんどん宣伝して販路を見つけないと、前半は雨が多そうなので心配です。
でも今年のばゆう前線は飛騨に居座らないようなのでほっとしています。
自然のなせる業というものにはなかなか人間は無力です。


夏の花の種の百日草とケイトウをまきましたがまだ花壇に植えるほどの大きさには聖地を鵜していません。
油粕でも水に溶いてやれば少し苗が太るでしょうか。

畑に行ったら、種槇もしていないのにコスモスの苗がたくさん出て10センチくらいに育っていました。
実おえなのですが、生きる力というものは大したものなのですね。
去年コスモスができていたところを、トラクター入れて交錯した土の中から自然に芽を切って育ったものです。黒ポットに取り込んできました。

弁財天の庭も緑いっぱい

私はそのいずれジャマになるであろう畑のコスモスを、庭に植え付けることにしました。花壇にでも定植して、それなりの、花壇にしようとおもっっています。
草取りもしなくてはいけませんし、やることがいっぱいあります。本当に除草剤さえ触れたら簡単なのにといつも思っていますが。
母が死んでから13回忌もしたころ母の欲除草剤をまいていた畑の隅っこのヒノキが真っ赤に枯れてしまいました。

薄く播いてもその薬液は地面深く沈んでいくので
回数散布すれば同じ事です。
除草剤の恐ろしさは、テレビなどで「体に優しい除草剤」なんて言いますが、そんな「コマーシャルに騙されてたまるものか」と思っています。

母は16ねんほど前の昔。草剤を気軽にまくことが好きな人でした。お隣の奥さんも除草剤のじょうろを持ってよくかけて回っていました。
二人で競争のようにして、「薄い除草剤」だからと、お墓の周りにもかけて回っていました。

相次ぎで二人とも60代前半でがんになってなくなりました。
除草剤とがんとの因果関係はないとは、言い切れません。
私は草は刈るか、手で抜くかの方法を取っています。だから雨降りと太陽は雑草が大喜びしますので、雑草との戦いなのです。

草取りなんて年寄りの仕事だと思いますが、父は竹藪にタケノコ採りには行くくせに、昼間っからテレビをつけて昼寝しています。

気持ちよさそうに寝ています。
「そこいら編を徘徊しないだけまだましか」と、ため息交じりに草を抜きました。
ご飯を小さな茶碗で食べていたのに、急に「大きな茶碗で食べるのだ」と言い出し。(いよいよ。こうゆう風にもなってきたのか)と現実にやりきれなくなりました。食べることがおしいのではありません。

食べたことが分からなくなってくる旺盛な食欲が、脳の変化だから悲しいのです。

父のそばから、逃げ出しそこなった私くらいしか、父の最期を看取ってあげなくては。そう思いながら。
私の落ちていく体力が、悲しいのです。

「ながいよー。食べられるうちは、お尻におむつしていても元気だから」そう昔弁天荘に働いていたパートのおばさんが、言っていたことを思い出しました。

もぎ取り農園一休みのいす27年.jpg

乗鞍岳の自転車競技お客様の入りが悪いので、観光協会に、空室ありの電話しておきました。にゅうかわには旅館組合の窓口がないので高山の旅館組合につながるそうです。ルートがいまいち遠くなってきています。

難しいものですね。こうゆう風に格差社会になると、組織の維持というものは、それなりに経費がいるのでそこの職員たちは、それなりに給料分の仕事しているのでしょうか。

たとえば各地方の地方紙自体の山ほどいる職員たちも、言葉遣いから態度に至るまで「役所の人間は、一から、教育しなおさないといけないなー」と思う態度です。
役所が民間になればいいとどれほど思うことでしょう。

国は地方にに全力を注いでいるというけれど、
皆あの態度を改善する、教育をしてもらいたいものです。

何とも言い難いおうへいな態度で、支払うのが当たり前という取り立て係の態度は「ちょっとした反社会性組織」の人たちとなんら変わりません。地方の役所はいつから禿鷹集団に変わったのでしょうか。話し合いにも何にもなりません。聞く耳を持たない分からず屋。自分の保身のために「子供のやんちゃ」としか見えない役所の連中。
まともなリーダもいないような地域に、あんなあ様な無駄な箱ものつくるから、維持していくのに自活できなくて、いまだにひいひい言っている。
だから尻尾を丸めて高山に合併したのではないか。
高山に合併して何のメリットがあったのですか。
政治の間違いは、「ありゃ。間違えたわい」では済まないのです。

ほうば

政治の無駄遣いを、この地区に住む者たちだけで、受けていかなければならない。
山間の人口も少ない企業も工場もない村役場が、そんな大理石のトイレが必要だったのでしょうか。
小さな村役場にそんな大理石の広ーいホールが必要だったのでしょうか。
「見得と、田舎者の憧れが、こうゆうことになったのではないか」
まったく政治の間違いだらけだと思う。

国は各市町村へばらまき続けた。
何十億ともいう補助金で、立派な体育館や立派な村役場や、文化ホールはできた。
しかし現地ではその維持費ですら出し続けるのが大変なのだ。

使いもしない、農道空港の飛行場。

ふさわしくない大理石の役場。
冷暖房の中で働いているほんの一握りの、役所の男たち。がらんとした役所。
何のお芝居もかからない、球のの会合のためだけに使われる劇場。
いらないものために、なんでこんな箱ものつくって苦労しなければならないのでしょうか。仔の維持費はどこから出ているのでしょうか。
だから人間としても、ぎりぎりのささくれ立った心で、働いているのでしょうか。

机に向かって何をしているのでしょうか。
本当に働いているのでしょうか。本当に仕事らしい仕事しているのは女性ばかり。
ただ座って時間つぶしをしているようにしか見えませんが。
お役所仕事民間にしたら、もう少し態度が良くなると思います。

せめて挨拶くらいはあちこちの部署から声が欠けてもらえることでしょう。

「あなたたちの貰っていする給料は」私たちの働いて納めている税金です。

「その偉そうな上から目線の態度。そこの若僧君。わかっていますか。」

役所勤めの役人が何を守ってくれますか。
守るどころか脅しをかけてつぶそうとしてくるのですから。
政治批判と言われても仕方がないが。事実だと思う。
選挙前のあのにこにこ、気の低い態度はどこへ消え失せていしまったのだろう。

飛騨牛しゃぶしゃぶ

今日のブログは、日頃役所に思う、腹正しいことを書きました。

あなたのお住まいの地域にもそんな役所ありませんか。

「役所の人間は、心も考え方も冷たくて。自分の責任のがればかり」
それでも地方公務員だから、ボーナスはしっかり出たようですよ。

庶民がひいひい言って、暮らしている時に。
そんなこと思います。

最後まで目を通してくださいまして、ありがとうございました。
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苗に思う幼少期

6月のさわやかな晴れ

今日は6月の28日の日曜日。
朝方まではぱらぱら降っていた雨も止んで、
お昼頃には晴れてきた飛騨高山にゅうかわ地区。
さすが日曜日だ。
車が時折まとまって、ざあざあと音を立てて川のように走っている。

育苗ハウスの中をのぞいてみた。
先日播いたコリアンダーのの芽が出ている。
同じ土で、同じ水やりをして同じような育苗ハウスの中でも、大きく育つ苗とひ弱な苗とができる。この格差は何だろう?と思った。

これが持って生まれた運命というものなのか。とぼんやり思った。

高山市が合併してから10年。
丹生川村は丹生川町と言われるようになり、高山市にゅうかわという名前では、第一線から消えたようなものだ。
つまり覚えにくい名前の由来や、一度覚えてしまえばインパクトのある、個性というものがなくなったということだと思う。

おととし、「旅館組合の維持ができない」とふるえるように役員たちが言い出し、強引に「乗鞍観光協会」という中にはいることになった。
私はあくまでも反対したのだが当時の役員は、
「どうしても、それまでの積立金の通帳を持って、観光協会に合併しなくては今が最後のチャンスだ」と主張した。
だが年取って後継者のない宿も多く、顔は渋い表情のままだった。
何とも反対する元気もなかったからだ。

一度脳出血でで倒れている私が、障害を持つ体で「そんなこと言わずに頑張ろうよ」と言ったところで、何の岸も届かず、結局役員に任せる。
「役員に一任」ということになった。

一日の夕暮れ5/27

そして観光協会の中の一部会となって、丹生川旅館組合は受け入れ窓口を失い、すべての機関から、ホームページの中ですら消えてしまった。
丹生川旅館組合は破たんしたという事だろうか。

観光協会は飛騨乗鞍観光協会ということで、乗鞍岳を前面に打ち出しているが、その次に、売り出しに力を入れているのがジョイフル朴ノ木という朴ノ木平のスキー場のホテルだ。

もともとはジョイフル朴ノ木は、丹生川村の保養施設として村の税金で作ったようなものなのだ。
スキー場の中に温泉を掘ったら、わずかな白山水系の温泉脈にあたった。
水量が少なく奥飛騨の近くにありながら、あふれるほどの源泉が豊富ではなく。
温度も低いのでボイラーで沸かしなおさなければならないという結果になった。 

乗鞍穂高というと上高地に並ぶ長野県のイメージが強い。
北アルプスの半分は岐阜県側の高山市が関渇しているが、宣伝の時代に、撃ち勝てるほどの力と強烈なものがないような気がする。斬新さに今一つ欠けるものがあるようだ。年寄たちは温泉があれば温泉さえあればという。
しかしあふれるほどの湯量があり、源泉もかなりの高温度でなければ。
かけ流しの温泉でない温泉というものはいかなるものかと思う。
運んでくる温泉というシステム。それは絶えず滅菌機で薬剤を入れなければ、レジオネラ菌の発生は防げないのだから。

温泉販売会社の買取温泉は本来の温泉の泉質は問えないものだと思う。
湯量を水道水で薄めてボイラーで沸かしなおすのだから、当然その地域の保健所は血眼になってレジオネラ菌対策に現地に出向いている。

水質検査が通らなければ通るまで宿の経営者は営業許可にも響くという現実。
世の中が進めば、昔は解明されていなかった事も、さらに詳しく追及する研究の結果。関係機関も厳しい指導をしていかなければならなくなり。
そういう時代になると、とてもやりにくいことになるのだろうと思う。
夢は終わりの時代が来たのだろうか。夢から覚めた浦島太郎のように、次々と宿の火が消えていく。

わたしも未来永劫、いつまでも続けられるとは思っていないが、たった一人の年老いた父を看取るまでは、父の私に作ってくれた道を撤退する姿を見せたくないからと頑張っている。
これもかわいがって私を育ててくれた父への親孝行かと思う。
親孝行というのは大変だ。

プロの旅行会社とコラボしないから、どうしても心に問いかけるものは薄く、観光協会の「観光」という意味でのあり方が、今一つ偏ってているような気がするのは私だけだろうか。
観光協会とまとまる以上はプロの選択が一番重要で。
インパクトのあるキャッチフレーズの取り込みですら、命運を分けるものがある。

青空に桜吹雪

「旅館弁天荘」もかろうじて飛騨乗鞍観光協会の宿の部分に、名を連ねてもらってはいるが。おざなりの一覧表に入れてもらっているだけのような気がする。
まだ枠外扱いをされてないだけありがたいのかもしれない。

時代が変わっていくことについていけないこともその理由にある。
そして私が会合や総会などに行かなくなったこともあるが、結局この地区の同業者とはお話をすることもなく、てんでんこの走りをするようになった。

話は元に戻るが、育苗ハウスの中のなすびの苗や、キュウリの苗が。
予備の補欠の苗として残しておいた苗が、大きく育ち畑に行く時を待っているような苗になっている。
ちょっと前の畑に定植の時、根切り虫にやられた時の補欠にと。
予備として残しておいた、その時は枠外の苗だったのだが。
(植え付けるには、かわいすぎるくらい小さな苗だったのだ。)
時間をかけてじっくり待てば追いつくということなのだろうか。

子供の時私は長女として生まれ、母も父も初めて持つ子供に感動し、特に私は2500グラムの未熟児とのすれすれの小ささだったので、母も父も私に一生懸命愛情を注いでくれたように思う。

真っ赤な一位のみ

父は特に私を肩車して毎朝の田んぼの水あてに行っていたような記憶がある。
当時若い叔父や叔母も一緒にいた、大家族の中で、育った私はちやほやされて育ったのだと思う。家長としての兄の初めての子供だから、ご機嫌取りに私を可愛がることが、当時のこの家の一番の明るい話題だったのだろう。

父の一番下の兄弟の妹にあたる叔母が、まだ小学生だった頃に私を人形のように背中にお寝たいと言い出したので、母が三尺でお寝させたそうだ。
叔母は特に背も小さくて、私は一歳過ぎていたので、そこそこに育っており重いので小さな小学生の背中では、叔母がうつむいた拍子に、赤ん坊の私は背中からずり落ちてしまった。

火のつくように泣き出した私は、母があわてて抱き起してくれたのだが。
何となく遠く薄い記憶の中にあるような気がする。
多分もうそのころはよちよち歩きだったのだろうと思う。

それから、私が3歳になった時に弟が生まれた。
おとうとは、母の溺愛の中で育った。
当時の嫁は長男を生めば、とりあえずまずまずの嫁として認められるのが、しきたりだった。特に弟は母が実家に私たち幼子を連れて戻った日に、母が着替えているすきに、はいはいをし始めた弟が、囲炉裏の灰の中に落ちて顔にやけどをした。

今ではそのやけどの跡も、すっかりなくなっているが、当時の母にしてみればやけどをさせたしという負い目が、母にとっては弟の溺愛の始まりだったのだと思う。

父はそんな私を特に可愛がってどこへでも連れ歩いてくれた。
5歳になったころ犬がほしいという私に「番犬だから」という理由を付けて柴犬の子犬をもらっってきてくれた。
おもちゃのように私はその犬を可愛がった。

その犬は一年もするとあっという間に大きくなって、私のいうことをよく聞く犬になった。幼い私はその犬を連れてよく近所に遊びに行った。
今から思うとその犬に連れられて行ったのかもしれない。
私が「太郎」となずけた柴犬は雌犬だった。

幼稚園も保育園もない時代の山間の穏やかな村の事。
そのころ文字を教え込もうとしていた父がカルタを呼んでくれた。
「犬も歩けば棒にあたる」というかるたが、私には強烈に印象に残った。

「太郎は、わたちが守ってあげるよ」そう言いながら太郎という雌犬の引き絆を持って歩いた。歩調を合わせて歩いてくれたのは犬の方だったかもしれない。

レオンお座りしています。

それから何十年もして、現在私は「犬のお宿の」女将ちゃんをやっている。
女将ちゃんだからと言って、そうお客様の前に出て挨拶するわけでもなく、脳出血の後遺症を持ったままに、相変わらず裏方に徹して働いているだけなのだが。
ただ今誰が何と言おうと犬の宿をやっていてよかったと思うことばかりだ。
/様佑慮い任眇瓦癒される。癒される仕事はありがたいことだ。
犬たちは飼い主に心を寄せようとする。犬もくつろげる宿でありたい。
趣味が仕事にできること。だから苦にならない仕事。
じい楼蕕栃で、ずいぶん変わる。飼い主によく似る。
ド塰のない犬は、穏やかな顔をしている。そしてよくなついてくれる。

以上が私が犬の宿をやっていてよかったと思う5か条だ。
犬も猫もかわいい事には違いない。共に生きる家族なのだから。

今朝まで雨がぱらついていたなどとは思えないような晴れてきた。東北は昨日あたりから梅雨に入ったというが。日本の中で梅雨がだんだんに別れてはいるものだということに、今気づいた。そういえば北海道には梅雨はないというが。
緯度の関係なのだろうか。
もうすぐ7月。今年の夏は猛暑になるとテレビは言っていた。
「いいよー。いつでもオッケイ。準備してまっているわー」

今日もどちらかと言えば寒いくらいの日。
暑くて暑くてたまらないというのは岐阜県でも名古屋に近い方。
高山はどちらかというと天然クーラーの世界だから。

遠くに見える乗鞍岳。

そのうちお客様の流れも多くなってくることだろう。
今夜のお泊りは一組さま。
のんびりゆったりしていただけるようにお部屋も準備をした。
一杯のコーヒーを飲んでから夕食の下ごしらえにはいろう。

そんなわけで今日のブログはこれで終わります。
いつも最後まで読んでくださってありがとうございます。また明日ね。
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ズッキーニ収穫はじまりました。

ズッキーニの収穫開始

ズッキーニ最初に植えた列が収穫の初とりができました。

きゅうりくらいの大きさになって花がかれていましたので、一番と二番目にきゅうりのような太さのズッキーニをはさみを少し当てて実をまわしながらもぎて収穫しました。ズッキーニはだんだんに上に登りながら身を付けていくので上手に取らないと軸が折れてしまっては終わりになります。
スーパー袋にいっぱいになりました。

きゅうりも平ササゲも7月の10日ころには収穫できると思います。
南瓜はそうめん南瓜が花盛りでかなりの実をつけそうです。
栗かぼちゃは順調な成長を示す葉の色でした。

8月の半ばには、栗かぼちゃが収穫できるでしょう。たくさん植えました。

トウモロコシとカボチャとジャガイモ

今年こそ収穫時期を時期をずらして、いろんな野菜が時間差で収穫期を迎えたいと思っています。7月にも8月にも9月にもきゅうりが収穫したい。

其れには二度種まきして苗をずらして植えなければなりません。2回植え付けをずらさないといけないのですが。
宿の方が忙しくなってくると、秋用の種まきどころではなくなってくるのです。
でもいつも新鮮な野菜が収穫できるように、していきたいですね。

サツマイモもトウモロコシも順調に成長していました。
ジャガイモは7月の10日ころからは掘れると思います。
ジャガイモも、二株づつ掘っていただけるようにします。
トウモロコシも適切な収穫期は、サツマイモも8月になってからでしょう。

さて収穫してきたズッキーニを今夜はいただくことにいたしましょう。
平凡にオリーブ炒めの塩コショウ味付けにしましょうか。

玄関前に花鉢を運んできて並べました。
雨に濡れたので昼間から家族ぶろに入りました。
身体があったまりポカポカして梅雨時の降ったり
止んだりのお天気も気にならない感じです。

タケノコとあげの炊き合わせ

焦げ臭いにおいがしてきました。
「あと15分だけ事ことと煮詰めてね。」
と言って味を付けたタケノコが、煙を上げていました。「はいはいわかったよ」と言いながら、忘れててテレビを見てたようです。テレビがなくては一時も生きていけない2人の老人を持っています。
どうして年取るとテレビが命になるのでしょうか。
ちょっぴり、泣きたくなる気持ちです。

スタッフも歳を取り、私の助手もできなくなってくることは、困った事です。
おばは73歳お歳ですらねー。

ナス 成長中.JPG

「タケノコの含め煮。お鍋いっぱい、もったいないことしました。」
あーあ。今日は早めに寝ます。
テキストをぼちぼちつくらなければならないのですか。明日にします。今日は晴れてると思って畑に行ったらざっと一雨。参った参った。こんな日は気持ちのチャンネル変えて夕ご飯食べて早めに寝て明日に備えましょう。
今日は短めのブログで終わりにします。心が空っぽだから。
そういう日も大事だと思います。

いつも最後まで、読んでくださいましてありがとうございました。

今日はNHKのさだまさし原作「ちゃんぽん食べたか」を見て寝ます。
私はさだまさしさんのファンなので、たまに土曜の深夜にやるNHKの各地から放送するトーク番組も楽しみに見ています。
私達はあの時代に、青春時代を迎えてきたのですから何となく、懐かしくってホッとするのです。
今日は梅雨時の雨降りです。年に何回かあるようになりました。土曜日なのにお客様宿泊なし。たまにそんな時があると気持ちがだらけてしまいます。

こんな雨が降る日に来てくださいという方が無理なのです。
わかっています。
でも晴れたらきっと来てくださいね。夏休みにはお待ちしていますよ。

62歳女将
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おしえを乞うものには教えてもらえる社会。

大テマリの花

6月26にち。外は雨です。
うっとうしいお天気なのですが、今日は久しぶりにやる気の出る
「元気の素」の人に出会いました。
北商工会さんが、「ああでもないこうでもない」という私の悩みを、それではみんなで考えようと。「魔法の杖を持った知識人」を呼んできてくれたのです。

私の知らない知識がそこにはありました。
教えを請えば教えていただけるということはありがたいものです。

(わたしにはがんじがらめに、むすぼった糸が、ほどけていくような。
そんな気がしました。)

多分2時間くらいでしょうという、前もっての時間を大幅に越して。
話しているうちに、絡ぼった糸がほどけていくような安心感がありました。

知恵の泉はくめば汲むほど、湧いてくるものですね。
勇気が湧いてきました。私には一杯、やりたいことがあって。

その思いのたけを語り続けているうちに現実の中で、コレクションを超えたものが、どう世界にデビューしていくかということに、現状ををつなげていくかということが、そこそこに資本投資したのですから。大問題なのです。
その糸口が見つからず、世界と言っても本当に世界は広いので、雲をつかむようなことなのです。

でもそれが私の夢なのですから、やり遂げないと。

犬の宿は今まで通り、誠実に対応していくつもりですが。
体力がプロの仕事となるとかなり徹底したものが継続しなければならず、当然売り上げ低迷の中に。マンネリ人手不足の中で人繰り客繰り金繰りと気丈な経営センスを継続しなければなりません。私は当然犬の宿でやり続けることでしょう。

厳かな打掛展示品

近い将来を見据えて、体力が減退してしまわないうちに。
今一番にやりたいことは、何であるかということを、その何であるかとということの真剣さが、山積みになった「着物体験館」の趣味の着物や帯です。

根気と勇気と、毎日同じようなことを繰り返し、あの手この手で世界に発信して行けば、そのうちみんなの目に留まり。
美しい事や、美意識にかられたファッションには、次第に洗脳されていく。
女性なら必ずその民族衣装を超えた素晴らしい織物の技術や染物や、仕立てた手仕事が、必ず目を引くはず。
そんな自信が頭の中に浮かんできました。

ですが、現実にはユウチュウブですら、どう登録したらいいのか。
立ち上げがわからないのです。

「ハイここまでやったから後は続けてみて」
なんていう感じでないとできません。

やり方がわかれば教えてもらえれば、何とかついていけるでしょう。
今日は迷路から抜け出す、チャンスが開けた記念すべき日です。

気持ちが整理できました。
何事も気持ちが大切です。吹っ切れた迷いから、腹をすえて取り組めば道は開けていくような気がしました。まず日本語でホームページを開設して。
「それからだ。」
飛ぶ方向がわかれば、後は一生懸命ヒットを願って、力の限り飛ぶだけです。

私の畑から飛び立つカラスのように。全力で空に飛びたい。

丹頂鶴や、ハクチョウや、そんな絵にかいたような美しい鳥でなくてもいいから。
そんなきれいな鳥にはなれないこと自分が一番知っているから。

名古屋帯

人に出会うということは素晴らしい事です。
何人の人と出会っているかという数ではなくて、どんな人に巡りあっているかという、内容の問題です。
「世の中、うまく行く事ばかりなら、苦労しないよ」
そんな、もう一人の私が、心の中でつぶやいています。
浮かれているわけではありません。
もちろん冷静に対処していくつもりです。

でもこれだけの着物も帯も、私の生きてきた趣味のコレクションだから、コレクションは、一つの道楽であって。道楽はその道の楽しい事と書きます。
本当に夢中になるくらいの楽しい事なのです。

手紬のように工夫して、織りなしてきた私の人生ではないか。

65歳で世の中は定年だと言いますが、自営には定年はありません。
自力で努力して、シーソーのように上がったり下がったりする板の上に。
必死でしがみつくのも人生です。残り少ない未来が明るいものになりますように。
道楽というものは、こりだせばきりがないもので、夢中になれるものなのです。

「街の呉服屋がバタバタと潰れていくさなかに、何を血迷うのか高級着物なんて。振袖や打掛や、訪問着や、小紋やコレクションして眺めているなんて。」
そんな陰口が聞こえてきそうです。
「チャンスはピンチの時にこそあるもの。」私はこの言葉が好きです。

私は世界中青い目やブロンドの髪の市松人形が作りたいのです。
孫も子供もいない私にとって、世界中の美しさを求める女性を。
旅の思い出として「生きている日本人形のように着飾ってあげたい」のです。

それが、言葉がわからないから、着せることに専念していたい。
そしてそれが身ぶり手ぶりで、私の片事でしか話せない英語力でも。
チャレンジし続ける勇気が湧いてくるのです。

道楽が商売につながればこれこそ。好きだから道を究めて行こうとする。
これ以上楽しくく、素晴らしいことは、ないのだと思います。

カウンセリングを受けて刺激になる出会いは、フイリングのようなものがあって。
考えに行き詰った時に、新しい出会いに感謝です。
お話を聞いているうちに、いろんなファイトがわいてきます。
弱小事業を継続させるにはちょっとばかし、やりにくい時代です。
その人の持っている知識を信じて、やってみるということは、個人事業者にとっては一番大事な「元気の素」なのです。

もぎ取り農園一休みのいす27年.jpg

魔法のつえを持った知識人。これは頼もしいたくさん私の知らない知識と学業を積み上げてきた人です。教えを乞うということはとてもありがたいことです。

「溺れる者はわらでもつかむ」という言いますが、藁ではなくて、今私がつかんだのは、少し太い麻縄のような気がします。そんな安堵感が私を救ってくれました。

(いや、救われたと結論付けるのはまだ早いかも。これからなのですから。)

いかに「目の前の女将が個性的で、真剣勝負でいるのか」
ということを、一瞬で見抜いてしまったかのような。
観察力とリサーチにたけた人のようです。

それが今日お会いした講師の先生でした。素敵な出会いに、感謝です。

かわいらしい鮮やかな福良スズメ

商戦は、当然戦いです。
お話は、知恵という鎧の一つに、なったような気がします。

奮い立つ気持ちで、もう一度、飛び立つ助走に入ります。

この着物体験館のお仕事は、私の長年の趣味が高じて私が人生の集大成として、私が選んで進もうとしている、老後の生きがいの楽しみです。

だからこそ。「手とり足取り、おんぶにだっこ」というわけにはいきませんが。

自分にできることをできるように、教えてもらえばやれそうな気がします。

私のもてなしサービスの「着物体験館」の事業も自分で、販路を開拓していかなければならず、その勇気の元を奮い起こしてくれるのが、これからの仕事なのです。
「ありがとうございました。頑張りまーす。」
感謝して、後ろ姿を見送りました。

私の信じる道の先の、感動や感激の先には、必ず幸福が手招きして待っていてくれることでしょう。やりきった後から結果がついてきてくれることでしょう。

犬の宿を始めた時、私はそんなことを思いながら、30年ちょっとその幸福のために汗を流してきました。

私の人生には目の前をいくつかの、予期せぬアクシデントが襲い掛かり、苦難が通り過ぎて行きました。
私は子供も授からず亭主にも先だたれ、私の竹の節目のような生き方は、間に空間だけを、はらんできたのでしょうか。雪の重みに耐えてしなり、風の強さにも耐えてしなり。
伸びて行こうとしているのにいつも頭を下げてばかりの私。
タケノコの内はとてもかわいがられて、太陽の光を満面に受けて育ってきたのに、竹になってからは、いろんなことに縛られ、やぶから脱出することすらままならず。生き抜くことに、塩も砂糖もあることを知り。「砂糖なめの仕事でも、仕事となればつらくなる」そんな言葉が頭の中によぎるこの頃。

間だけのタケノコです

何十年かの間に、いくつかのブームを乗り越えてきました。
それでも、家業としてやり続けて来れたのです。客種の火が尽きることなかったので、これまでやり続けて来れたのだとお客様に感謝です。
ブームという風には、いつか必ず「ブームが終わる」こともあるのですよね。
無風地帯が必ず安全とは言い切れません。
だからこそ、ただの流行に流されていくのではない、私流の独特の個性や考え方も入れてきました。
こまめにかじ取りをしないと、墜落して空中分解してしまうのです。
だから子育てのように愛情をかけて、宿を育ててきました。建物が30年から40年もすると今の感覚とは離れお客様の家庭事情も家族構成も変わり。
家もそろそろ老朽化の時期になり、毎年あちらこちら。
修繕の費用を見なくてはならなくなります。


嬉しいガムレオン

上昇気流がブームだとしたら、自らの羽をバタバタと動かして、空中を飛ぶよりも上昇気流に乗って、羽を広げている方が流れは優雅に見えるし、ゆとりがあるのかもしれません。しかしそれができるのは、健常な体と知恵と学ぶ精神を持つ、数限られた一握りの人々です。

天の風に乗って、この大空を駆け抜ける魂にはまだ私はなれないようです。

ちょっと前そんな歌がはやりましたよね。
(生きてしまった。生き残ってしまった。)
そういったほうがわかりやすいかもしれません。。

先に逝った私の主人や、母や、祖父母の魂を、弔い続けなければなりません。
それが私に課せられた生かされているあかしだと思うから。
病に倒れても、この世に生かされた以上は、「生きている何らかの使命」があるのです。だからもう前を向いて進むしかないのです。
息切れしながらでも、自分の命をコントロールしながら、風邪の向くまま気ままに。前を向いて頑張らないと。大きな鍋には大きな鍋の苦しみがあり、小さな鍋には小さな鍋なりの心細さがあり。
それでも先手必勝なのが、商売のアイディアだと信じるから。

囲炉裏を囲んでドイツ

ただ私の畑から、飛び立つカラスでさえ、空に飛び立つまでありったけの力でビュービューと音を立てて、風を切って飛び立つように。
発信のパワーは大変なものがあります。
たとえ望みがかなって、飛び立って空に舞い上がったところで。
カラスは、トビ追いかけられるし、トビは鷹に追いかけられるし。
事業というものには資本力という上には上の力が、あるのです。

「継続は力」なりと昔から言いますが、どんな時もお客様をもてなす気持ちこそが、「私流の継続スタイル」なのだと思います。だから頑張らなくては。

わが家にお泊りになった、犬連れのお客様が見せる笑顔や、野菜収穫体験に嬉々として喜びの声を上げていらっしゃるお客様の笑顔があってこそ。
私は家業としての宿屋が、やれてこれたのです。
笑顔というものは幸福のあかしです。

そとは冷たい雨が音もなく降り続いています。
私の心には今一つの「元気の素」が芽を切りました。
歳を取ってからまいた種ですから、この「元気の素」を上手に育てて。
「元気の味の素」にしていくように、なれればいいなと思います。
それがベットから立ち上がれなくなった時、私の書き綴ってきた毎日の活字のブログが私を励まし、私の人生の生き様の「味」というものになる事でしょう。

成長には光も風も雨も大地も必要なのです。そして嵐に打たれ、謙虚になり屈強になる。打たれ強い精神が構築されていくのです。それが成長と円熟です。

小さな花のつぼみが、大きな大輪の花を咲かせるまでには、まだまだ、幾多の苦戦を強いられるかもしれません。
でも私の後ろで背中を押してくださる、多くのファンの人々に感謝して。

多くの知恵者の知恵にあやかり、私は私の持てる力のすべてを振り絞り、私がこの世に存在するまでの、一族のすべてのご先祖さまにも助けていただき。
知り合えた、この世の人々のすべての人に感謝して。

記念写真着物体験ドイツ

「生きてこそ」という、この短い言葉の深い意味が、素晴らしい明日を呼べる事を願って。今日の私のブログを閉じます。

いつも最後まで読んでくださりありがとうございました。
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今日は梅雨の合間に着物体験館の掃除しました。

弁財天の庭も緑いっぱい

昨日は調理室の掃除。今日は古民家の掃除。
お掃除は掃除機をかけ続けていると、腰が痛くなるものです。

古民家の着物体験館の掃除をしました。
仏壇に飾っていた花は枯れそうでしたので取り払いました。

明日紫陽花や庭の草花を仏花にしつらえて飾りなおそうと思っています。
夏ものは浴衣や絽や紗なのですが、今のところ一重の物の時期は宿と忙しさがかち合うので、9月までクローズしております。
そんな中でたまの太陽が出ている日があると、大喜びで風を通して虫干しです。

袖が長いむかしの着物留袖

6月もあっという間に終わります。明日は金曜日です。
梅雨時だから仕方ありませんが、岐阜県も今週末あたり、大雨になるようです。
早く梅雨が上がってほしいものです。

畑に行ってみたかったのですが。
行けないままに、夕方雨が降りそうな雲行きになりましたので。
あちこちあけた窓を閉めて、戸締りしました。

箪笥の中の着物を整理して、帯に帯締めと帯揚げをセットして
それだけでとりあえず今日は終わってしまいました。

バジルの苗。

鉢植えに植えたバジルが水をかけるとさわやかなにおいがします。
鉢花を宿の玄関に運びたいのですが、できないままに、朝一番で育苗ハウスの水やりだけしました。

蒸し暑い夕方になりました。降りそうで降らないお天気は夜になってくると寒くなってきます。
カエルがついこの間まで、泣いていたのに。いつの間にかその声も聞こえなくなりました。

春ゼミが山の方から泣いている音が聞こえてきましたが。
それもなくなりました。
お隣の集落にある、コンビニのデーリーヤマザキでは、ツバメの巣がたくさんあります。
店先なので、ツバメの巣の下にふん受けの箱がぶら下げてありました。
田舎ならではの優しい心遣いですね。

桃太郎トマト箱詰め

日本はいつからこんなに、人の心がギザギザになってしまったのでしょうか。
暗いニュースばかり続いています。
株を買うゆとりのある人は儲かっているみたいですが。
普通の庶民はガソリン代も値上がりし外国から来るものはすべて値上げで。
あまりうれしくないそんな感じです。

政治が間違った方向へ行かなければいいのですが。
カサカサにささくれた心に潤いを与えてくれる、そんな心の平和がほしいものですね。
サラリーマンも自営者も、暮らしやすい世の中であってほしいものですね。

今日も私のブログに遊びに来てくださりありがとうございました。
楽しい腹を掲げて笑えるような、話題も提供できなくてすみません。
でも暗い気持ちにもならないように、真面目に頑張っています。
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7/24日さわやかな晴れとなった。

畑のおじちゃんがペタンクの大会だから、「明日は晴れるといいな」と言いながら雨の中草刈りをしていってくれた。本当に晴れた。ペタンクやゲートボールの楽しい大会になった事だろう。良かった。

貯あり執大掃除

今日の食品衛生の指導員の調理室の検査は。「おおそうじに、がんばったねー。」と丸印をたくさんいただいた。

さわやかな今日は晴れだ。
乗鞍岳のほうから入道雲が黙々とわいてきているので、午後の3時過ぎには降ってくるかもしれない。

昨日おじちゃんたちが畑の仕事をどこまでやってくれたのか見に行ってみたいが、商工会の人が認め印がほしいとのことで電話があったが。

さかなや機器や流し台の船

食品衛生検査がすんでからと言っておいたので、もうすぐ来てくれるだろう。

そんなわけで今日のブログを書きながら時間調整をとしているところ。
天気がいいので外仕事がしたくて仕方がない。

家の中で、もそもそ書類整理したり書いたりするそんなことは、雨降り化雪降りの時にでも、やればいいような気がする。時があっという間に過ぎていくのでもったいないような気がして仕方ない。

父は足がはれると言って病院に介護車頼んでぴ゛ょウインに行った。
何もかも93歳の父は、体中が故障しかけている。
お酒ばかり飲んでいるので痛風か、何かが始まったのでなければいいのだが。
まだ足を引きづってでも、ご飯食べに来られるだけ、現状はましなのであって。

時々不機嫌になったり、時々自分中心に過去の思い出話を話し続けたり。
父は老化プラスのいろんな病気の症状が増えていくことなのだろう。
介護車を自分で電話して、予約を取って出かけたようだ。

大したことになってなければいいが。
たまには病院に出かけて病院友達の老人たちと、おしゃべりする事も、気が゛紛れていい事だろう。
父は苦しいときは「助けてくれ」と救急車にも電話できるよう訓練している。
もちろん3件の棟のどこにも、内線電話で通じるようにしてあるが。
私に何かあった時が大変なので、自分で介護車も呼べる。
そういう福祉の手続きもしておいた。

人間の体はいつまでも、元気はつらつというわけにはいかないので、いつかどこか少しづつってくるのだから。
今までとは同じペースでは生きられないと思う。
仕事もそうだと思う。

もう少し複雑ではない仕事に、乗り換えていく準備しておかないと。
宿屋は、/品AK検査。火防検査H鯑餬盈及び初期消火訓練。な惱蠅稜気槽の点検検査。イ風呂のレジオネラ菌の清掃検査及び水質検査。

ざっと数えただけでも、毎年講習会受けていかなければならない。
それだけの学習と知識と資格がなければ営業はできないのだから。
旅館業をあっさりやめてしまうには、もったいないような気がする。

玄関とそうしました

しかし、体力の問題で宿屋は夕食のおびただしい数の器を夜遅くまで洗い。
朝早くから朝食の用意して、かたずけたりお掃除したり。
蒲団を敷いたり。たたんだりも、食事を作るだけではなく、掃除が何倍も気を使うことで、なかなかハードな仕事なのですから。
いつまでやれるかはわかりませんが。でも、今年もやることにしています。
多分5〜6年くらいは、犬の宿やり続けます。合意子くださいね。

でも犬の宿やりたい人がいて、折り合いがつけば、譲ってしまうかもしれません。

でも本当に犬が好きで犬の宿屋がやりたい人でなければ゛そんな家族で仕事にしたい人でなければ、お譲りするわけにはいきません。
そんな飛騨にうつり住んでくれる若い家族がいてくれたらいいなあと思います。
いつ私の、老後の人生に。何が起きるかわかりませんので。
今は犬の宿に力を入れていますが。
ペットの宿と、外人客の受け入れと、ごちゃごちゃにはしたくないからです。
外国人観光客の対応は「着物体験館」でと思っています。

そのうち日本が外国人観光客で花盛りになっているころ。
私は着物体験館のほうに力を入れていたいと思います。
私は着物体験館で静かなゆったりとした、仕事をしているかもしれません。

囲炉裏の火をつつきながら、老眼鏡の目の奥に「ハロー。ウエルカム。プリーズ。」なんてにこにこして行っているかもしれませんね。

好きなことに好きな道に体力のギリギリまで。
余生を過ごしていけたら幸せなことでしょう。

重厚な色合いの結び帯
かわいらしい鮮やかな福良スズメ
しぼり戸手刺繍の振袖
畑が気になり今朝エサだけ与えて宿に飛んできたので犬たちの顔を見に行って来ます。余り賢くはないけれど、可愛い私の仔たちですから。

今日も最後まで目を通していただいてありがとうございます。
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明日は食品協会の現地検査の日

調理室の大掃除

ここの所毎日のように。
雨が降らない日はなく毎日朝から降ったりから降り出したり、午後から降り出したり今日の午後は雷まで鳴り響いてやかましい演奏付で騒いでいる。
さすがに梅雨だと思う。
雷が鳴って雨がざあざあ降って梅雨が上がればいいのだが。

7/24日は調理室の高山保健所の衛生検査の日。
一年に一回の徹底的な大掃除の日。
油でこてこてになっていたフライヤーの近辺や、棚の整理や。
盛り付け代の上のの磨き、流し台の上も下もぴかっと光るようになるまで磨きました。ガラス戸から網戸に至るまで掃除ってやり出したらきりないですよね。
流し台の下まで徹底的にスタッフを動員して頑張りました。

祖とは雷の成るような雨だからちょうど雨降り儲けに、鍋磨きもよいのかもしれません。明日の検査は〇印がいっぱいつきますように。
すんだら一休みして、下の無農薬野菜の野菜の育ち状態を見に行っててみます。
ズッキーニはもう鳴り始めたでしょうか。きゅうりはどうでしょう。穂高ササゲはなり始めたでしょうか。

さかなや機器や流し台の船

今日畑のおじちゃんたちが畑の周りの草刈りしていました。道路端も犬たちが歩きやすいように草刈り機で買ってくれていました。

雷がごろごろなるのに、平気で草刈りしているので、気が気でありませんでした。
草刈り機に雷が落ちたら死んでしまいます。
大人なんだから、任せておけばいいのだとは思うのですが。

労働基準法としては、労災保険にはには入っていますが、何かあったら大変です。
明日はもっと強い雨のようだからと、今日がんばってくれる気持ちはわかるのですか。家の周りの手配というものは大変ですよね。
夏草の干せていく草いきれの匂いがして、田舎の本格的な夏は始まるのですね、
海の日間への土日18.19。20日まだ空いています。この宿の女将ちゃんとしては、予約の集客も気が気ではありません。収入にかかわることですもの。

今年も7月になったら目の前の大きな土手の草刈りと、剪定班の庭木の手入れにいつもの人たちを頼まなければなりません。
私の宿は手入れや維持費はでへとへとになる経済状態なのですが。
それもやり続けることが大事なのだと思います。
無駄なところにお金を払い続けなければならないので7000円や8000円の民宿山や、ペンションさんのような安い料金での提供はできないのです。

貯あり執大掃除

こうゆう風に客足が伸び悩むと、経営者女将ちゃんとしては、胃が痛くなるのですよ。夏はかなり頑張りますのでどうぞよろしくお待ちいたしております。ぺこぺこ
会うタマを下げて、新規の新しい出会いにも
宿屋のお仕事は「元に戻すことから始まるお仕事」なのです。
お客様が、たのしくおとまりになって、くつろがれた部屋を掃除して。
何もなかったことのように整然とお客様を迎える。
伸びた草刈る。何度も何度も刈る。
伸びすぎた庭木はキリ爪形を整え、折れた庭木はそれなりに手入れをする。庭の草むしり花飢え。

土がつかないもぎ取り野菜農園

仕事はいくらでもある。
ここまでという区切りがないから、後は欲との戦いなのだ。

今日も精いっぱい働きました。
収入には直接つながらないけれどこれが原点だと思います。

どんなにお客様がおいでくださることを待ち望んでいることか。
恨めしいこの梅雨です。何事もなく早く上がりますように。
では今日も最後まで、目を通してくださり、ありがとうございました。






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今朝は本格的な雨降り調理室磨き二日目

弁天荘は、私が43年間この仕事に携わっている間に、食中毒というものははまだ一度も出したことがないけれど。
なんといっても出したら大変なので徹底的に今日も棚の整理と水道の蛇口のカラン磨きに徹しよう。
ちょうど梅雨時で金が発生しやすい湿度計があ家を矢印で示しているの出スタッフにも衛生教育ができる。
さーずとか、マーズとか韓国が蔓延しているんだって。
「そんなところへ焼き肉だけ食べに行く気になれないよね」から始まって
オー157とか。
身近なサルモネラ菌とか。腸炎ビブリオとか。大腸菌に至るまでの話。いろんな金の症状。発生原因。食品衛生講習会には何回も何十年も受け続けてきたので大分身についている。

世間話のように話しながら笑い。何しろ雨降りなのでせっせと家の中の仕事するのが一番なのだ。まな板の漂白や使い分けのテープを張ったり。
いろいろ仕事はいくらでもある。

まだ仕事はやりかけて二日目。「パソコンの前でキーボード、ぱちぱちやっていないで、実労をしてくださいよ」と声が飛んできそうだ。

では今日の仕事は調理室磨きしながら雨降りの中一組のお客様がいらっしゃるので夕食も作らなければ。
せっかく磨き上げたガス台だから派手に汚さないようにつかわなくては。

今日はこれでお話し終わります。
いつも最後まで見てくださりありがとうございます。
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調理室の大掃除。

25-5-30花とレオン3枚目.jpg

梅雨時の雨が降ったり止んだり、曇ったり時々明日日がさしたり。
そんなお天気だから、徹底的に調理室の大掃除をすることにした。
普段の掃除では略してしまいがちな、棚を寄せての隅っこの奥の奥まで、魚焼き器や流し台や盛り付け代の隅々まで、そして食洗機や冷蔵庫の中まで洗って吹いて磨いて三日がかりで大掃除の予定。

蛇口のカランまで磨き上げるのだから、一日中洗剤と漂白剤の匂いが体の中にしみこんでしまうような気がする。
だが一年に一度くらいはこれでもかというくらいに徹底して磨き上げることも大切なのではないかと思う。

なぜかというと「お客様の口に入るものを調理」するところだから。

そうは思うが、いつもてこずるのが換気扇。
ガス台の上と天井と窓の上に4か所の換気扇がある。
明日はそれを漬け置きしながら一台ずつきれいにしていかなくては。
そんなことを話しながら、ひとまず今日の仕事は7時半に終わった。

紫陽花その2

「明日は9時からね」そう言いながらオレンジとグレープフルーツをおすそ分けして持たせた。スーパー袋にひと下げ。
冷蔵庫のバランスを保つためにせっせと、スタッフたちの口に運ぶようにしている。「お家に行って、食べてね」そんなことを言いながら、持たせた。

畑のスタッフのおじいちゃんが、カラスがトマトのまだ青い実をカラスがつつき始めたので困ったと言ってきた。
ねぎの草取りをして畝を彫り上げ。ねぎの二股に分かれた青いところまで土をかぶせていく。ねぎは5〜6回程度秋までそういった手入れが必要な野菜なのです。
そうすると白い部分がたくさんあるねぎになるのだ。

飛騨ねぎは柔らかくて元は、今日との九条ネギだと思うが、京都と高山は幕府直轄地になった江戸時代半ばからは、京都の文化が大きく影響されていることが多く。

飛騨ねぎも代々この地に受け継がれた「ご当地ねぎ」というものなのらしいです。

野菜は産地特有の品種があって、いんげんも「穂高ササゲ」というのも、長野県や岐阜県の飛騨地区で育ちやすく、おいしいので好んでつくられている野菜です。

取り立ての平たいいんげんに、ゆでたてにマヨネーズを糸のように、振りかけて食べると、何とも言えないほのかな甘みが夏の生ビールとよくあいます。
かんたんでうまい多へ物です。
野菜の苗が育ってきましたのでそろそろ支柱を建ててもらうように打ち合わせしました。野菜らしい野菜にするまでには、どれほどの手入れをしなければならないことか。
手間と(人件費)と楽しみと(生きがい)が、私のお客さまへのおもてなしイベントなのです。私自信が、畑の仕事が好きでなければ続かないことなのです。

そして「生きるということに、畑の土のパワーを通じて、毎日を眺める」ことは、無駄ではない、日本人の勤勉さだと信じます。


サニーレタスの種を二日ほど前に播いたのにもう目が出ました。
玉レタスはすこし手間がかかりますが゛、サニーレタスはまけばすぐ目が出る。
芽が出ればすぐ育つ。虫に食われないようにサンサンネットをかけてやればあっという間に中バケツくらいの大きさになります。

種をまいてから二週間もすれば食べられるのですから、野菜の内では最先端の工場野菜になるわけですね。ブロッコリーのもやしとか。
いろんな野菜が水耕栽培でできています。

カイワレ大根もそうですが、今は土だけに頼らず水と野菜に必要な栄養素があれば太陽によく似た、蛍光灯の光の中で温度管理された中ですくすくと、育つのですから。安定した収穫につながり、栄養素は虫に食われたり、鳥獣被害にあったりしない分、損失被害がないのだろうと思えば「農業は工場に」という意味も解らないわけでもありません。

きゅうりを食べるジョン

何かせかせかと動くグッピーかネオンテトラのような感じです。
光の中で水草が育ち、水槽の中でそんな熱帯魚たちが命をはぐくんでいるように。

私たちの将来は水耕栽培のイチゴに微笑み、水耕栽培のトマトや、水耕栽培のカイワレ大根、レタスややそんな野菜を喜んで食べる時代がすぐそこに来ているのかもしれません。
大企業が野菜工場として、生産が天気に左右されることなく、順調に出荷して市場を潤している事実があるように。

しいたけも、えのきだけも、シメジもマイタケも。みんな元を言えばキノコの菌なのだから。
そういえば一年中ある、なめたけもみんな温度管理しキノコ工場からできてくるのだ。ないのはマツタケくらいの物か。

原木しいたけとどう違うかと言えば、多少甘みが多いような気がするが、成れてしまえば、「原木しいたけなのか菌床シイタケ」なのかは、風味の格さまでは、さほど変わらないような気がする。
組織が大きいか小さいかだけのことで、キノコなどは近所の農家でもやっていられるので同じことなのだと思う。
むしろ中国産のしいたけよりは安心安全なのかもしれない。
岐阜県中津川のチコリ村も同じことだ。
研究をして一つの産業にすること。
それはそれなりにすごい事だと思う。

バジル群生

デメリットをメリットに変えるということだろう。
日本中に道の駅ができて、いたるところに産地直売の店ができている。
お客様に季節感がなくなり、はたけにきて「まだトマトはできないのですか」
と言われる方もいらっしゃる。
「飛騨の桃太郎トマトがおいしかったので、また来たのです」とそんなことを言われるのだとか。
季節感がないと言えば年がら年中野菜コーナーに並んでいる野菜は何なんだろうと思うこともある。「日本中からかき集めて売っているのだ」とスーパーの店長達は豪語するだろう。

そうだ。今うちで使っているトマトは、九州あたりの温室ものなのだろう。そのうち名古屋あたりの温室ものに変わり静岡の温室ものに代わる。
うちの畑のトマトが赤くなる頃はもう食べ飽きた頃なのかもしれない。
今年はホームトマト桃太郎という種類の種をまいた。
桃太郎というのはハウス物で肉厚で甘くておいしいトマトの品種なのだが
真夏にならなければ赤くはならないと思う。本来、夏終トマトなのだから。

だからカラスがおぼえていてつついて食べようとするのだろうか。

プチトマトのアイコとか、その類は粒が一つ筒赤くなったり、黄色くなったりするので大玉トマトだけに絞った。

野菜のプランターでお庭に作るのならいざ知らず、たまに行ってみる程度では、面倒なのだ。大玉トマトならお客さんが感動してくださる。

ただで収穫してもらうものでも、トマトやスイカやトウモロコシは人気の野菜で収穫の時期を迎えている野菜は、カラスのように夕方に散歩に行っておおよその目を付けて宿へもどり、朝誰よりも早く行って収穫するのが唯一の楽しみのようになっているらしい。「早い者勝ち」というのはこうゆうことを言うのだろうか。
畑のおじさんが「弁天荘のお客はよく働く人たちだ。」とにこにこ話していた。

「俺たちが畑についたころは、もう収穫おえてバケツ下げて坂を上ってくる。」

「おじさん。野菜、もらったよ。ありがとう。」なんていわれると、つい気分良くなって、にこにこしてしまう。

「たくさん遠慮なく取って行ってください。」などと言って返事してしまう。

夏は7時から11時まで出勤にしている畑のおじいさんたち。
「熱くなってからでは大変だから。
その時間帯に畑の手入れしてくださいね」と言っている。
この梅雨が上がれば本格的な夏が来るのだが。

ずっしり重いスイカ.JPG

さてさて梅雨はいつ上がるのだろう。もう雨にも飽きてきたのだが。

今夜もそろそろ私は寝なくてはなりませんね。
いつまでもキーボードに向かっていると時間だけが過ぎてしまいますから。

ではいつも最後まで目を通してくださいまして、ありがとうございます。
明日は日曜日。お休みをゆっくりお過ごしくださいね。
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