大きな月が出ています。

栗の胃がの枝と落ち栗

大きな月が出ています。きれいな月です。
月に照らされた雲が少しだけ流れるように、見ていて感動的です。
秋の月はいいですね。すすきがよく似合います。

月見を楽しむのは、日本だけなのでしょうか。お団子がよく売れたそうです。

おとぎ話は子供の内だけかもしれませんが、何かメルヘンチックなものを想像したくなります。月を眺めて幸せ感に浸っている人もたくさんいて。
日本はまだまだ平和ですね。

空が晴れていると月も星もよく見えて、宇宙という言葉よりも夜の空と言ったほうが優しく感じられますね。
皆様の所のお空にも、大きな月が見えていることでしょうか。

9月もあっという間に過ぎていきました。
後2日で10月とは、1年が何と早い事でしょう。

10月になると高山祭が始まります。10月9日が夜祭です。
高山祭の夜祭は今年は平日に当たりますので宿はガラガラです。1日のことで翌日は満室になっています。
10月10日は本祭りなのですが、連休ですのですで、満室になっています。

10月11日がわずかに1〜2室程度が開いているような気がします。
北アルプスの1500メートルあたりの所では、紅葉が始まっていると頃と思います。錦絵の秋が始まると2週間ほどで墨絵の世界の晩秋になり、やがて山から冬が里に下りてくるようになり、木枯らしのふく冬の始まりです。

はさがけの稲

季節は巡り飛騨の長い冬が始まってくるのです。
では今夜はこれで。来月の半ばには新米が出回るそうです。
農協の飛騨コシヒカリ楽しみですね。
明日は晴れていますので畑のおじちゃんがサツマイモ掘りをしてくれます。
お客さまも楽しみにしていらっしゃいます。

畑のイベントは9月末日で終わりなのですが、まだ畑にはナスやピーマンなどが残っていますので、10月に入っても自由にとっていただいて構いません。
今年はまだ畑じまいを遅らせています。

霜が降りれば野菜は霜に打たれて真っ黒になりますので、畑の黒マルチシートをかたずけて、畑じまいをします。

上二之町の風景

今日の飛騨高山は、久しぶりに暖かい日でした。
暑かったり寒かったり、台風が来ていたりして、お天気が乱れていますね。
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肌寒さで秋が進んでいることがわかります。

9月5連休のお客様

寒くなりました。
事務所では普通の感覚で温風機のスイッチに、手が行きます。
あちらこちらで聞こえていたコンバインのおとも聞こえくなってきて、宿のお隣の田んぼには、はさがけした稲があります。
はさがけで干したお米はとてもおいしいですね。

わたしも、元気だったら田んぼを作っていたかもしれませんが、体の中に高血圧という爆弾もつ身。お薬で体調管理をしていますので、畑だけで手いっぱいです。

今日ジョンの家に犬だけお泊りをしたミニダックスちゃん。
最初の日はうんこが出なくてとても心配しました。
じっと見上げて不安げに見つめてくるので、おなかの大きなこぶが、切ない感じです。とってもおとなしい仔でした。

2日目の朝にやっとうんこが出て、一安心しました。

13歳のお年寄りなのだそうです。
肝臓に病気があるそうで、お薬も預かりました。

犬の宿の仕事は、姿かたちがきれいなうちは、楽しくてそのための掃除という重労働も、人海戦術で何とか、乗り越えていけるものです。
いろんな犬たちが、集まってきてくれる、にぎやかさを思えば。
しごとの忙しさや、大変さは何やかやと言っても、やりきってしまえば達成感すらあるものです。

長い間犬や猫の宿の仕事していると、犬たちも猫たちも飼い主ですら。
みんな年取ってしまい。
犬などは特に、猫よりも、寿命も短いので、人間と同じような、肝臓がんや子宮ガンなどいう病気を発生させてしまうものです。エサの関係もあり、心臓の病気もあるし。
弁天荘の玄関前

年取った犬がお薬飲みながら、ただじっとして。

息をひそめて生きている姿をを見るのも、とてもつらく切ないものです。

「そう13歳なの。いっぱい愛情貰ってきたね。おばちゃんも病気持ってるよ頑張ろうね」そう言って、だっこされているミニチュワダックスの前足をなぜてあげました。
「フェイスブックに移させてもらっていいですか。」
「もちろん」山登りに行ったお父さんは快く返事してくださいました。
折角撮った写真なのに、カメラからパソコンに移し替える時の操作ミスでなくしてしまいました。とても残念です。「またよろしくお願いします」とおっしゃった言葉を信じて、いつかもう一度写真に残せればと思っています。

生きるという事。
きれいな姿が得意げの犬たちには、他の人々がたくさん賛美の声かけてくれることだろうと思います。

私は、岩にへばりつくように、必死でひそかに生きている命に、「がんばったね」とか「ありがとうね」とか声をかけてあげたい。
生きることにエールを送りたい。

生きてきたからこそたくさんの安らぎを家族の一員として、投げかけてくれたのだし。やさしい愛という潤いをたくさん家族にくれたのだから。
ありがとう。

家族として道中を旅行して来て、ふもとのジョンノ家にお留守番。
それだけのことなのですが。すごい事なのです。

不安とさみしさに絶えて、ひっそりと飼い主をただひたすら待つ。
ノンフィクションの「愛の在り方」についつい感動してしまいます。

ジョンノ家も弁天荘も、私の個人経営資本の宿ですから、何があっても「今風のおっされー」な、人気のきれいな宿にはならなくてよいのです。
犬がなくなってしまった人ならいいのですが、「犬なんかはいません。私達はゴルフに行くのですから」( 犬なんか)とは、何事だ。
ああーがっかり。そんな人は泊まってほしくない。

私を始めわが家のスタッフが、努力する対象外の人々なのです。
そのような方たちは、どうか、「弁天荘」には泊まってくださいませんように。

お部屋をおひとり使いでお泊りいただくことにより、限りあるお部屋は犬連れで最後の観光旅行を楽しみにしていらっしゃる、お客様をやむなくお断りしなければならないのです。

27-9月5連休客 C

「もう一度きれいな空気の田舎でよちよちとした散歩させてあげたい。」
そんなお客様にお泊りいただきたい。

人間だけなら、ビジネスホテルでも、高級リゾートホテルでも。高級旅館でもお金さえ出せば、どんな泊まり方もできます。

しかし年取った犬を家に置き去りにして置いていけない。
猫を置いていけない。
鳥を部屋に置いていけない。
そんな人々や、家族として一緒に旅行について来た愛犬たちのために、30年以上も前から存在してきた、この地域では元祖的な宿なのです。
私は田舎の頑固婆さんです。

お金のために愛想よく、へつらう対応はやっていません。

脳梗塞の病気をしてから足が思うように動かないので、お客様の足手まといになるので玄関先やロビーでのお迎えにも、めったに立つことはありません。

そんな人たちにとっては、私のような考えの宿は大変少ないのです。
人間だけのお泊りは、極力ご遠慮ください。
(犬が死んでしまったので、思い出探しの旅の方はこの限りではありませんが)

人間は、特に今の日本は、平和でお金さえ出せばどんなランクの部屋にもホテルや高級旅館にも泊まれます。
犬がいるためにこの程度の宿にしか、泊まれないと考えられるお客さまも、ご遠慮ください。田舎の宿です。昭和のころから愛犬に門戸を開いてきた宿です。
大型犬も、超大型犬も。何頭でもお金は無料で泊まれる宿なのです。

だから、最後の束の間のの飼い主さんとの思い出を作れる宿を、奪わないでください。私どもはあくまでも先着順に予約を受け入れています。

27−9月5連休泊まり E

グループで8名から10名くらい。
部屋は4〜5室というような、大雑把な予約申し込みはお控えください。
あなたのわがままで、犬との思い出作りを楽しみにしておいでのお客さを、やむなく断りしたのが、悔やまれてなりません。

私はどんなに貧乏したって構いません。苦しい経営でも頑張ります。

弁天荘は、売り上げ向上のために「犬の宿」をやっているのではないのです。
毎年保健所の講習会に出向いて大学教授の講義を受けて勉強するのは、ただかわいい姿の良い犬を眺めるためではないのです。

宿屋は、確かに商売なのですが、売り上げ向上の知恵なら、別の場所で別の人を相手に知恵を出して頑張ります。

ちょっと前の4〜5年前の口コミには「宿が古い」とか、「今後の改善のために。前置き。着物を着たり作務衣を着たりしている人がいなくて、誰が女将だかわからない」とか、ぼろくそに書き込む人も多い時も、ありました。
さぞ文句を書くことが客と、経営者側のしきりだと思っている人すらある。

「誰だと思っている。こちらは客様だぞ」と、おごり高ぶっているような。時代劇の印籠を出すおじいちゃんのような感覚で、悪党どもを懲らしめるような気分になっているのでしょうか。
口コミという陰で名前も名乗らず書き込むネットの世界は、ひえた人間関係を生むだけで何の意味もありません。

小さなペンションと違って、少しでも望んできてくださる飼い主さんとわんこちゃんやニャン子ちゃんに、やるべきことはしてあげたいので。
べちゃくちゃと私みずから客前に飛び出して行って、お客さまにべったりついて、おしゃべりしている暇はありません。つかず離れずこれが弁天荘のお客さまへの接し方なのです。

いまだに3年も前の苦情が堂々と乗っているものもあります。
何が苦情で何が参考意見なのか、わかりかねるところもあります。

弁天荘中庭

「女将に会いたい」と思っていったのに「女将さんらしい人は見当たらず、おばあさんばかりでした」
そう思われたのなら、言葉でリクエストしてくださればよかったのに。

そしてなおかつ「田舎が好きな人なら別ですが、料理は普通の家庭料理のようなものでした。」などと書いてあり。こんなことを書き並べる人には宿としては何とお答えしたらよいのでしょう。「残念でした」とでも言って、悪い事もしていないのに「申し訳ありませんでした」とでも書き添えるといいのでしょうか。

世の中が低迷の低迷に尽きる時期。
これから犬に携わる仕事をしようとしている人たちの、「突込み」だったような気がします。だったら、宿の言い分の「ぼけ」の部分は、どこで披露したら、いいのでしょうかねー。

私はお手本でも見本でもありません。
私のポリシイは、人の顔色見てしているのではありません。
人間よりも犬の顔の状態が第一なのです。

「不安そうなのか、おびえているのか、おなかが張って、苦しいのか。おしっこがもれそうで、そわそわしはているのか。」私の見ているところはそこなのです。

私は気難しい田舎の頑固婆さんなのです。
これからも頑固婆さんを通していくつもりです。
そのつもりですので、どうぞよろしくお願いします。

無理にお泊りいただかなくてもいいのです。
この頃は口に出す人も、書き込みをする人も少なくなってホッとしています。
私は身を削ってまで頭を下げる気はありません。

気ままな宿でいいと思っています。私は犬が好きなのです。
可愛いという気持ちよりも、心配なのです。命の短い大切な、家族ですから。

62歳女将

「同業者を目指す人はお断り」の札でも、出しておこうかと、笑って忘れることにしました。

わたしにとっての、犬や猫の泊まれる宿とは、命の宿なのです。
わたしもよれよれになって、喘ぎ喘ぎ生きています。

死んでから100倍泣いて悲しんでもらうよりも、生きているうちのお茶碗いっぱいの、おいしい家族だんらんの手作り料理の味です。

それが犬たちにとっては何よりものいつもと変わらないエサを食べいつもと違った散歩道を歩くことが大切なのです。

犬たちにとっては一緒にいられる家族との一時です。
よその犬が鳴いているからと、迷惑な顔しないでください。
ちょっとおしゃべりな仔がいるだけなのです。

そもそもよくなく犬を見かけたら、まだ「お泊りの時の学習中なんだね。」と理解してあげるおおらかさが、愛犬家としては必要なことなのではないでしょうか。

その家族の中に、愛犬も入ることをお忘れにならないように。

そして家族の中には「元気印」という通行手形がひっすうなのです。

世の中が少し忙しくなって、以前のような下調べのようなお客様の姿は減りましたが、私の大切なリピーターのお客さまもご病気になられたり、他界されたり、愛犬が虹の橋を渡ってしまったり。さまざまな状況です。

なんか頂戴レオン

そして私自身も脳梗塞を二度と再発しんないように。
気を付けて、仕事に携わっています。

誰でも病は、願って成るものではありません。
ある日突然、予告なしに襲ってくるものが病なのです。
たとえわずかな、その予兆がたとえあったにせよ。

そんなもの「気の迷いくらいに思い」に全速力の馬力で頑張りぬくからこそ。
身体が悲鳴を上げるものです。
そういった人は、道半ばの人が多いものです。

大成した人にとっては、後の余生をどう楽しんで、生きるかくらいのものでしょう。私は人生そのものが、まだ道半ばと考えています。

だから細々とやり続けていきたいのです。新しいことも頑張って楽しみながらやり遂げたい。
いろんな楽しいことを始めた以上は、まだまだご支援よろしくお願いします。

ぽつぽつと来てくださるお客様が弁天荘にとっての
「本当の意味での大切なお客様」なのです。
感謝して今夜は長いブログを閉じます。
最後まで読んでくださり、今日も、ありがとうございました。
懐かしいお客さまにもお目にかかれました。
10年前の思い出の写真がアルバムにとってあると感動していただきました。
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5連休のピークは明日一日となりました。

上二之町の風景

そろそろ疲れが出てきた。朝起きるのがつらい。
朝はまず犬たちの世話をしてそれから、猫たちの世話をして猫砂を変えてエサをあげてから。
声掛けをして宿の方に来る。
宿の方に向かうので私の代わりに叔母がちいママとして朝の会計をやってくれている。叔母は年なので体がいつまでもつかとばかり愚痴こぼしている。

宿のお客様が、お客様がお帰りになるかならないかの程度の時間になってしまう。
「おるすばんだよ」猫や犬たちに声かけて
長い廊下と家の中を、杖を突きながら歩いて通り過ぎて、出勤。
毎日がその繰り返し。
今日は連休3日目。明日一日無時にすぎれば連休が終わる。
もう少しだ頑張ろう。

さかなや機器や流し台の船

今日は肉うどんにしてあげた。お客さの料理を出し終えて、今日のまかないの夕食は肉うどん。おなかをすかして働いているスタッフ達では、かわいそうなので何やかやと私が作っている。
肉うどんとご飯。
男の子たちはご飯に生卵かけていた。
女の人はうどんだけでいいというので。

とにもかくにも布団式が終わって、下膳が始まる前の、束の間にご飯にすることにする。
宿屋稼業もサービス業だから何事もお客様が中心。

こういう生活の繰り返しだから、体を痛めてしまうのかもしれない。
とにかく今日も終わった。
そこに精神的な心配事や雑多なアクシデントが、すべておかみの判断になる。お客さんが去った後は仕入れ業者や運営の縦目に発生した経費の支払いに追われる。

落ち栗

気の休まる暇のない仕事だと思う。
昔は憂さ晴らしに旅行に出かけることもあったが、年寄を家族に持っていると、そういうわけにもいかず。
猫や犬たちの顔を見ていればホッとして気が休まるので。
なんとしても犬や猫の世話が一番になる。

飲み物は持ち込み自由なのだから、持ってきても構わないのだけれども、生ビールだとか酎ハイだとか、注文してくださるので夕食時はてんてこ舞いになる。
そこに既定の料理の量も数もかなりあるのだが、さらに肉入り法ば味噌とか、ステーキの追加だとか、飛騨牛しゃぶ肉の追加だとか、各食事部屋から内線電話で入ってくるので、調理場はまだ戦場が続く。

ありがたいことだと思う。
今夜も感謝してどこに犬が泊まっているのかわからないほど静かな各部屋。
満室とは思えないほどだ。
では今夜は、どなた様健やかにごきげんなよう。おやすみなさい。

栗とすすきを行けてみました。
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明日から5連休

飛騨リンゴ

明日から5連休になります。秋の大型連休ですね。
夏のお盆のころと比べるとぐっと気温も過ごしやすく、夜はさむいくらいの日が続いて今ます。
すっかり秋の気候で山のお天気は今年は一週間くらい前倒しで寒くなるそうです。

初冠雪も10月初旬の乗鞍岳にはあることでしょう。
10月になると底冷えのする寒さが続き、昼間たとえ晴れたとしても毛糸に上着でちょうど良い、くらいになります。
あちらこちらで稲刈りが始まっています。コンバインの音が聞こえてきます。
台風が相次ぎで来るので、早めに取り入れてモミのまま乾燥するのだそうです。
秋が深まっていくと晩秋と冬は隣り合わせでまた長い冬がやってきます。

今年こそは屋根の雪下ろしを、こまめにやって(その分人件費がいるのですが)今年の春のような<雪害被害がないようにしたいものですね。
当然保険金で100パーセント補うわけにもいかず、修繕にかかった費用はなんといっても経営者の負担です。
今年は何かと大変でした。

屋根修理

いろんな修理やかたずけの、支払に追いかけられる年でした。
収入は年々目減りするばかりだし、なんといっても先々が不安なことです。

国会でも徹夜してガンバっているようですが、いくらもめて反対議論をしても、「無理を通せば道理が引っ込む」この国の行く末はなんだかとても不安です。

今日に明日にとの、急激な変化はしないと思いますので、自分の立場でできることを一生懸命やって現状を維持していくことにします。

とりあえず今日までにも入ったり出たりの入れ替わりの激しい4連夜の部屋割りもしました。
今夜はやっとほっとして寝られます。
では今夜は短めのお話になりました。
着物体験館のホームページができましたので、公式ホームページのトップの所にバナーを張りました。

コスモス
連休あけたら英語翻訳してホームページとして出します。

いろいろ忙しい中さし混ぜて一つ一つが完成して行きます。
今日は針治療の日でしたが連絡して日にちの繰り延べしてもらいました。

私の腰が曲がりかけた姿と足が上がりにくくなった体力は針の先生がおっしゃるには「まだまだ使える体なので勝利してはがんばって生きましょう」とのこと。
いろいろやりたいことがたくさんあって、今ここでへたばってしまうわけにはいかないのです。老いていくということはさみしい事ですね。

でもいろんな夢に向かって頑張ることは、励みになる事なので。
では寒くなりました。
温風機の灯油の燃える音が子守歌のように聞こえてきます。明日に備えて寝ます。
いつも最後まで御拝読くださり、ありがとうございます。
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台風の被害お見舞い申し上げます。


栗の胃がの枝と落ち栗
台風の被害の増大さに悲しさすら覚えています。
米どころの地域が取り入れまじからして、茶色い湖のような光景に胸が詰まる思いです。
災害が起きるたびに自衛隊や消防のレス級の人々の活躍に心から頭が下がります。多くの人々が救済されて、たとえ住が引いたにせよ多くの人々が困窮の明日を生きるのかと思うと、この頃の自然災害の前には本当に人間の作り上げてきた文明は無力に近いものがあると嘆き悲しんでおります。
テレビの中で佐次々に助けられていく屋根の上の人々。
屋根にどうやってよじ登られたのでしょうか。
水かさが一階部分を軽く覆っているところを目にすると、とても恐ろしい光景です。本当にものすごいことになっています。
今日関東地区からお客様が見得た方のお話では、「俺の家は助かったけれども俺の友達のうちはやられてしまった。あんなに穀倉地帯が一面水につかってしまっては、大打撃だ。」そう呟いておられたので、「本当にお気の毒なことだと思います。」とお慰めいたしました。
昨日は下呂温泉にお泊りだったようです。
明日は中央道で東京方面目指して帰られるそうです。

ミョウガの鈴家をほめてくだ誘いました。夜のお菓子ウナギ゜いも党名を通ってくる途中お買い求めになったお菓子までお土産だよとくださいました。
私の作る田舎の過程で出てくるような手料理をとても喜んでくださいましたので。「男一人旅とわんこちゃん。」
きっと奥様とごいっしょにこられないご事情があるのだと思います。
あえてその話題には触れませんでしたが、この頃男の人の一人旅客が増えてきました。どなたも家庭が懐かしいのかもしれません。

上二之町の風景

一人で犬連れ旅行。
今の時代の象徴する現象なのだと思います。
私は旦那と死に別れたので、もう家庭料理をほめてくれる亭主はいませんが。
それでも、漬物やかぼちゃの煮つけをほめてもらえるとうれしいものです。

トリップアドバイザーにくそみそに書かれたこともあるし、ちょっとほめすぎと思うほど五つ星下さる方もあるし、「人の口には戸が立たない」と思っています。
ただ私は、どうせご縁を持つのなら、弁天荘の在り方を理解してくださる人にご縁を頂戴したいと思います。
振り回されて人世終わるのなら、せめて好きになれることを好きな仕事に身を投じ資本も少しばかり当時身の丈に合った喜びを感じて生きていきたいものです。

私の性格そのものがさらけ出される私のブログ。
毎日書くのは
「私の宿を愛してくださるお客さまへのラブレター」かもしれません。
「変われ」と言われても変わることなんて、できない年老いた宿屋の女将経営者です。
「気に入らない人は、よそをあたってくんな」
そんな〇〇ブギ。昔の歌がありましたっけ。

個性の強い人間のもとに個性の強いスタッフが集まって。
私はスタッフに作務衣を着て従えとは言えません。エプロン一枚していればいいではありませんか。
この連休もわが家の歌スタッフ達はエプロン一枚で頑張ってくれています。
真心が伝わればいいではありませんか。

それが嫌な方はもっと自分に合った宿を探されればいいのでは。
ご自分がとまろうとする宿が、どんな考え。
どんな気持ちでいるのか、調べないで行くのもどうか、、と思います。
少なくとも一夜の命を預けるのですから。

口コミ評価の点数をあまりにも気にすることは、どうかなあーと思う。

しかし「目安にするのだから」というトリップアドバイザーや、楽天トラベルなどの評価システムには、世の中の冷たい数字の評価を見る。
口コミを「買い取ってまでは高評価を受けたくない」という経営者の意地が前に出てしまう。
田舎だもの。田舎が嫌なら「街中に宿をお取りください。」
そんな言葉が喉まで込みあがってくるが、いつも我慢。

落ち栗

私の宿をいいと思ってくださるお客さまもあるのだから。
そんなお客さままで、ひとくくりに「お客のおごり」「傲慢さ」とは言いたくない。有限会社にもせず、私の個人の持ち物でやりつ漬けてきた。
田んぼも山も、宿屋もみんな父の描いた路線。
年老いた父を看取るまでこの人世マラソンは続く。頑張ろう。

いつも私の心のままにつづった、ブログを見ていただいてありがとうございます。
押しなべて「誰でも来てください」と言わないための、さらりと風が流れるようなブログにはしていません。

あくもしみも強いブログなのかもしれません。
いつも読んで、理解していただくことが「ありがとうございます」なのです。

関東地区の台風の被害を、心よりお見舞い申し上げます。
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台風が通りすぎ゛て


栗の胃がの枝と落ち栗

台風の行方が気になっていたが飛騨地方には立ち寄らずに通り過ぎて言って来くれた。大騒ぎするほどの事もなく、とりあえず雨も止んで午後には雲間から、太陽の光すら見えた。
何がどうしてこうなるのかは気象学を学んでいないのでわからないのだが、明日も関東のほうは雨雲が大きく広がって余談が許されない状態らしい。
あちらこちらで地盤がゆるく、土砂災害になっているところがあるようだ。
台風がやってくるたび各地に爪痕が残され悲惨なことになるのでお気の毒で仕方がない。
この台風を機会に一気に山の気温は下がって行くことだろう。

山の紅葉が始まるのも、今ころからだろうか。長野県側の乗鞍高原のほうから秋が始まってくるので美しい。今ころはナナカマドの木の赤い実や黄色い葉が鮮やかになっているだろう。
高山は今回は、被害には見舞われずとりあえずホッとしているところ。
高山の観光客も雨が止めばどこからとも繰り出してくることだろう。高山が高山の街として観光客が出歩くことが当たり前になってきておよそ40年。

上二之町の人力車

昔の勢い程観光スポットに取り入れられているだろうか。
何かしら不思議な気がする。
人口は大都市に集まって、日本中ビルだらけの街になっている。
そうゆうころに人々は暮らし一日の大半をそういった環境の中で仕事したり食事したりしながら生きている。
古い街並みや高山の昔ながらの建物が不思議に見えるらしい。
場所としてのスポットは、高山のみならず古川の街もなかなかいいものだ。
今日は台風だというのにめげずお泊りをキャンセルされなかったお客様が2組ほどお泊りいただいて。
ありがたいことに、夕方は犬の散歩もできる状態でした。

栗とすすきを行けてみました。

お天気が良い方に変化して行ってくれたので感謝です。
今日も最後まで、お付き合いくださりありがとうございました
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生き方にエスカレーターはないらしい

et@h@lk5q@

人世のの生き方に、エスカレーターは、ないらしい。
たとえば30年前に描いた理想が、その時代の変わり目の時に反映したとしてももうすでにセピア色の世界に突入しているような。
親の描いてくれて土台を引いてくれた路線は、すでに脱線すらも余儀なくされている。何か危なげで斜陽の面影すら感じる。
それだけ急激に変化し始めているのかもしれない。
昨今では暑さ寒さから始まる自然の驚異すら、恐怖におののき嘆き。
台風が来るたびに被害を免れない、現実が前に立ちはだかっている。誰かが犠牲者になりどこかの地区が被害を受けていることに。

シャンプーしてもらいましたリボン付

生きていくことの切なさすらも感じてしまう。
体力すらが月日が過ぎていくたびに衰え限界を感じるようになって。
人口が減って行くことに、よそごとのように聞き流していた現実を、今になって身につまされて考えるようになった。
ジワジワとさざ波が押し寄せてくるような、老いへの悲しみ。

人間だけでもなく、寿命の短い犬たちにもその悲しみと憂いが、いつか訪れるという現実を受け止めざるを得ない。
そんな気がする。
家族と認めた以上は、犬とはいえど生き死には、自分の手足をもぎ取られたようにつらい。
一緒にいた時の写真を見ただけでも涙を流し、悲しまない飼い主が、どこにいるだろうか。fBの友達が愛犬をなくしてずいぶん悲しんでおられることが、遠く離れていても切々と伝わってくる。

そんなことを思うと愛は世界共通だと思ってしまう。

犬が家族の一員だという立ち位置を得てから、まだほんの30年余りでしかない日本だが、犬好きな人ならば自分が食べるものすら惜しんでも犬のためのエサ代やシャンプー代や、病院代は惜しみたくない気持ちがよくわかると思う。

自分の愛犬が病気になって、「いつかはわかれなくなるのか」と考えるだけでも胸が締めつけられるほど苦しい。

63歳私

私の今の立ち位置はどうなのだろうと、この頃は、ふと立ち止まることが多い。

「この仔達の生涯を、私が元気でまっとうさせてあげなければならない」というそんな願いを強く思うようになった。
猫の一生は約20年。犬の一生はほぼ平均15年。
そんなことを思うと、安らいだ時を過ごしていけるのは、ほんの束の間であることが、いとおしくてならなくなってくる。

まず自分が元気でいること。そして健全な経済力を持っていること。その経済力をせめて継続。持続していけることなどが何よりもの原点になる。

それはいつも自分への戒めであり、励みであり。
子供に恵まれなかった私は犬や猫で、子育ての喜びを味わっているのかもしれない。
「母は強し」この言葉が言い示すがごとく頑張っていることになる。
寄付金も受けず捨てられていた子猫ですら、ペットという存在で毎日の日課にその生活を組み入れていること自体が、宿屋という商売が成り立つことでどうにか継続して行けることなのだと思う。
まずはお「客さま」という原点に感謝。
何事も「お客さま」という収入減があるからこそ、生活が営んでいける現実。
「ありがとうございます。」いつもは顔も見ないままに裏方で過ごしている私の女将経営者という立ち位置なのだが、改めてここで心からの感は死者の言葉を述べさせてもらいたい。
多くのわが家においでくださるお客様のほとんどの方に「女将のブログ」読んでますと、励ましのお言葉をいただく。
生きる支えとは、それは人々の温かい言葉。
そしていろんな意味でのお互いの存在を認め合う励ましの支えだと思う。
どんなにに遠くからでもエールを送ってくださるお客様の後ろに、またお客さまという輪があり、本当の意味での「口コミ」という広がりがあるのだと思う。
まずは理解してもらうことから始まる。
私のやりたいおもてなし。
台風があったり長雨や日照りで畑の作物が台無しになったとしても、その気持ちだけは汲みとってもらえることが何よりもうれしい。
走り去っていく車の後ろ姿に深くお辞儀をすることも多い。

コスモス花盛り

台風は明日飛騨地区をそれて近畿から日本海へ抜けていくようです。
被害が最小限で済みますように。では皆様どうぞお元気で、被害がないことをお祈りしています。
今日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
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飛騨高山小さい秋はじまりました。

栗を活けてみました。.jpg

飛騨高山は今日は雨のち曇りのお天気です。
なかなかスカッと秋晴れになる日は今週もないようです。
なんだか台風も接近していて秋雨前線が関東地区や西日本にかかっているようで、絶好の観光日和というわけにはいきそうもありません。

それでもきっとどこからともなく、外国人観光客の人の流れは続いていると思います。旅行会社のパック客なのでしょうか。
それとも観光の滞在フリー切符を購入しての乗り物周遊券でオプションプランとして動いているのでしょうか。
バスに乗るのは外国人ばかり。
たまに田舎の路線バスに地元のおばあちゃんたちも乗りますが、バスの中の会話が日本語ではないものの言葉が、きこえてくるそうです。
なかなかどうしてそうなっているのか、理解できそうもない地元のおじいちゃんやおばあちゃんは、小首をかしげていました。

「高山市が世界に向かって観光地の宣伝しているからなのですよ」と説明すると、「スキー客が来なくなっちて、みんな宿屋をたたんでいくらしいが。お前さん所も外人留めるのか。」そう言われて。素直に返事はできず。
少し考えてから答えました。


「いえ、うちは犬の昔から宿やってるから、この上外国人受け入れするにはもう一つややこしいことになるので、今までどうり、犬の宿でやって行きます。
外国人客を宿に泊まってもらう活動はやっていませんよ。」
そう説明しておいた。

地元の人たちは弁天荘にどこから客が集まってくるのかが不思議でしょうがないらしい。先日診療所の待合室で問いかけられた。

お客さんは口コミで来てくださる、昔ながらのお客さんですよ。」

というと、わかったようなわからないような、顔をしてうなづいていた。

栗とすすきを行けてみました。

畑のおじさんが昨日、クマに狙われる前に、栗の木を切り倒してくれたおじさんが、「いがの着いた枝を、お花にでも飾らないか」と持ってきてくれた。
廊下にすすきと一緒にさっそく飾ってみる。
栗の木を切ることでご機嫌斜めになっていた父には、ゆで栗にしてあげることにしました。

小さな秋が館内の花瓶の中に出来上がりました。

旅館組合も解散した。
観光協会としての宣伝と言いながらも、結局は昔丹生川村時代に作った村人が株主で発足した株式会社のジョイフル朴ノ木の宣伝が、観光協会の宣伝のようなもので。観光協会というと乗鞍スカイラインと朴ノ木平スキー場と飛騨大鍾乳洞、五色ヶ原のトレッキングがメインになって取り上げられる。

乗鞍岳で催すイベントと重ねて、いろいろがんばっているようなものだが、今一つ盛大さにも欠けるし、盛り上がり度にも欠けるような気がする。
第一、売り上げや収入増額には反映していないような。
役員やイベントの担当者チームには申し訳ないのだが、今一つ身内のイベントであり、自己満足の域を超えていないような気がする感じなのだ。


難しいものだと思う。

何にしても、プロが入ると抜群に売り方が違ってくるのだが、またそのコミニュティの維持と費用がまた一つ上乗せしなくてはならないのが玉にきず。プロの立ち上げる宣伝力と企画力には観光地域を売り切る知恵の最たるものがあるが、
プロはプロたる集団の中でしのぎを削っているに違いない。。

何事にも、なんだかんだと言ってもお客様あり気が観光の原動力なのだから。
お客様があっての「事」であり。
お客様の支持をなくして何事も、明日の命につながって行かない。

私たちの意識がもっと観光の在り方の原点を、おさらいすべきところがあるような気がする。
若いころの「どうやったらお客様は来てくださるのだろう」という素朴な情熱が次第にみんなの気持ちの中から失せてしまい。

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「廃業という道を選んだ」ことへのいきさつが、わかるような気もする。

いろいろ考えてみても仕方のない事なので、「コミニュテイの孤児」であるような立場でも、変わり種としても、頑張り続けていれば、生き残って行けるだろう。

今年も来年も超えて行くべきかと思う。
気持ちなりとも、なえてしまわないように。気丈に頑張って行こうと思う。

限界集落の一途をたどって行くことを頭の中に計算して今から5年10年先のことに軸足を動かしておかないといけないような気がするのだが。

そのことを思って何かを話してみても、みんなで進む夢の時代は終わり、唇に寒さすら感じます。後継者のない業界は難しいものですね。

勇気や感動やその手の物に素直に進むことは、かなりの無茶を承知での頑張りが必要なのだと思います。大変な時代になったのですねー。

実力と資本力があれば。
鬼に金棒なのですが、そうそう世の中、甘くはないようです。

絵に描いた理論では、反発と批判が栗のいがのような、とげのように、丸くなってボールのように帰ってくることでしょう。

だからリーダーシップを取るなんてとんでもない。
私は世間の片隅で、やりたいことをやれる立場で、つぶされないで生かされていればいいのです。
何もかも生きてこそなのですから。

今日は、肌寒い日なので薄手のセイターを着ました。
ちょうどいいくらいの感じですね。

夜寝るのが少し寒く感じます。
電気モーフを入れようかとすら思っています。

昨夜のお客様は皆様どの部屋も暖房のスイッチが入っていました。
あんなに暑かった8月が過ぎるとすぐクーラーから暖房機に切り替えなくてはならず、なかなか大変なことです。
ロビーのだるまストーブも夏中、なぜか、「片づけられない、理由」がわかったそうです。寒さすら感じる山の気候です。

落ち栗

わたしもこの地で生まれてこの方60年あまり、そういう自然の中に暮らし続けてきたのですね。
季節の移り変わりが、こんなに前倒しだったのかと小首をかしげるほどです。
もっとも若さと引き比べに寒さが身に応える年になったのかもしれません。

今年も短い秋が過ぎて長い冬になるのではないかと心配になります。
では皆様も体調管理にくれぐれもお気をつけてくださいませ。
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栗の木を切り倒してもらいました。

調理室の大掃除
今日は朝から雨が降り出して、止みそうもない本格的な振り方になりました。

秋雨というところでしょうか。
畑に行った人たちはどうにか間に合ったようです。ナスとかキュウリやネギなどを畑のおじちゃんがもたせたようです。

ご近所の奥さんから、昨日の朝「私は5時にお勤めに毎日車で出かけるのですが、クマが国道158号の脇を早朝にに歩いていたので気を付けてくださいね」との連絡をもらいました。
去年もクマ騒動の事がありましたね。
クマは今年も、里に下りてくるようになったのでしょうか。

車がこれほど走る国道を、多分昔父が植えた栗の木の栗を目当てに通うのでしょう。宿からはすこし離れていますが、お客様に危害でも加わったら大変なので、さっそく栗の木を切り倒してもらうことにしました。

父は気を切り倒すよという私の話を聞いて残念そうに。
「今年は栗がたくさんなっているので今に落ちてくるだろうと、楽しみにしていたのに、」と偉くがっかりしていました。

飛騨リンゴ

私は栗の木やリンゴの木や柿の木に登って食べるのです。
枝を折ったりもします。

高山の城山公園に出てきたくまは、去年猟銃会によって射殺されました。
日本のツキノワグマは、絶滅危惧種に入っていますが、山野に暮らしている熊も人間が恐ろしいので出会えば必ず驚いて、どんな凶暴なことをするかは、わかりません。

とにかくクマの好物の樹木を家の近くにはおかないことです。

クマが冬眠するまでに必要な穀物は、栗とか楢とか栃などの木の実です。
そしてそれらの穀類が不足するとカキとか林檎まで手を出してきます。

だからさっそく畑のおじいちゃんたちに頼んで、栗の木を切ってもらいました。

「栗がほしければ買えばいい」ことにします。
私は栗拾いに行って。
何か問題が起きることの方が心配なのです。


だから「猫叱るよりもさら引け主義」で、さっそく切ってもらいました。
共存とかいうのも、生活していくためにはきっとそれぞれの事象があるのでしょう。
奥山まで開発がされて自然動物たちの環境も変わったのでしょう。
生きるためには、「クマがかわいいからころさないでー」
そんな簡単なものではないです。

おしぼりや懐中電灯

雨がしとしと降る肌寒い日です。
連泊のお客様は、お天気が今日一日中雨だと知って、ぐうぐう寝ていらっしゃいます。それも疲れなおしにはいいことかもしれません。
たまには、一日布団の中にいる。
病気でもなく、のんびりダラダラしているのも、贅沢なことなのかもしれません。

スタッフには、夏の間活躍した、クーラーの網掃除を今期に各部屋やってもらっています。
季節の移り変わりは早いものですね。

では皆様、風邪などひかれませんように。
ご自愛ください。
今日もブログ最後までお付き合いくださりありがとうございました。
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パソコンでマイムービーという作業に

あまぐりちゃん
パソコンでマイムービイという作業の学習をしました。

フェイスブックに川中美由紀の曲に乗せて投稿しました。
FBのお友達が見てくれて「いいね」をくれました。

昭和の半ばの生まれの物は、現代の若者が簡単に覚えてやることも忘れてしまわないようにノートにメモして。
おさらいを何度かしてやっと、ついていきます。

今からの時代は、自分で販路を求めないといけない時代なのだそうです。広告会社の広告サイトだけをあてにしていてもなかなかヒットしない時代なのだそうです。
それだけ口コミの力が強いということなのかもしれません。
ユウチュウブに、トリップアドバイザーまだまだ勉強しなければなりません。

ガムに喜ぶレオ

たいへんな時代になりました。この小さな脳みその中にしまいきれるでしょうか。
好きになるということは、大変な道のりですが、私の夢ですから。
がんばります。ためしに作ったペットの宿のストーリーはそこそこでした。
いろいろやって楽しみたいですね。
64歳はまだまだこれからが始まり。毎年若返って行くようなことはないけれど、やりたいことが広がって行くのは、老人の楽しみです。

機会があったらフェイスブックの「弁天荘ジョンの家」の川中美由紀の曲に乗せてを見てくださいね。
では明日は高山のリハビリの歩行訓練に言って来ます。
歩き方が悪いので、腰が痛くなるそうです。
では今夜はこれでおやすみなさい。

62歳女将
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