飛騨高山も初雪が降りました。

晴れてきて雪溶けてきました。

初雪が昨日ふりました。
降るとは覚悟していたがやはり雪はさむい。
私の足も腰も悲鳴を上げている。底冷えのする寒さが違う。今日かブラ付けを切って漬けた。2頭樽に二つ。20日ほどすれば食べごろと思う。

痛み止めに次ぐ痛み止めを飲み続けて、痛みは緩和できるなどと医者は言うけれど立ち歩かないで、ベットに寝ているだけなら、確かに痛みの緩和の成果は出るのかもしれない。
しかし小さいながらにも、宿をやっていると宿屋の仕事は数多く。
痛かろうがしぴれ手マヒしていようが。健常者と同じ責務は与えられている。
足が張れようが病人だからと言って病人の顔もできず。だから杖を突いている姿はなるべく人目にさらされていたくないという気持ちもある。
これがかすから障碍者のひがみだろうか。

経営者の椅子に座り続けたかったら、弱音は吐くな。
体が動かなければ頭を使え。
あたまがうまく回転しなければ頭の良い人に出会え。
そしてそのチャンスを逃すな。出会いも財産の内。
この世は知恵の本も、知恵のヒントもあふれている。
「勇気を出して負けるものか」と立ち向かえ。
といつも自分自身を叱咤激励をしているのだが。

胃が痛くなるほどノウてんきなんかではないからこそ「あはは」と笑え。
「楽しい」と言葉に出すことから、楽しくなくても楽しい発想に恵まれる。
これが私の今の心情だろう。

デスクワークだけが仕事でなく当然、白菜づけとか赤カブ漬けとか寒さの中でのおふくろさん仕事が山積み。大根漬けもそろそろかからないと。

赤カブ切り漬け

暖かい部屋から雪の降る外の景色を眺めていると、絵ははがきを切り取るような気分です。朝から降り出している雪のように枯れた草木も落ち葉も覆い隠すように
今から元気があるうちに私の歩き続けた道を整理しなくては。

人世の最終地点へ到達するまでのシュミレーションを考える人はいないかもしれないが。生きていくという道を通過するには色んな交差点があって必ずしも信号は青ばかりとは限らないのでいつも交差点に来ると立ち止まって考えて乗り換えたり月切ったりしてきた。

小さな宿の経営だし、ささやかなジョンノ家の経営だし。着物体験館に至っては趣味の世界で。無農薬農園に使っている4反ほどの畑家以外は、休耕田の延長で耕作放棄地であり、山は見なかったことにするより仕方ないのが現実。

何もかも順調というわけにはいかないが。現状に順応して対応していく答えが私の胸三寸の中にあると思えば、おかしな自信とおかしな天の声が聞こえてくる。
縁の下の蜘蛛の巣から天井裏のネズミのくそまでみんな私の物。天井裏にネズミもいないので当然ネズミのくそもないし蜘蛛の巣に至ってはもう雪が降るのだから雲も死に絶えただろうに。欲張りの発想は維持するのにどんなにお金がかかるかということは別にして、考えるだけならば結構楽しいもの。

さむい景色は外だけではない。これからの内の中の暮らしも寒々としてくる。

掘りたての大根

客商売なのだから客を呼ばなくてはといろいろああだこうだと考えてみる。
/薪澆棒香花火をやってみたらどうだろうかとか。
▲屮薀鵐舛猟食タイムを設けて、朝寝坊プランを作ってみてはどうかとか。
D名錺廛薀鵑茲蠅癸毅娃葦澆脇辰砲覆襯掘璽レットプランを提供するとか。
ぐみ物サービス。愛犬におやつのにこにこプランとか。

2016年カレンダー進呈と女将からのお礼状。

今年はこれだけの党機関用の企画を練り直して公式ホームページのプランの所に設定するには内容を整理しなくてはと思う。
明日から、この中身を練り直すことにする。楽しい気持ちになる事。
これが企画の大原則だと思う。

てなわけで、今日はさむいのでお客様がお休みになったことを確認して、これから風呂に入ることにする。手足を伸ばして少しは人間らしく体を暖かくして寝よう。

内藤さんお泊り会8人.jpg

今日も最後まで私のブログを読んでくださりありがとうございました。
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曇り空

JAにゅうかわAコープ

曇り空が広がっています。
飛騨地方は今にも雨が降りそうな天気が朝から広がっているので、
もしかしたらこのまま初雪になるかもしれません。
何かというと一年の速さを実感している私ですか。
来年はまた春から頑張ることにして雪が降ったらル年末年始は予約を受けているので頑張ることにして冬はいつものように少し長い冬休みをいただいて、土日旅館に徹しようかと思います。雪かきがたいへんですので。



お客様の予約も気ままに受け入れて、飛騨の冬はさむいことを覚悟して来ていただくお客様を中心に受けて行こうと思っています。
仔今年は去年のようにめちゃくちゃ豪雪でないことを祈ってい済ます。

昔のように、スキー客も見込めなくなってきたので、近所の民宿さんのように。
3000円とか4000円とかでは弁天荘はそこまで、安い値段の提供室は、できないのでおのずとお休み状態になります。

が、それでも仕方ないのかなと思っています。
なぜならば私が部屋と外との気温差のエアポケットで、倒れては元も子もないからです。なんといっても私は一枚看板なので、まず私が生きていること。

弁天荘の玄関前

おおげさな表現のように聞こえるかもしれませんが。

一度脳梗塞で死にかけた者としては二度目倒れるわけにはいかないのです。
血液サラサラの薬。高血圧の薬をを絶えず飲んで、一度亜脱休したままの左腕の筋肉は戻らず、引ちぎられるような、しびれた痛みが続くので。

ずっと痛み止めが離せないのですかが。

それでも食欲もあるし、右手は正常だし、どうにか腰を曲げて杖をついても歩けるので、毎年今年くらいはまだやれるのではと思い、更新していく覚悟で宿屋を続けています。
何しろ私の宿は犬や猫たちの宿なので犬地一緒に旅行したい人にとっては、必要な宿なのです。

これは誰でも泊まれる宿という状態ではなく、弁天荘としては人間だけのアベックではだめで外人客もだめで。
とにもかくにも犬の宿がオッケイなのです。
犬や猫を連れている人。連れている人に限るというのです。
もしくは犬好きな人ということになる。
こんなふうに客を限定している宿屋は少ないので「頑張ってやっていてくださいね」といつも言われる。そんなお客さまから励まされる宿屋になっているのかもしれない。しかし私がまだ営業はしますからという気持ちいれば、スタッフ達も続けて働いてくれるし。何とか現状維持はして行けれるような気がする。


あまりもうかっている宿ともいえないが、それでもやっぱり投げ出すわけにもいかないといつも思う限りなので。

飛騨リンゴ

「がんばろう。今日も、どっこいしょの掛け声から始まる」
さむいと足腰に響くので、よく聞くというサプリメントを買ってみました。

効き目があるかどうかはわかりませんが、毎日飲み続けてみようと思います。
事務所で書類の整理が続いています。

今年もあらかたのところは住みました。
あまりばっとしたうりうあげにはなりませんでしたねー。
今儲かって笑いの泊まらない企業なんてないのかもしれません。

お部屋の中は暖かくて、平和な気がします。
では皆様、風邪などひかれませんように。
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連休2日目曇り。


弁天荘から見る秋の空

いよいよ今年最後の11月の連休二日目。
紅葉が終わった季節なので客様は比較的なじみのお客様が多く。
昨夜も「
平成16年の宿泊記念写真がアルバムにありました。感激です。もらっていきます」とお客様がにこにこ。100円ショップで買ったミニ額を添えて「どうぞこれをお使いになって」。とお渡ししました。

日々が忙しくめまぐるしく過ぎ去って、ふと思い出したとき。
弁天荘のアルバム棚におおむかしのじぶんたちが蒲存してあればぐっとそこで懐かしさがよみがえってくればこれも宝物の一つだろうか。

二日目の入れ替え掃除も順調にすみ、スタッフ達は休憩に戻った。3時半にまた出てきて今度は夕食の準備。
私はその束の間の時間に今日のブログを書いている。

上二之町の人力車

一年の速さを待瞬く間に感じる。
また12月からあわただしい冬の暮らしをするのだろうか。

父は今年のところは健在なのでありがたい。
近所のおばあちゃんは老人福祉施設にゅうかわ園に入ったとか、聞いた。
自分の身の回りのことができなくなれば仕方ないののかもしれない。
しかし父は施設には絶対入らないといい。介護は自宅で受けるという。

丹生川には、24時間体制で介護士の派遣もあるというが。
さてさてどうしたらよいものか。たった一人の父親なのだから彼の望みのままにしてあげたいものなのだが。

一日の夕暮れ5/27

老人を掲げて生きていくのもひどく重みに感じることは罰当たりなのかもしれないが。
「おしめをするようになったら、他人さまに助けを求めるより仕方ないのよ。」と話をしているが。
どんなふうになっても父は私のそばにいたいらしい。
自宅介護で一生を終わらせることは大変なことだと覚悟している。

宿屋の仕事と犬たちの世話と猫たちの世話と、ここに父の介護も入ってくるとなるとなかなか大変なことだとえもう。
そんなことを考えていると私の方が先にくたばってしまいそうな気がする。其れこそそんな風にならないように私自身が気を付けなければ。

今日も今朝が今朝まで予約が入ってきた。ありがたいことです。
今日のブログはこの辺でいつも、ソ以後まで読んでいただきありがとうございます。
飛騨リンゴ
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パリの出来事は対岸の火事ではないようです。

に鵜川の里花壇

パリでのISのテロ。
何の罪のない人々が事件に巻き込まれて、世界中がその出来事に驚きの目を見張る中、日本の特に岐阜県から学習旅行に行っていた何十人もの高校生たちが
無事帰って来たということで、何となくほっとしている今日です。

夕方から降るだろうと天気予報が予測していましたが、なんと午後になるとポツリポツリと音もなくふりだし
なんだかんだと言っても夕方はしっかりとした雨になってしまいました。

時折車道をしゃあしゃあと音を立てて走る車に、私は「まだ雪でないから、良しとしよう」なんて独り言をつぶやいています。

お耳を引きずって部屋へと急ぐバセットハウンド

夕方にぎやかなわんこちゃんたちがやってきました。

まず車から降りるなりわんわんのご挨拶。

フレンチブルドックの文太君と、バセットハウンドの玄太君と、ベルジリアングりホンホン笑太君。
お父さんお母さんと嬉しそうにわんわんおしゃべりしている息子たち3頭。
そんな楽しそうな家族でした。

こういう瞬間が私にとってとても癒されるときなのです。
写真に写させてもらいましたがなかなか3頭が、絡み合っていてはしゃいで、いてじっとしてくれませんので画面からはみ出てしまいそうです。

それでも楽しさが伝わればと思って、画像サイズを加工してブログに乗せることにしました。

今夜は平日ですので、ゆったりとした空気が山の中の宿に流れています。

嬉しいねと見上げてお話している犬達

私事です画今日は診療所へ行ってインフルエンザの注射してもらってきました。

未だ後期高齢者ではないのでちょこっとお金が要ります。
それでも打たないよりは打ったほうが5か月は効果あるとのことでした。
主治医が自らの筋肉注射です。

ついでに、スーパー袋にいっぱいお薬もらってきました。血圧の薬とか、寝つきを欲する薬とか。痛み止めとか。痛み止めと一緒に飲む胃薬とか。
「こんなに薬飲んで大丈夫なのか」といつも思っていますが、薬が切れそうになると不安です。
まだまだ、わが家にも元気な猫や犬たちがいますので。
ここで私が俳優の阿藤快さんのようにあっけなく死んでしまうわけにはいかないのです。お隣の集落のおばあさんのように、大根作ったり白菜作ったり赤カブを出荷して生活してゆくことなどはとてもできそうもありません。

農薬をまかない夏野菜を畑のおじちゃんたちを頼りに作付けして「お泊りのお客様にバケツにいっぱいろ、好きなだけ持って行ってもらうくらいの事しかできません。収穫して持ち帰るということもとても大変なことなのでかす。
大勢のお客様がバケツにいっぱい筒とはいっても、毎日取り揃えてお土産に渡そうとすれば。大変な労力になります。

ですから朝の犬との散歩に自由なだけ好きな野菜を持ち帰られれば。
それはそれで手間が助かるというものなのです。
7月から9月末日までの期間。

お客様が自由に好きな野菜をし収穫体験していただければとこんな夏イベントをもう10年もやってきたことになります。
来年も春からトラクターを入れて7月には野菜収穫ができるように準備いたします。

「秋野菜はないのですか」とよく言われますが。
秋野菜は、夏に種をまかなくてはならないので。
宿の仕事と兼ねるのはどうも体力的に難しいデス。
ごめんなさい。私の宿から6分ほど高山よりに車で走ったところに、エーコープ広場前の「ファーマーズ」という道の駅みたいなショップが100円〜150円くらいで。八百屋とは比べ物にならないほど安く、みずみずしいものが売ってありますので、そこに立ち寄ってお買い求めください。


夏野菜はあっという間にお化けのようなきゅうりやかたくなって大きくなりすぎてしまうズッキーニなど管理も大変なのですが。私のの作った野菜が喜んで貰えるのなら、それに越したことはありません。

多くの田んぼは耕作できないままにしています。
今年は4反ほど作ってみました。
それだけでも広すぎて管理が大変でした。

黒マルチで囲みました。

管理の人件費も結構入ります。
しかしそれを覚悟で楽しみにしてもらえる、田舎の空気間に触れてもらいたいのです。
都会的なリゾートホテルのサービスはできません。
さらりとしたスマートな宿のサービスではなく。
仔の飛騨に生きてきたからこそ飛騨人の誇りを持って。

思いのこもった、こてこての泥臭い日本の田舎を表現したいのです。

弁天荘全景夏

いつか私一人の暮らしになっても、犬や猫たちに囲まれて犬の宿猫の宿続けていたいと思っています。其れまで私は、命を粗末にはできません。

高山は外国人観光客のの多い街だと人々は言います。
でも私の宿は外人にも日本人の団体客にも明け渡したくはない。
私の年老いていく体力の中で、気力ひとつで守る犬たちの宿なのです。

スタッフ達が女将さんと慕ってくれて働いてくれて。
叔母が私の代わりの女将代理の仕事をしてくれている間は。
犬たちが安心して泊まれる宿であってほしい。外国人のお客さまには着物体験館のみで対応したい。

それがごちゃごちゃにしない専門という言葉を通す意味なのだと思います。

専門の宿というのは、会員制クラブのようなもので。
「ある程度一定のレベルを持つお客様のお泊りいただく」という意味なのです。
それがマナーでありモラルでありルールなのかもしれません。

「一緒に育てていく側に立ちたい」という私の考えなのです。

決して「お客様扱いのまま」にはしたくない。犬にも猫にも命があり笑顔があり、喜びがあるのです。それが私の犬たちに対する心です。

ジョンノ家

今日は音もない雨の中に夜が進んでいきそうです。
世界中がやみ始めています。空爆におびえ難民となる人々。難民の中に紛れ込んでいるのではないかと誰も信じられなくなる。
何か世界がよろっばがやみ始めているのかもしれません。
来年は伊勢志摩サミット。すごくたくさんの外国人が来るのです。
日本は今のところ治安の良い安全な国だと思います。
平和の中にどっぷりつかって暮らしています。感謝です。


生き残るということは、やり残した仕事もしなければならないし。
家族の命を守ってあげなければならないことなのです。
亡くなった人を弔い供養をすることから始まります。

ニュースの中で少しの物音にもおびえてパニックになっているパリの市民の動揺が伝わってきました。悲しみを悲しみとして受け止める余裕すらないようです。

日本の平和は70年前からずっと積み上げてきた不戦の誓いから始まっていることなのだと思います。今が平和であり今後も平和であるために。
日本の今に、感謝の気持ちでおります。

残されるということは大変な役目を背負って生きていくということのようです
最後までお付き合いくださりありがとうございました。

今度の連休はゆったりとお泊りくださる、人数のお客様が 両日ともに20名ほどづつです。未だお部屋にはどちらのタイプ共に、余裕がありますので。

お天気が落ち着いてお出かけになられるようでしたら、当日でもお受けできる部屋もあるとは思います。一組増えるのも二組増えるのもそんなに変わりありません。スタッフはみな待機していますから。
急な当日のご連絡でも、ご対応できると思います。


紅葉はぼちぼち終わっていますが。

犬連れにとっては出かけやすい季節です。
ふっと思いついてお泊りになる場合でもお声かけてくださいね。
電話0577−78−1090です。

廊下
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明日雨が止んだら。

JAにゅうかわAコープ

明日雨が止んだら。
買い物に行こう。
お客様の宿泊記念写真を入れてお渡しする小さな写真たてが着れてしまった。少しまとめて買い出しに行かなくては。
郵便局に行って書類も書留で送らなくてはならないし、なんといってもこまごまとした雑貨品も不足している。
今日もすっかり一日が一ページというノートをめくるがごとく、一瞬ですぎてしまった。またブログを少し書いて終わることにしよう。
いつも思うことだが、あとから読み返す機会がある時には、「私のブログはとても荒い」気がする。
忙し際に思うことを思うままに書くから、こうゆうことになるのだろうと、恥ずかしくなる。でもできる限り書くことにしている。


変換したつもりが、意味不明のまま乗っているし。
急いでキーボードを打つものだから。
後から読み返すことなくそのままアップするので、何とも読みづらい。

調理室の大掃除

其れなのに、わが家のお客様は、「いつもブログ読んでいますよ」
なんてお優しい言葉をかけてくださって。

そっと見守ってくださるお客様の温かい言葉に励まされることばかり。

明日はいろんな所要を片付けたら、丹念に犬たちをブラッシングしてあげようと思う。そして自分の部屋の整理整頓もしなくては。
銀行のATエムから入金もしなくては。やることがいっぱいだ。


電気オープンが壊れたので、エイデンに行って、値段相当のものがあるか見てみたい。何がどんなふうに世の中が変化していくのか。

テレビのニュースで取り立てている政治の事は、あまりつかめないものがあるので、はっきりと断言はできないが。

消費税が10パーセントになったら、かなりの消費が冷え込むと思う。
宿屋は真っ先にその槍玉にあげられることだろう。
庶民は、消費したくとも、まとまった消費ができないのが事実だと思う。

だから宣伝に次ぐ宣伝をして、ネット旅行の競争のような宣伝の中に、果たして私はその渦の中に巻き込まれていいものたでろうか。
一年一年歳を取り体力も弱っては来ている。
父の生きているうちは宿屋を気ままに続けて行こうとは思っているが。

私はこの頃口コミとは本当に目の前にいるお客様を大切にして、少しでも泊まった事のあるお客様の「リピーターとして来てくださることに、感謝して誠意を尽くして真心を尽くすことが。本当の意味での「口コミ」でないかという気がするのです。
山菜炊き込み飯

だから細々とやって行くことの大切さが、つくづく身にしみてわかる気がします。ネット旅行会社のサイトの口コミというページで、「一個人の主観的なものに振り回されない宿をやりたい。」とそう思い暮らすのです。

わが家には、わが宿なりのやり方があって。うち流の良さを認めてくださるお客様を一番大切にしたいのです。そういう方はごく普通に黙って止まって行ってくださるし、ほちゃほちゃとこ褒めることもなく、文句も言わない。
あっさりと最後に「ありがとう。」とおっしゃる。
そしてまた次に申し込んでくださる。
そんな方たちを心から誠意を尽くしてお迎えしたい。

そうすれば来る、消費税値上げに対しても、対応できるのではないかと思うのです。
私も政府には、そんなに「ちょこちょこあげてもらっては、困る」というのが本音なのです。

だから実質消費税だけは別計算で値段表示してきました。

いろいろ悩んでいましたが、やはり弁天荘なりのやり方にすれば。
宣伝方法も自分の固定客をしっかりつかんでおけるのではと思うのです。
世の中がどう変わろううと、これ以上の値上げはしないこと。

宿の料金据え置きという方面にあらゆる努力をしたいと考えています。
ポイントとかそう客手数料とかサービスクーポンとかそういったものに振り回され、その挙句の果てに口コミにいろいろ書かれて。

結局のところ胃潰瘍になるくらい、気持ちを背負ってしまうのです。
だから、ネット世界をこちらのやり方で選択して行きたいと思っています。
活用するということは学ぶということなので本気になって勉強しようと思います。

これが私の戦い方だと思うから。

大手ネット旅行会社に依存度を持たず、一人で歩くという事。
いくつになっても知ろうとする努力や、進もうとする努力は気力がある限り光がさしてくるものだと思います。

一日の夕暮れ5/27

そよ風のほほを撫でるようなさわやかな好感度はないかもしれませんが。
味のある宿にはなれるのでないかしらと、一抹の期待を持って進むことにします。

自分でダイレクトメールが出せればいいのでは、と考えています。 
ネット旅行会社を介した手数料が、お客様のお支払いになるお料金に還元できれば一番だと思います。

依存度を最小限にして打つべき宣伝には力を入れます。
安心できる最低限度の料金に対しての内容は努力します。
それが私の決断です。

今日もあっという間に終わりました。ではまた明日。
いつも最後まで、つたない私のブログを見てくださって。
感謝です。ありがとうございました。
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雨に濡れて黄色くなってくる山

おしぼりや懐中電灯

雨に濡れて黄色い色が目立ってきた。
昨夜から降り始めた雨は、朝から7度という気温は、比較的暖かい感じにすら思える。何となく今日は、まとまりのない仕事の一日になってしまった。

日曜日の今日はどの仕事も細切れのようになってしまって。
帳面つけも、途中で挟んだ南瓜の冷凍作業も、お客様の夕食の準備も、一通り済ませた頃。
NHKの「花燃ゆる」のテレビ時代劇を見終わり。
ぼんやりと新聞の三面記事に目を通して、「さて」と、とテレビ欄を見たら。
11時15分からのアガサクリスティの推理ドラマもなく。
がっかり。
10時すぎ、お夜食の注文をいただいて作り終え。
ついでに私も叔母も、山菜そばを夜食に食べたら、そこそこの時間。
すっかり眠くなっている。

南瓜煮物

なんだかなー。
今夜はこれでブログを少し書いて、終わりとなりそうだ。
それぞという仕事をしたわけでもなく、いつもの仕事をいつもの流れでこなして、いつものスタッフ達とそこそこの時間に終わる。

こんなふうに生きていていいものだろうか。
8時間労働で、一日を終えたことがない私なので、何かひどく申し訳ないような気がしてしまいます。
それでも12時ですから軽く12時間は仕事していたことになります。
個人経営者には、タイムカードがなくてよかったです。

書類に回答してファクシミリで送らなければならないところと、集計して、書類に記入しなければならないものがあるが。

3種類の書類は、明日ゆっくりミスのないように、目を通して記入することしよう。
今日も今日の平和に感謝です。
今日は頭の中を空っぽにして、何も考えないで眠ろうとと思います。

飛騨ねぎ乾燥

今日もありがとうございました。おやすみなさい。
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変わらない 気力を保持すること

弁天荘から見る秋の空

歳を取るということは、体力も落ちるし皮膚もたるみ気力もなえてくることを言う。
なんだか物事に向かっていくこともけだるくなって、どうでもいいことに思えてくることなのかもしれない。

父は90を過ぎてからは、特に。思いついて行動することが多くなった。
夜中に宿から、ジョンの家に行くために母屋を通っていると、台所に明かりがついている。何をしているのかと思うとせっせと筆で半紙に何やら書いている模様。

「どうしたの」と声をかけると
何も言わずにせっせと墨をすって、真夜中に何やら書き綴っている。
(遺書でも書くのか)と心配になってしまうが、遺書のようでもなさそうなので。
そっと好きなことをするように、(見なかったこと)にして通り過ぎた。

父の飼っていた老猫「ちび子」亡くなってからもう半年以上すぎた。
父にとってはきっと毎日を生きる励みになっていたことだろう。

この前渋柿を山ほど取ってきては、皮をむいてつるしていた。
毎年表に干すのだが、今年は何を思ったのか。
裏の物干し台の所に、一人でいつの間にか皮をむいて縄をなって、つるしているのを見かけた。
ねぎも作りっぱなしで冬が来るというのにもうそろそろ干して
「かたずけたほうがいいのでは」と声かけたが
「おおー。そうかー」
と返事をしただけで、一向にやる気配がない。

いつも母屋の玄関のそばで「耳が軟調にならないか」と思うほどの
大きなテレビの音を立ててぐういびきをかいて寝ている。

この前は蔵の中の江戸時代からある、「火鉢がなくなった」とか言い出して困った。
「これがなくなった」とか言いながら「あれがなくなった」とか言われても困るのであまりにもくどく言うので。
「お蔵台帳を作って書き留めて起きないよ」と言っておいた。

しかし、いちいち物のあり場所を見つけて、書き残すことも面倒なようでその後一向にそのような作業はせず。

父は自分の気になる品だけを、風呂敷に包んで自分の手元に置いているようだ。

に鵜川の里花壇

それでは「土蔵の意味がないが、、。」とは、思うのだが。
「所詮すきにすればーー。」という気持ちも、こちらにはあって。
いろんな人たちが訪ねてくると、すぐ子文書のお宝を広げて見せるという状態なので、ついに私は「母屋は常に、施錠しているもの」という形にしてしまった。

宿の方で管理できるインターホンを付けて対応することにする。
中から開け閉めはできるのだから。
軟禁状態でもない。
好きな時好きな場所を好きな時間に歩いている姿を見かける。

物売りや、通りがかりのセールスマンなどが立ち寄らないようにする作戦。

おれおれ詐欺にも、うかうかとしているとかかりそうな感じなので、電話は内線電話の形式にした。
内線電話で自分がかけたい時は外線にもつながるというシステム。

意識はしっかりしているとは言っても、90歳超えているということは、体力的には大変だと思う。
免許も早くに返上させてよかったと思う。
診療所へ行く時は介護車を呼べるように、役所に届けを出しておいた。

だから自分で、何日に行きたいと電話で予約して行動している。

「今年は死ぬかもしれないから、親が死ぬ時の覚悟だけはしておけよ」という言葉は、もう何回か聞いた。
しかし春が過ぎ夏が過ぎ。秋ももう終わろうとしているが、時々夜中に「狂歌」を書き綴ったりしている。(気まぐれに生きれるだけ生きていくのが、大往生を迎える日まで、おむつなどしない暮らしていてほしいとひそかに願う。)

季語がないので俳句でも短歌でもなく、狂歌に属するものだと思う。
それでも苦しむことなくぼんやりと生きていければありがたいことだと私は思う。

弁天荘玄関前

食欲もある。意識もある。毎日が退屈で。
寝るか、食うか。テレビを見るかが一日の仕事。
気持ちだけがやりたくないという気ままなところが出てくるようだ。

裏の田んぼに今年は、小トラクターを入れて、マルチシートを敷いてスイカとか、きゅうりとかを無農薬農園とは別に作った。

黄色いズッキーニの固くなって育ちすぎたものが4〜5本、そこに放置してあるのが窓から見える。
あれも雪降る前に片づけておかないと。来年春先に勝手に芽をきって畑が、ズッキーニだらけになってしまう。

私や叔母がすぐ取りに行けるように、作ったのだが。
今年は結局夏場の仕事が忙しすぎて、そして灼熱の太陽の下で、手入れに行ってみることすすらできなかったことが悔やまれる。

もぎ取り農園とは別に作付けした畑は結局余分な面積となってしまった。
畑のおじちゃんがマルチシートを、畑からはぎ取ったので、草の生えていない土の畝が出てきたら、そこにねぎの種をまいたらしい。

やることはまるで子供の用に。たわいもない無邪気さは、少しあきれるが。
どんなふうにあろうとも、この世でたった一人の老いたる父親。
「病院は嫌だ。老人ホームという、おばすてやまにはほうりこまないでくれーー。」そう言うので、一緒に暮らしている。

「ざわざわとする程たくさんねぎの芽が、芽をを切った」と言って喜んで話している。あんなに「俺のネギだと欲張り」なことを言っていたのに。

来年雪が消えたら真っ先にトラクターを入れる場所なのに。
そんなところに種まいたのだろうか、、、。

うっかりトラクターを入れたら無駄なことになるのに。
聞いておいてよかった。

ということは、「春まで生きている楽しみ」ができたということだろうか。

ともかく畑のおじちゃんと競争して道路端の、自分の小さな畑に作ったねぎは、かたずける様子もないので。

畑のおじちゃんたちに、頼んで一緒に取り込んでもらうことにお願いした。
歳を取ると持続する気力がなくなることもよくわかる。
気まぐれに生きている父を好きなようにさせていおくことが。
彼にとっての老後の幸せなのかもしれない。

「好きなだけ好きなことをやって、生きていくのがいいのだ」
と内心私も思っている。

弁天荘中庭

わたしも一年一年と年取って行く。
なにがあってもおかしくない高血圧患者なのだが。

父よりもまだ若いので。
気力がなえていないだけ、ありがたいのかもしれない。

それにしても。話は変わるが、フギィアスケートの真央ちゃんの復帰選手ぶりには驚きと感動の拍手を送った。あのすばらしさをほんの少しでも見習いたいものだ。「自分を究める」という彼女の笑顔に、どれだけの日本中の人々が、励まされることか。結果につないでいける、その集中力や練習量。

アスリートだけではない、その姿勢は見習うべきものがあるような気がする。

話はまた流れの続きに戻るが、霜を何度かくぐった、
飛騨ねぎは柔らかくて甘いおいしいネギになる。
柔らかいネギを、すきやきふうのだし汁で「すきしゃぶ風」で食べると飛騨牛がまた一つ、おいしく感じる。
むかし某有名旅館で、そんな料理をいただいたことがある。
新しい料理として出してみることにしよう。
少し味の研究をしてみなければ。

現実という、あくなき戦いに落ちている年老いた娘。
と、人生にあきあきしてしまった父親と。
決して葬式の日まで、近づこうとしない長男夫婦と。
ますます家族は細分化している現実。

家族模様はいろいろだ。

今日も一日。お客さまと共に終わりました。
明日もお客様がありますので、同じような繰り返しです。
ありがとうございました。

では、最後まで読んでくださりありがとうございます。
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11月5日は快晴だった。


今日は何とも素晴らしいお天気に恵まれた
素晴らしい秋空でした。
日中が毛糸のセーターでは暑いくらいの日差しがありましたよ。

農協のAコープに行ってブリの切り目と玉ねぎと大根をたくさん買いました。
そして自分へのご褒美にラーメンもいろいろ買ってみました。
飛騨高山にはいろんなラーメンが汁ごと袋にセットになっているので、時々買ってきて食べることにしています。
麺をゆで汁を温め、ラーメンも何種類か買ったのでしばらくはお昼はラーメンです。

むかしはお店に出向いてよく食べたもの。
懐かしい細麺とかつおだしが聞いた醤油の味。
高山ではラーメンの事を「中華そば」と言う。

私が小学校のころは、祖父は「シナそば」とも呼んでいたことのような記憶がある。シナとはおそらく満州のことを言ったのだと思う。

焼き豚のチャーシュウ。ねぎの小口切りと、メンマが入っているのが、基本で。
寒い日の店先に湯気の中をくぐったどんぶりが、カウンターの上に少しコショウをふって食べる。細麺の縮れに、何ともおいしいお出しの利いたしょうゆ味が、絡んで、おなかを満たしてくれる。

店によっては、鳥のガラで丹念に出しを取ったりそれぞれの味が微妙に異なることもあり、寒い冬の期間が長い飛騨人にとってはすぐ気軽に手が出せる。
「中華そば」というなじみ深い食べ物であったに違いない。

上二之町の人力車

今ほど観光客がそれほど多くもなかった昭和の中ごろ。
飛騨から都会に働きに出て行った人々が、ふるさとの味として「中華そば」や「赤カブの品漬け」や、「ほうば味噌焼き」などが特産品としてあげられる。

独特の味が忘れられなくて、故郷を語る時話に出したものが、現代では地元の特産物として、お土産屋さんの店先には必ずあるという飛騨を代表する特産物になってしまった。
これも必要に応じて成り立ってきた産業だと思う。
そして中華そばも袋のなませんと出しがセットになって売られている時代となった。私が知っている限りでも5〜6種類はある。外食産業の分野は、まだまだ視野が広まるらしい。

飛騨高山という観光の街が観光が世に出たのは、ディスカバージャパンの国鉄のキャンペーンがきっかけだったと思う。

飛騨という地の気候の成り立ちが、四季折々がはっきりしていることなどと重なり発展に取り残された山の中の街。として逆に有名になった。
そのころ丹生川村という場所は、「飛騨の高山」というまだ新しい観光都市への方向を目指した街の隣村にすぎなかった。

戦時中敵国のレーダーを察知するために乗鞍岳に登山道が付けられたという。
その乗鞍岳の開発に資材をなげうって地元のバス会社が観光バスを走らせたのが乗鞍スカイラインの始まり。

乗鞍岳

そして岐阜県が乗鞍スカイラインを観光登山有料道路として開発投資してくれた。
夏の観光の代表的なものになった。
そして名鉄が穂高連邦の一部にロープウエイを引いた。
それも北アルプス観光登山の代表的な一つになった。

次々と起爆剤の観光地が出来上がり、それぞれ上宝村の観光資産も丹生川村の観光資産も飲み込んだ高山市は大きく膨れ上がり、今では東京都と同じ面積を持つ「観光都市としての高山市」へと努力奮闘中の最中というところにあるような状況下であるのだが。

道路に沿って転々と存在してきた宿のともしびも一つ二つと毎年火が消えるような有様で。
老いていく年月の流れには逆らえない、一抹のさみしさと憂いすら感じることもあります。若者にとって、宿屋は魅力的な仕事ではないようなのです。
若いものはいないのかというと、まったく若いものがいないわけでもありませんが、大事に育てられた若者たちには昔荒れ野を開発した父たちの世代に続いてがむしゃらに若さという勇気と冒険心で立ち向かってきた昔の若者とは事情が少し違うように思います。

現在の60代は、すでに遠かりし夢となり。
この越えてきた月日の流れの受け止め方にこそ、差があるような気がするのです。

30年40年の流れが、大きな境目の流れになってきているような気がするのは私だけでしょうか。

桃太郎トマトジュース

「雪。花。サラダの村」というスローガンを掲げていて、男たちが本気で資材を投じて方向転換をして、立ち向かっている、山奥の山里の一村でしかなかった。
そしてその初代の人々の私たちは子供たちなのである。
父親たちが命運を託して、未知の世界の観光という土台。

基礎を踏んだ汗苦の上に、そんな父たちの背中を見ながら育った若者たちと言えよう。何が歴史の火付け矢になるかはわからない。
当時朴ノ木平スキー場を売り出すことに必死になった、村の政治と。
政治を動かす若者の熱意があった。

遠い昔と言ってしまえば、もろくも崩れ去って行く限界集落のようにも聞こえるのだが。にゅうかわという道路沿いに点在する集落の発展は、そんなところにもあったように思う。

「夢を信じる。明日を信じて進むエネルぎー」は、一度廻り出した二層式の洗濯機のような渦播きのような、流れの勢いがあったようにも思う。

労働力をお金に換算しようとはしない、人々には無償の夢にかける奉仕の心があり。そんな土台があったからなのだと思う。スキー場のブッシュ刈りの労力も当然民宿組合が喜んで奉仕したように思う。人々は夢に期待していたからだろう。

秋の色です。

嫁いだ娘を諭すような言葉がある。
もっとも、これはわが家の家訓の一つなのかもしれないが。

「辛抱に報いる10年。金の窓」とか。

「どんなにつらくとも辛抱して家に尽くしなさい。そうすればきっと自由にお金を使える立場になりますよ。」という言葉らしい。

そしてその励みに頑張れという言葉の最たるものが、
「縁の下の蜘蛛の巣から、天井裏のネズミのくそまでみんなお前の物」
という言葉だ。

田舎の家訓であるのでなかなかのリアルさを感じるものだが。

縁の下の蜘蛛の巣から天井裏のネズミのくそまで、みんなあなたの管理するものになるのですから。油断せぬようにしっかりと管理しなさいというような意味らしい。

そして、「武士は食わねど、高楊枝」誇りを持って生きなさい。「食べていなくても食べた後の、用事を使っているようなふりをしなさい」

祖母からそんな言葉を聞きながら育ちました。

祖母は祖父とのの間に8人の仔を持ち戦時中の困難な時期を、働きづめで働いて困難を乗り越えてきたようです。

第二次世界大戦の敗戦国となった日本は、日本中のみんなが死に物狂いで働いて乗り越えてきた時代があったのだと思います。

近衛兵で皇居の兵役についていた父と、当時女学校に入ったばかりの母が、敗戦を迎え。
戦争から帰って来た青年と女学校を卒業したばかりの子供のような無垢な娘が結婚して。昭和25年のころのことです。

そして翌年母ののおなかの中で、私はやどり昭和27年、私がこの世に生まれました。
そして、そんな私がもうすでに64歳の年を生きています。
飛騨も季節が移り変わるたびに、世の移り変わりという自然の流れの変貌を遂げてきました。

この40〜50年の間に地域は夢がしぼんでしまった村もあり、また日の目を浴びた村もあり。
世界遺産にもなった白川村のごとく世界中から人々が観光に押し寄せる村もあったり。観光の流れはいろんな意味で動いています。

しかし、日本の大方の地方がそうであるかのごとく、少子化の時代になり限界集落などという言葉が横行するようになると。

旧丹生川役場

観光も、行政の手段ではないでしょうか。
特に製造業の根付かない飛騨地区にとっては、平成の大合併という一塊になって「みんなで手を握り合って乗り越えようではないか」という目標に向かって進もうとしている姿勢なのではないかと思うのです。
街中に集中しているイメージと、自然や、原風景などに今の観光の流れが二分化している傾向もあり。日本中温泉が主流になっているので、温泉がかけ流しの源泉がなくても、買取温泉湯でも、まかり通る温泉だということなのです。

どちらかというと飛騨は、山村農業を生業とする地味な生計のもとに細々と暮らしを立ててきた基礎があります。
銭を稼ぐ手段としては一家総手で桑をもり、お蚕様を育て、繭を生産する。
田畑で農耕はもとより、土地のあるものは土地を活かして収入につなげることに知恵を出した。
冬は炭焼きに精を出し。女たちは家の中ですぎごもを編む。
そんな地道な生活をしている暮らしが当たり前の時代でした。

働いても働いても日々たる収入にしかつながらず、だから、農家の中には、「観光」という未知の夢に希望を託す者もあり。また観光客が求める食の豊かさに
「畜産農家」という希望に努力の気がいを見出すものもあり。

それぞれに必死に学び、労力を惜しまず精を込めて頑張ってきた。
積み上げて生きたものがあるのです。
観光という波がこんな飛騨の山奥まで押し寄せてきた。
かつての観光という言葉にはとてつもない大きな夢がありました。

努力の華は同じ気持ちで向かって種まきをはしても、何が花咲くかは、わかりません。ただ種をまかないことには、そこに育つものはなく

自分のまいた種だからこそ刈り取ってみたいものなのです。

かりんのみがたくさん

昨日高山市の観光課のホームページに「弁天荘着物体験館」のバナー広告を張りました。英語のホームページが乗っています。

自分が何を書いているのかわからなくならないために、日本語のホームページを立ち上げてそっくりそのまま英訳して、イングリッシュ版にもバナー広告貼りました。努力の成果が上がってきますようにと。願っています。

高山の観光に来る外国人の目に留まればそのうち、営業数字は発生してくるチャンスもありかと。そんな風に思います。
「弁天荘という宿屋」は日本の犬連れのお客様のために。
「弁天荘着物体験館」は、外国から来るお客様のために。
「ジョンの家は、観光地に行くお客様のペットちゃんのために。

そんな方針がはっきり打ち出されている私の個性と情熱が満載のホームページをリンクしています。
日本よりははるかに昔から。
犬は大切な相棒としての存在が認められてきた英語圏の国々。

私の経営方針が日本よりは、はるかにすんなり受け入れられるはずだと思います。生きてきたことが、向い風に向かって投げてきたさいころの目が、無駄にならないために。積み上げてきたものが、さらなる展開へと進んでいける流れになればと思っています。

そして税金という、重たい響きでのしかかってくる「出し前」よりは、はるかにこぞってお金を出したくなる。
地方紙自体への「広告宣伝のスポンサー」という意欲のほうが
楽しい気持ちになるものだと、つくづく身に染みて感じている昨今です。

北アルプスのふもと丹生川の里

今日のブログも長くなりました。
いつも最後まで読んでくださり、お付き合いくださいまして、ありがとうございました。

高山市の観光課のホームページも見る機会があったら見てくださいね。
ではどうぞ寒暖差のある季節になりました。お風邪など召されませんように。
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11月の連休。まだ少しあきあります。

旅館名裏の散歩道

11月にも連休がある。
しかもそれは土曜日日曜日月曜日と続く3連旧。
平湯あたりの山の紅葉は落ち葉にち被いているが、下呂の川沿いあたりがきれいだと思う。せせらぎ街道や、飛騨川あたりの景色もきれいだと思う。

何しろ私自身が、ここ10年くらい車で走ったことがないので、まぶたの裏に焼き付けた、ひと昔の前の記憶でしかないのが「思う」という表現にとどまることになる。時代はどんどん変わり、テレビの中で名古屋駅前の代名古屋ビルディングが新しく建設されて。
中に、入る商店街も興味深いものがあるように報道されていた。

田舎の叔母さんとしての私は、ひたすら、名古屋の御園座のこけら落とし興業を待つ。そのころにはかなり今よりも体が不自由になり、「冥土の土産に一目見てから」などと理由の所の添え書きをしなくてはならない。体の老いだと思う。
付き添いがなくては行けそうもない。しかし、心待ちに楽しみにしている

幼馴染のキヨちゃんが、勝手口の戸を開けるなり
「年取ったからなのかしらん。季節の移り変わりが早くて速くて。」
なんていいながら、夕方のお手伝いに来てくれた。

わたしも、柿の皮をまな板の上でむきながら、平然と
「本当にそうやよ。ついこのあいだ雪でつぶれたところの後片付けをしていたのに。もういつ雪が降ってもおかしくないほどの寒さや。」
そんな相槌を打った。

今日のお客様は、ほうば味噌の肉入りをフロントでご注文いただいたのだが、夕食を出し終えたら。
「こんなにたくさんあったのでは、別注は食べられそうもないから取り消してほしい」とのこと。

「ふふ、、。そうだわねえ。わかりました。良いですよ」
と伝えてください。

真っ赤な一位のみ

今日の献立は、

〇湯葉とセロリの葉のお吸い物
〇小鉢 赤い大根の酢の物。
〇小鉢 春菊の胡麻和え。
〇野菜サラダ。レタス。トマト。きゅうりの胡麻ドレッシングかけ。
〇しゃぶしゃぶ飛騨牛と野菜の大皿盛。味ボンズたれ。ゴマたれ
〇蓋物里芋の味含め煮。
〇大鉢 山菜そば。
〇秋サケとさつまいもとシイタケのてんぷら。天つゆ。大根おろし。
〇ネギトロ小鉢珍味
〇フルーツ 富裕柿2キレ
〇べったら大根漬け漬物とミョウガ甘酢漬け
〇白飯 飛騨コシヒカリ

本日の献立は以上となる。

天ぷらを上げたので、ついでに今夜の播かない飯は、
天ぷらと里芋の煮つけにした。
サツマイモのてんぷらの後、ごぼうのささがきもあげた。
ご飯の前に、味見をしているだけでおなかがいっぱいになった。

夕方になったらしとしとと雨が降り出しているようだった。
この頃つい食べ過ぎて胃がもたれる。胃薬を飲むことにしよう。

白菜のお漬物

私は少し太りすぎなのでご飯も控えめにするべきといつも思うが、夜中にいろいろなことを考えて腹が立ったりくよくよしたりしていると急におなかがすいてしまう事がある。その時つい口にする甘いものが、とてもいけないことなのです。
「飢え死にするよりも、肥満で死にたい。」
という、かねてからの願望が、高血圧の地獄を引き寄せるのですね。

若い時から、ぽっちゃりとしていたけれど長生きしたければ、粗食に絶えて、よく歩きよく運動をすることだと、私の主治医は言うのだが。
そう遠くもないことに。「せめて御園座のこけら落とし公演を見てから、、。」
なんて欲を出している。

犬たちの顔を見ても猫たちの顔を見ても、そう明日や明後日に死にそうもない顔しているし。私が元気でいてやることが一番なのだろうと思う。
何事にもコツコツ。
明日は文化の日でお休みの日だが。
キヨちゃんも、「すくな祭に寒い中、大勢の人ごみに紛れて、ならんで100円のすくな鍋を食べても、、。カラオケののど自慢聞いていても、、。」
と、あんまりうれしそうではない。
お天気が寒いというだけで、出かけることに耐えられそうもない私は、事務所で伝票の整理でもしていよう。
温風機のほっこりとした温かさに留守番組を決め込むことにした。

明日の天気予想は高山は9値5度。10度を着ると防寒着がほしい。

赤カブ

晩秋の秋を迎える国分寺の黄色いイチョウの葉もハラハラと舞い散ることだろう。
午後からは晴れて気温も少しは上がるらしいので、やれやれ一安心。
そう思います。

いつも最後まで目を通してくださりありがとうございます。
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