3月の3連休

上三之町

春になりました。少し前にふっていた雪も。あっという間に消えて。
やはり春の感じです。
ガラス戸越しに明るい光が゛さして来て。
穏やかな春の兆しに。
私はこんなふうにあと20年くらい生きていければうれしいなーって思いました。
堀井造園さんの社長さんが先日のぞいてくださって。松の木についた。こまかい黒い虫の消毒は天気が落ち着いたら来るからと言っていかれました。
大きな赤松と、こじんまりと整えた黒松が今年の冬に病にかかったようです。

父が赤松は弁天荘の全体を眺めるうえでの品というものだから。「ちゃんと手入れしておけ」と「それが俺の遺言だ」なんて。大げさなこと言うものだから。

冬の全景

お隣の集落の堀井造園さんに電話して頼んでおきました。
なかなか庭の事は専門家でないと難しいものがあります。
お庭もあればあったで手入れしなくてはいけないし。父の言う「品というものを維持して行っているのは私なんですけれど」そんな気がします。
デモそういうことから何から何までを。父は私に任せてくれるのですから。
なんといってもその資金をひねり出して。

「働いて維持費を生み出しているのですから」なんて小声でぐちいいたくなります。「気丈な女将をやれ。そうやって生きていけ。そして自分についてくる従業員を可愛がっいけ」なんていつも私は父に言います。父は今年で95歳。

「今年は俺はきっと死ぬからなあなんて言います。そして俺は。森のうちに暮らそうとしない長男は長男だと認めない。世代の者がみんな辛抱してやりぬいてきた。墓守という仕事もしないで。俺から逃げて歩く夫婦を森の長男とは俺は絶対認めない」。などというのです。頑固な父。私はそんな父が捨てられずに。

ずっと生きてきてしまった。私は父を守りながら本当は父に守られているらしい。
そしてまだこんなことを言い張っている父のそばで暮らしている。

内藤さんお泊り会8人.jpg

今年も春のお客さまからシーズンが始まりかけている。
予約もそこそこ入ってやっぱりお客様有っての宿屋だと思う。
仕事ははーどで大変だけれども。ちょっと辛抱すれば。何を言ってもなじみの顔に。新しいお客様が一緒についてこられて。ジワジワと広がって行くことに。本当に感謝だと思う。献立表書いて注文票も書いて出しておかなくては。
いろいろやることがいっぱいだから。
堀井造園さんが4月に大きい赤松の選定に来るからとのことだった。

いつも来てくれている畑のおじちゃんから、電話があって「今年は冬にけがして。松葉づえで、このあいだ退院してきたから。今年は夏からしか働けそうもない」とのことだった。

人間何処に落とし穴あるかしれない。その人は。樵のアルバイトに行っていて気に打たれて大けがをしたらしい。と風のうわさには聞いていたが。農園の方も人手が足らないから。どこかでシルバーセンターの人を配属してもらうとしよう。
もう一人の農園帳をやって居てくれた人も冬。3年前に樵をしていて。事故で亡くなった。伐採は危険な仕事だと思う。

農園の方は、未だトラクターも入れていないので。
5月の連休前に黒マルチシートを引けばいいのだが。
何かと段取りが大変そう。もう少し暖かくなったら電話しておかなくては。ハローワークやシルバーセンターや。
私の体も腰は痛いし足は日キヅるし。亜脱臼した腕はいつも抜けそうに痛いので。近所の宿屋の連中はみんなひとりヘリ二人減りやめていくばかりなので。

わたしももう3〜4年で宿屋はどうしようかなーなんて思っていたけれど。
おととし、改装工事して。去年ホームページ作って。今年から見る部分で始めてみようと作った。隣の敷地の「着物体験館」まだまだ独り立ちできそうもなく。稼ぐ施設ではないようなので。結局仕事の内容を切り替えるどころか。
また一つ大風呂敷を広げたことにすぎない。やりたい仕事が増えていくばかり。私は結局よくばりなのだろうか。

ゴールデンちゃんの集まり

旅館弁天荘がバックボーンになっていてあげないと。
何とも立ち行かないだろうから。そう思ってしばらくやることにした。
10年だろうか15年だろうか。20年もやれれば御の字だと思う。
折角リピーターのお客さまもついていることだし。
私ががんばっていればいいことだし。

ハローワークに募集して人集めすればいいから。出会いに期待して。乗り越えて行こう。人材は何とかなるだろう。そんなことを想っている。
何とかまだ当分、夢のためにはコツコツと前に進んでいかなくては。
とそんな覚悟することにした。

宿屋の仕事はもともとこれだけ長くやって居るとそのリズムはしみついてしまって。楽しいとすら思うのだから。もう頑張れば〇〇万円という売り上げにも、やはり。魅力と言えば魅力。
スタッフ達も同じような顔ぶれで。笑ながら働いてくれるのだから。
早々たたみこんでしまう事もないと思うのだが。
身体が思うようにいかないときは。どうしようかなーなんて思う。

デモ今年も走り出せばそのリズムが答えられないほどの充実感があって。
私は泣きながら男の後をついて歩いてきた、家庭の主婦ではないことに。
今更気づく。身の丈に合った生き方すればいいのだから。楽しみながら仕事して行こうって思うのです。
飛騨牛しゃぶしゃぶ

昔取った杵柄。ジャジャ馬の血が騒がないでもない。

宿屋はやっぱり楽しいものだから。もう少し続けよう。この間のお客さまも。
「頑張ってやって居てくださいね。」そんな言葉をかけてくださったのだし。

それでは。今夜はこれで。
いつも最後まで目を通してくださりありがとうございます。
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明るい晴れ


水仙さきました。

今日は明るい日差しの梅雨い晴れになった。
お客さまから。
「こちらをお昼頃出ますから。3時か3時半頃には漬けると思います。ところで雪ありますか。」などと電話があった。道路にはすっかり雪らしきものはない。遠くの景色の中に雄大な乗鞍岳や。穂高の連山や白山の山御嶽の山。傘が竹。槍ヶ岳。四方八方が山なのでとてもきれいに見えるだろう。

春になると気候も緩み
空の色が青くはじけてそれはそれは美しいものがある。
その雄大さや偉大さには誰でも立ちすくんでしまうほどの美しさがあり。
人々なんて。
この大自然の中の本のひとかけらにも値しないということが思い知らされる。
人の弱さや人のはかなさ人のもろさなんて。
自然の高貴な美しさの前には。何ともない。ことなのだと思う。
今日のお客さ野もきっとお天気を気になさっていることだろう。
「とても明るくて青空一杯の晴れです。道には雪はありません。」
そう答える私に。「それではよろしく」とおっしゃった。2泊されるお客様。

明日は、別のお客様がまた二組増える。
お天気が良いとお出かけもしたくなるものなのだろう。

雪がどんどん消えていきます。

しばらく書いていなかったブログもそろそろ真面目に書かないと。お客様が目安においでになるのだから。天気はいいがこちらは未だ冬の延長のようなもので車から降りればやはり。上着はあったほうがいいだろう。
気温は15度くらい。
夜はもっと下がる。雪は残雪名残雪程度に山影には残っているところもあり。
未だフキノトウはどこにでもあるというわけにもいかず。
小八賀川の水は温んでいるが。渓流釣り客の姿も今年はまだ見ていない。
3月1日あたりから解禁にはなっているはずなのだが。
そのうち歩いているのを見かけれるのだろうか。

クマもそろそろ冬眠から覚める頃。
春は静かにやってくる。まだその足跡は聞こえてこない。来週くらいから。いややはり19日の連休からだろう。
家のパソコンの残室チェックをしておかなければと思う。では今日のブログはココマテですね。皆さんどうぞお待たせしました。犬連れて遊びに来てくださいね。お待ちしています。

ジョンノ家
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早いですね。もう3月。

静香ちゃんは白シェパード

早いですね。
もう3月あっという間に月日が流れて勃勃と私も本気で働くモードに入らないと。仲居長い冬休みが終わろうとしています。
今年も冬は冬眠だなんて言っていられてありがたかったですね。
それに。今年は雪害らしいものもなく。
ありがたかったです。そろそろ家の周りの雪も消えてきました。
本当に何が何だかあっという間の2か月が過ぎ去って。
サラリーマンや普通のお仕事して見えた人々は。
真面目にコツコツがんばってお仕事して見えたのに。
私は。気ままに寒いときは血管が破裂すると困るから。なんて言っている。

上二之町の風景

そんなやり方許されているので。
許されているのではなく強引に通しているのだけれども。
もうアラ。カン。の年になったのだから。
気ままに暮らしていければいいかなーって思う。
それでもやり足すいい事はいっぱいあって。
何かと忙しく。
猫たちの世話も犬たちの世話もしなければ。
たまには着物体験館も眺めて喜んで眺めている時間もいるし。
何かと大変な無農薬野菜農園も準備しなければまかない種には収穫望めないから。なんといっても体を動かしていると、人生の重たい宿題はとりあえずお預けみたいな気になるから。それでいいような気がするし。

なんだかんだと言っても今年も3月。
頑張って11月いっぱいまで一気に走り抜けて。
今年はじゃらんも楽天も切ったので。
自由に羽ばたけばいいと思って青い空を眺める。
いつも私のブログ読んでくれてありがとう。そんな感謝をして今夜はこれで。
おやすみなさい。

貯あり執大掃除
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