「「古民家アンテークショップきもの」紹介」の記事一覧

いろんな仕事やっていますが心は一つです。

弁天荘全景夏
今のところ一番の弁天荘の稼ぎ頭はペットの宿であることには違いない。
近隣の宿が、ポツリポツリと廃業していくので心さみしい限りとなる。
この地区は高山市内の古い街並みあたりを取り囲む市内の宿とは違って、お客様ののリピーター性を間違うと、大変難しい場所なのかもしれない。
国道158号線沿いに転々と、ひところは宿が45件ばかり並ぶようにあった。
温泉宿でもない。スキー場の宿として。列島改造論に決起盛んな飛騨の田舎にも都会の風が吹き寄せてきて、観光客の波に動いた。「雪。花。サラダ」のスローガンは、いつの間にか静かになってしまった。
また市内観光や乗鞍岳や、飛騨大鍾乳洞などを取り込む観光地の素朴な民宿として発展してきた形になるのだがそれも、泊まるほどの魅力はないということなのらしい。観光の歴史は40年ちょっとの歴史になる。
多くの宿は、おもに団体バスを入れてきたようだ。
古民家囲炉裏夏バージョン
民宿の営業方法でやり続けてきたところもあるし、会員募集の宿としての宿として発展したものもある。
宿の在り方はそれぞれだったが、道路に面した宿が川のほとりに住む人のような、収入源があったということになる。
私の宿は犬猫ペット旅館に切り替えてもう何十年かになる。
お客様は大きく途切れることはなく、私が大きな病気をしたというにもかかわらず、ずっとお客様に守られてきたことは大変ありがたいことだと、この頃は感謝の念が尽きない。お客様はずっと思い出してくださるので、やっていてよかったと思うことばかりです。この頃では同業者もぐっと減り、旅館組合も観光協会の中に所在するのみです。
いよいよ着物着ます
現状は毎年廃業の一途をたどるばかりで、さみしい限りです。
宿が何の目的を持つ人が泊まる宿なのか、はっきりとしないという感じでは「お客様の心にとどまる宿の在り方」が難しい時代になったようです。
変動的な景気情勢や、消費税の値上がりなどでやりにくくなったことは確かです。
今の日本の観光産業は、海外からのお客様を誘致することに熱心だし、飛騨高山に合併してからは、市町村の個性をますます失い、たんに外国人と言ってもその受け入れには大変困難を伴い。一丸となって進むことに難しさを覚えるのは無理もないと思う。
一人二人気ままに部屋を占領する日本人のマナーを、逸脱する海外からのお客さまには対応しかねるということなのだろう。
確かに長時間対応する宿屋は、生活習慣なの違いと、レクチャを受けていない外国人はとても想像を超えた「手の焼くお客さま」には違いないことも、多々あるのだろう。きちんと日本のマナーと観光のルールを教える必要があるのではないだろうか。
それは対応の仕方であり言葉の壁や、接する時間が短ければ短いなりの、どんなふうにおもてなしを、表現するかの提案と空間を、提供するこちら側の問題ではないたでろうかと思う。
私も言葉には自信がない。
言葉以外に表現することは対応し始めてしまえば、何とかなるものだと思って外国人に接している。笑顔で接していれば何とかなるような気がする。
絞りの名古屋帯①
品物を手渡し、お金と変える製品販売とは違う、サービス業なのだから。
しかし時の流れとともに、話し合うこともなく、わたしの宿のやりかたとは異なる、宿屋の火は一つ二つと消え、45軒った宿は13軒どになったのは事実なのだ。経営者もいつの間にか歳も取って、夢もしぼんだということなのだろう。
節する人が対象のサービス業の一環である体験部分が独立していて。
kimonoexperience hallなのだから。
私はその建物のみ外国人専用にしたいと思っている。
囲炉裏を囲んでドイツ
むしろ犬連れのお客様は犬と一緒には入れないということになる。
母屋の古民家の販売の仕方は全く宿屋とは違う形の受け入れにしている。
ということは、よほど事前にホームページなどで知ってから「ぜひ着物体験館を見学したい」とか、「日本の着物を着てみたいとか」言われない限り、次元の違う無用の看板となる事には違いない。
だから今回、のホームページの中にある着物体験館やアンテーク着物ショップとは違う、全く別の独立した着物体験館専用の海外版のホームページを作ることにしました。英語と中国語のホームページで着物体験館の事のみである。
予約も事前に受けられるようにしたい。頑張ってホームページを作り提案することによって道が前に進むような気がするのです。
犬や猫の泊まれる専用の宿ということは、外国人には飛行機に同席してくる犬以外には同行できないので、二週間以上の日本の検閲で犬だけの入国になるし、ビジネスピサでもない限り弾丸ツアーには関係のない宿となる。
だから宿屋は当分はやるがひとまず置いといて今は「着物体験館」が夢広場なのです。
結び帯福良スズメ②
2〜3週間の程度で、日本や韓国や東洋の国を点線する、海外観光客をキャッチするには、よほどの呼び込みルートを持つか、お客様に事前に知ってもらい「ここへ行ってみたい」という強い目的意識を持ってもらうことが必要となる。
日本の国を周遊する海外観光客の人々は、一昔前の日本人が世界中へ観光旅行をしたように。興味と憧れと好奇心というものにあふれた目を輝かした同じ目の輝きを持つ外国人がたくさん歩いている。
外国からたくさんの飛行機が飛んでくるようになった。
あこがれと期待を胸に抱いてくることだろうと思います。
きものきるとはなやかですね。
若い人々で比較的金銭的なゆとりのある客層に的を絞ると、外国人の受け入れは大変金額的にも難しい面があり。
犬の宿の長年のリピーター客を捨てまで。
客層を外国人受け入れに、切り替える必要もないし。
犬の託児所と犬の宿の在り方は弁天荘という蛇の目傘の対の仕事なのです。犬たちがかわいいから車の中に置き去りにはできない。
犬と一緒に泊まれる宿だからこそ。
翌日や前日の「犬の入れない観光地に行く人たちの犬」までもを快く受け入れてあげる必要があるのです。
乗鞍スカイラインも、新保高ロープウエイも、上高地も犬は入れないのですから。
国定公園は動物愛護法で立ち入り禁止ということになりました。
だから「ジョンの家」の存在が必要となるのです。
私は自分の犬だけでなくどんな犬もかわいいので、スペースが空いている限り預かれる施設を作りました。もうその法律が施行されてから10年以上になります。
動物愛護法は自然動物にもその法律の枠は行き届くための法律です。
私は犬も猫も大好きなので、なんといっても犬の宿は、宿屋冥利に尽きる仕事なのです。好きなことを仕事にできるということはそんなに億万長者になれなくとも細々とお客様に守られて営んでいければいい事なのです。
この服装から着物姿に
そして着物体験館も、弁財天の庭を眺めながら古民家の私の生まれ育った家で外国人に着物を着せることは、楽しくうれしい仕事なのです。
何百枚という着物の中から、肌の色身長ウエストサイズ手の長さなどをもとに着物の柄を見立て、帯を見立てることはとても楽しい仕事です。
外国の御嬢さんや奥様達を手軽に、着物を着せてあげるということはとても有意義なやりがいのある文化交流なのです。
余りやっていない活動なのでやりがいもあります。
職人さんの少なくなった今、着物や帯を着せやすく加工してくれる技術者の人と出会う機会がなく常に、常に仕立て屋さん探しをしているようなものです。
でもいつかコツコツと前に進んでいくことを夢見て、10枚20枚と仕立てあがってくる着物に嬉々として楽しんでいます。
楽しみがある仕事ができるということは素敵なことです。
心は一つなのですか、どの仕事も異色な仕事なので。顔は二つということになり、もともとが農家でしたので農家の耕作権は手放さずに、畑に苗を据える時、ここはきゅうりでここは黒ナスでここはズッキーニでこの列はピーマンにしよう。そんな楽しみとよく似た喜びがあります。手におえない広さの耕作地は毎年トラクターを入れて草を策込腐葉土を作る保全地管理です。
収入を得ようとすると、儒惣菜もまかなければならないし、除草剤をまくと犬の散歩には至極悪いということになります。
無農約農園をテーマにしている以上はたとえサービス品でも、安心安全の物を提供したいと心がけています。
遠くに見える乗鞍岳。
「喜びと感激」の因果関係は「心優しい」という根底にある姿勢が大切なのではないかと思う。
私ががまだ残りの余生を好きなことに、目を向けていけるのは、とてもありがたいことだと思う。
パソコンと検索とホームページの世界でいろんな人に知り合えることは、とても素敵な文明の力だと思う。
身体は少し通津不自由になって行っても、できる限り楽しく生きていければ楽しい世界が見えてくる。
ありがたいことだと思う。
私を助けて夢の活動に応援してくれる人々に感謝するばかりです。
いつも最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
廊下
昨日と今日の飛騨高山は雨も降らず、少し寒いですが、
何よりもの観光客日和でした。
白川郷に行かれたお客様が、「びっくりするほど観光客が外国人だらけで。そのまた外国人が、マイペースで橋の上からのんびり写真撮っているので、写真撮り終えるまで長蛇の車の列だったよ。」と苦笑いで帰ってこられました。
岐阜県の白川村も富山の五箇山も世界遺産になっっつているのです。
だからとても多くの外国人が訪れる場所なのです。
お客様にとってはこの宿が懐かしい定宿になっていて、愚痴もこぼされるのがこの宿が「気兼ねない宿のあかし」ですねむ。
色鮮やかな打掛三種
その工法と提供の仕方がみんなの「宿の在り方」とは逸脱しているので、
私の独創的な世界はますます楽しいものになります。
楽しく仕事ができるということはありがたいものですね。感謝です。

明日は商工会セミナー。3回目

あっという間に変身
明日は商工会セミナーの外国人誘致について習ってきます小規模事業継続資金継続の国に申請するレポートも、下見してアドバイスしてもらいます。
明日の先生はとても楽しい先生で昨日の岐阜大学の先生とはぜんぜんちがうお話の仕方なのでつい引き込まれるように話を聞いていると勇気も元気もわいてきます。明日の12時゛20分に家を出て仔今度の会場は高山市国府町。
また商工会の職員さんが迎えに来てくださるので申し訳ないくらいありがたいです。
いよいよ着物着ます
きものは順調に加工して揃えていく準備しています。
昨日の大散財の修繕が落ち着いたらまた稼いだ分資本投資です。
やっぱり夕日かなー。
黄昏の光を感じながら進む仕事より。
未知の未来の光に向かって進む仕事のほうがなんじゅうばいたのしいかしれませんね。
お客様の口コミがどんどん広がって。
そこそこの夢の花のつぼみが咲き始めることを祈って。
じゅんびゅをしている間からとっても楽しいです。
私は玄関の屋根雪下ろししなかったおかげてで、へ仕込めてしまって、大散財作ったのに。昨日はかなりしょげていましたが、めげないおばちゃんです。
お金を査定してもらって調達していく見通しがつけば、喉元と織ればばやれやれなのですすぐ修繕してもらって、元道理にしてお客様をお招きするようにしなければなります。今年は大きな雪害ですトヨはほとんどダメになっています。これだけの只広い家の周りを雨どいが破損すると物入りなことです。
古民家着物体験館全景
トタンの長尺の竿のところも氷で凹みが出ています。
建物の修繕費は、結構まとまった金額になるので保険で100パーセントが賄えるわけではなく、結局は出費なのです。
世の中何が起きるかわからないので頑張るより仕方ないのです。
歩くのは自分なのですから。
きものを見ているとうっとりします。
かわいらしい友禅柄の小紋や懐かしい絞りの柄の帯も。
そんな楽しかった娘時代を思い出させてくれます。
着物を着て大はしゃぎの中国娘
私は出来上がってきた着物を着せてあげられる日が楽しくて仕方ありません。
私は着物着せて、あっという間に変身。若い外国の娘さんたちの、笑顔の中にいることは若返ります。
今日は短くしました。最後まで読んでくださりありがとうございます。
飛騨の春はちょうど3月20過ぎて雪が解ける頃から始まります。
4月14日15日は高山祭です。
春祭りから秋祭の間しっかり稼がなくてはって今年も頑張るぞなんて気合い入れています。
弁天荘ジョンの家から見る前景.jpg

着物体験の予約が入っていました。

着物体験館に中国からの娘さんが7人着物着たいとの予約が入っていました。
12月14日日曜日。選挙の投票日でもあります。
おりしも35センチの積雪。
飛騨地方は大雪になってしまい。雪かきに大騒動です。
前の日まで選挙の車が名前を連呼していましたが。
こんな雪かきで追われる日に、「選挙なんて」と恨めしく思いました。
668g
私たちの地区の国会議員は2人当選確実でした。
何も変わり映えしそうにはありませんが、一応風が吹くかどうかすらもわかりません。本日15日になって、やれやれという感じでホッとしています。
この地区は田舎なので、国会議員の数も少なく。
庶民にとっては永田町の風邪はいつ吹いてくるのか。
株も買っていないのであんまり「儲かった感」はありません。
でも田舎だからこそ、頼みの綱にするのは、政治家なのかもしれませんが。
この服装で見えました。
先日日本の会社より正式に、着物体験館に予約いただいていた
中国からの娘さんたちが、にぎやかに訪れてくれました。
囲炉裏に炭火をたいてお待ちしていました。
館内はあちらこちらに温風機おいて暖かくしておきました。
それでも大雪の降る日です。
いつものように私の着物体験課では洋服の上から着物着せるのですが。
足袋靴下をははいてもらい。ズボン、Tシャツの上から襦袢を着せ、着物を着せ帯をして、一人10分くらいで着物姿に変身。
外国の娘さんとは思えないほどの日本の娘さんとなんら変わらない
姿になりました。
囲炉裏の周りにも座布団を敷いて座りました。
若いということは、日本ののむすめさんとかわりませんね。
みんな大喜びです。
館がとても華やかになり、明るい笑い声で、いっぱいになりました。
旅館スタッフも、急きょ着物体験館のスタッフになりあっという間の時間でした。
若いということはいいものですね。どんな着物もよく似合います。
私は子供がいませんので。
たとえ外国の娘さん達にでも。
着物を若い娘さんに着せることは、楽しくって仕方ありません。
犬の宿のおばさんは、冬の平日は女将の仕事もお休みして、着物体験館のおばさんになります。
助手は旅館のスタッフです。
その人用の着物を選びユニフォームにしました。
着てしまえば何とか様になるものです。
中国の娘さん達7人
楽しい一時が、あっという間に過ぎました。
一番楽しんでいるのは私かもしれません。
私は丸々としたセイターといういでたちなのですが、「おばさーン可愛い」とみんな慕ってくれます。
気軽にに影のたて立役者がやれれば、ほんもうですね。
着物は正絹のあわせのものですから冬は暖かいです。
今回は若いので皆帯付きにしておきました。
事前予約で、私のコーディネイトした着物一式着付け料金3000円消費税別。
国際親善ができて、少しはお金ももらえるので。
体験ということは、これから先もそこそこ口コミでヒットっとするかもしれませんね。手ごたえは感じています。喜び方が違うので反応は上々です。
館内はアンテークの着物も飾っています。
新しい現代きものも、時折大衣桁にかけ替えて飾っています。
体験館では着物は売らないことにしました。
お土産も今のところは考えないようにします。
着物体験一本に絞ろうと思います。そのほうが安心してくつろいでもらえます。
ファッションに興味あるのは若い娘さん達です。
館内が華やぐのはとても楽しいものです。
喜んでもらえれば、若いころからの知識や趣味で買い集めたきものが、役立ってくれれば何よりです。着物たちも箪笥から出してもらえて喜んでいることでしょう。
着せるのが約一人10分。
館内でくつろいでもらうのが2時間。お茶とお菓子も出します。
写メレジカメ、写真撮り放題。同時対応10人まで。
去年のドイツ人の娘さんの次は、中国人。
動く体験観光は私のアイディア。
織り元でも染元でもないから館ごときかかがるにできる。体験の館。
今回は日本の会社から正式に予約もらい。引き受けました。
「日本の楽しい思い出」を作ってあげたいそうです。
お支払いの時、「素敵なサンタクロースさんですね。」と言いましたら、
少し照れて見えました。
きものをきるとはなやかですね。
この人たちは中国からの研修生さんらしいです。
つまりワゴンに乗せてきた中年男性は、会社の上司。
自分の娘を見るように「ありがとうございました」と丁寧に、私にお礼を言っていただきました。
体験課の存在は、旅行客だけではないのだということを知りました。
この企画を立てて連れていらったのが富山からでした。中国から働きに来ている娘さん達は、大喜びであっという間の楽しい一時を終えて、ちょっとした小旅行をしたのかもしれません。
着物体験館助手
私たちは手を振ってお見送りしました。
次はどこの国の御嬢さんたちでしょう。
新しい仕事はたのしいですねー。
未知への夢が広がります。言葉は通じないけれど何とかなるものです。
世界共通。笑い声はみんなキゃハハとかワハハとか。
笑顔は世界共通なのだということを発見しました。
ではクリスマスもお正月ももうすぐです。
いつもブログ最後まで読んでくださりありがとうございます。
寒いですが明日も良い日でありますように。

観光経済新聞に載りました。11/8

11月8日付の観光経済新聞に「よその旅館ホテルという欄」で旅館弁天荘の事が乗りました。全国紙ですが。一週間に一度発行の業界紙です。
弁天荘はペットの宿であること。
夏はお泊りのお客様に、無農薬もぎ取り農園でバケツ一杯取り放題で、お好きな野菜を収穫体験いただいてお土産サービス居していること。
冬は旅館のほうは、1月15日から3月19日まで冬休みをするが、その期間は、私の生まれて育った生家の古民家で。外国人相手の「着物体験館」をやっていることなどが記事になって、紹介されていた。
囲炉裏を囲んでドイツ
ふうがわりないきかたをしつづけているので、物珍しいと思う人に。
私の生き方が目に留まったのだろう。
突然インタビュの電話が入り新聞の記事となった。
まったくの無料で宣伝してもらったので、ありがたいとおもう。
記事は見る人は見るだろうし。新聞や広告宣伝紙に枠取って出せばかなりの費用となる。
どこのどなたが推薦していただいたかは知らないが、陰で応援してくださる方があるということはとてもありがたいことだと思う。本当におかげさまです。
弁天荘全景夏
外国人の中にはとても着物にあこがれてくる人はたくさんあるけれど着物を旅行中や滞在中に着ることなどはほとんとどない。
またその着物も外国人にとっては着方もわからなければ、お土産に中古の着物を買って帰った外国人は、たまたま風呂上りの上に素肌で絹のをタオル時のバスローブのようにまとい腰ひもで結んでいるのを見たことがあったが。それは決して正しい利用の仕方ではない。
汗取りのコットンと絹物は決して同格ではないから。
絹の着物は、肌触りも良いのですか湿気や水濡れを嫌います。
発想の違いもあるがドレスのように二部式というのとは違う。
二部式の着物もあるが。あれでは、きちんと着物を着るということにはならないような気がする。何か厳粛な民族衣装という感じにはならないのだ。
二部式着物その一
そこで、二部式仕立てに仕立て直せば気安くなるのではと思い。着物を巻スカートと上着部分とに仕立て直してもらうことにしました。
あくまでも正式に着物を着つけたようんな、感じに仕上がるように体験してもらう。帯もつくり帯にしましたた。
すると意外に簡単にきちんと着物を着たように感じられ写真写りも何らおかしなところはないので。自分のの変身ぶりにまず感激される外国の方が多い。
私は何しろ「ウエルカムサンキュウと、プリーズと、ノウ」しか言えない、生粋の飛騨人なのですから。
こんなことを威張っていてもいけないのだが。「笑」
「ジィスイズ足袋ソックス。プリーズ。」なんという感じで何とかなる。
外人は特に人前で裸になることを嫌う人が多いので、ズボンとティシャツは着たままで二部式の襦袢から、補正のバスタオルとボディを着物よぅのずんど型に補正して着物を着せる。
男も紋付き袴を着せる。なかなか様になるものだ。2時間セットのコースの中で。いろんなことを体験してもらう。民家でくつろぐことそしてお茶を飲むこと。
自分たちのお国の言葉で、感想を書いた色紙の寄せ書きを作って、その着物変身姿を、レジカメで写真を取り合い。楽しい笑顔が広まる。
囲炉裏の周りに集まって。土瓶で緑茶のお茶を出す。駄菓子も出す。
いろりでお茶を飲んでからまた別室で着物を脱ぐ。
そこまでが体験館の1コースとなる。なかなか忙しい宿屋と掛け持ちではできないことになるので家族ぐるみでもてなして、楽しい時間を共有する。
色内掛け孔雀
着付け体験せず館内を見学だけの人は洋服の上から羽織や道行きにそでを通して、
きらびやかな現代きものや100年前の案テークの着物などを、眺めてもらってお茶を振舞う。抹茶ではなく普通の土瓶で出す煎茶ゃがいいのだ。外国人が好きであろうと嫌いであろうとケーキではなく駄菓子がいい。ケーキに紅茶は日本でも普通に飲んだり食べたりしているがそれは世界中一緒で。日本のビルに囲まれた東京や名古屋や大阪やちょっといけばある大都会の街は、世界中にある変わり映えしないビルの街ということになる。
日本らしいくつろぎをかいまいま見るのは、体験なのだから。
体験は一生忘れられないことにつながると思う。
ホテルの一室で外人に着物を着せたところでいまひとつ。その感動は生まれないような気がする。
手間暇かけて、自分も楽しみながらおもてなしするから、喜んでもらえるのだと感じている。
テレビで着物をお土産に買って帰った外国人が来ている姿を見て
「ああー間違った着物の伝わり方なんだ」ととても憂いを持って眺めていました。
着物文化は日本文化の一つなのです。
まるで違う発想はどう使おうとコーディネートの仕方はいいのですが。
せっかくの日本の着物を簡単に、素敵に着こなしはてほしいと思うのは私だけでしょうか。
大体において日本人も着物を着なくなったのは、ひとりでは、着物を着れない。
たためない。時折虫干し管理も面倒だ。第一きものは活動的ではない。
そういうところから着物離れが、始まっているのではないでしょうか。
残念なのですがそれが現実です。
きものは、元来長い布をを、そのまま縫い合わせているだけなので、ほどけばまた元の長さのままの布に復活します。まだまだ使えそうな布になります。
痛んだものは外して袋物や、前掛けなどにして旅館の売店に置きます。
きもの布で作った小物です。
冬は雪の降り積もる窓辺で、暖かいストーブたいて、テレビやラジオ聞いて布にアイロン掛けたり、着物の脱い糸をほどいたりしながら過ごしています。
忙しくはたらく宿の夏場とは違って、のんびりできる一時です。
長椅子長居充電期間に入ります。
もう年取ったから赤い着物もピンクの着物も切れないけれど、素敵な振袖や訪問着をなどを見ていると、とてもうっとりします。
眺めているだけでも楽しいものです。
こうゆう冬の過ごし方も私の一年のサイクルになりました。
色鮮やかな打掛三種
人世どこに目を向けて生きるかが、ひとそれぞけのいきかたにつながるのですね。
寒い冬がすぐそこまで着ています。私の暮らすにゅうかわの里はまだ雪は降っていません。ありがたいことです。

寒い朝。挽愁の秋を迎えて。

秋の色です。
飛騨高山はすっかり秋色の世界です。
今日の飛騨高山にゅうかわ地区はとても「寒い朝」でした。
私の中学生の頃だったでしょうか。
今でいう大女優の吉永小百合と演歌界の大御所橋幸雄の「寒い朝」というディエット曲を思い出します。
まだ二人ともとても若くて初々しかったころです。
「北風吹きぬく〜寒い朝も〜」という謡だしだったかしら。
レコードのどナッツ版の世界です。
ビデオテープもシィデイもない時代。
平成生まれの人たちがもうすっかり大人になって活躍しているのですから。
何かもう。すごく大昔の話ですが、年寄の昔話と思って聞いてください。
私たちの育った時代は昭和という時代は、今から振り返るとセピア色のすごい古ぼけた感じの時代だったのかもしれません。
戦後からの復興の時代だったのですね。そして人々は頑張って汗流して働けば手に入る幸せだと思わざるを得ない時代だったのかもしれませんね。
いろんな家庭の電化製品が庶民のほしい三種の神器だったです。
テレビ。洗濯機。冷蔵庫は、なんといってもそろえたい中流家庭の目標でした。
秋が深まっています
だから私たちは、戦後の子という言葉の中の詰め込み教育の中で育ちました。
一生懸命勉強して、一生懸命外で遊びなさい。
幼稚園もなかったし保育園も遠かったので、幼い時から近所の中学生くらいの大きいおねいちゃんや、お兄ちゃんと遊びました。
集落の子供達が、みんなでそろって遊んでいました。
だからいじめなんかはありませんでした。
大きい子はリヤカーを引き、ちいさい子はそのリヤカーに乗せてもらうのが、何よりも楽しい事でした。みんなで大はしゃぎのリヤカー競争。
黄色い声を出して、はしゃいでいたことを今でも忘れられません。
いまだに集落の中では、何々ちゃんで通ります。
名字より名前です。個性ということでしょうか。
きものお手入れ中虫干ししています。
私はそんな平和な生活の拠点であった、このにゅうかわという山里に。
今ものどかに暮らしています。いつ他の時代の波の中を、冬は林業。夏は農家という大昔から変わらぬ生活スタイルに、観光へときリ変えた父の黒船に乗って。
それが今となっては泥舟だったのかもしれませんが、高山は「ディスカバジャパン」の国鉄のキャンペーンの風に乗って、日の目を浴びた郷愁の観光地です。
わたしもそこに育ってきた飛騨人の一人です。
今年は高山線開通80周年の節目の年でもあります。
私の育つ時代、その時代すらも、もう大昔というレトロという言葉の中に押し込められる事になりました。
レトロを懐かしんだり、かえって新しくものを見るように、感動してくださればそれはそれでいいことなのです。
努力も義理も人情の人心もみんな薄れてきてしまって、過去を捨てて全身の実の現代は自分の影ふみもできない日本人なのかもしれません。
もう前に進むことしか考えなくなっている日本人。少しさみしい感じです。
きもの一つをとっても、懐かしみ、手に取り少しその思い出に浸る時間も大切かと思います。お姑さんの大切にしてきた着物は、初七日が終わると、さっさとごみ袋に突っ込んでごみ収集に出して捨ててしまう時代。
「もったいない」というと、「背丈や寸法も違うし、流行も違う。
それに古臭いものを何の利用もできないし、手入れなんてできない。」
という声が帰ってくる。
過去に戻ることは恥ずかしいことのように、考える現代の風潮にいささか物申したい気分ですがそれも時代の波なのかもしれません。
どんな高価な着物でも、今の着物や帯に比べると確かに見劣りする古臭いものかもしれません。お金の価値よりも、愛着のほうが先に立つのかもしれません。
だからこそ。むしろよけい、捨てたくなってしまうのでしょうか。
複雑な感情が見え隠れしますが「姑の着物を売りに言ったら一枚800円だったよ。あんなにいい着物だから。これは高かったのだから」と言われていたからもう少し出るかと思ったのにね。そんな話をよく聞きます。
ほどいたきもの時がよみがえります。
今年の秋は着物体験館のさらなる準備として、たくさんの着物を買い付けました。
近所の人からは恐れ多くて、古物商の免許は持っていますが買い付けることは出来そうもなく、インターネットなどで買っています。
季節の気分を変えて、とっかえひっかえ展示しはて行ければ。
楽しいかなーと思います。土蔵蔵から古い着物も見つけてきました。
今のところ宿の小さな売店に、着物をほどいた袋物などを置いています。
きもののはしキレなども材料としておいています。
お気に召すものがあればお買い求めください。
すべて絹です。正絹の物は触っていても手触りがいいものです。そして絹は冬暖かくて夏涼しい。何しろ絹はお蚕さんが命を履いて作った糸なのです。
現代の化学繊維とは違った良さがあります。
着物や道行きコートなどをほどき糸くずを取りアイロンをかけて、二尺寸法ではさみを入れています。約一メートル程度の長さです。
100円から400円程度の値段です。
何かしら小間物を作るときとても便利です。手芸好きなお友達やむすめさんへのおみやげにしてくださいね。
袋物にしたり、前掛けにしたり、あずま袋にしたり加工してくれるチームは、
老人介護施設のボランティア活動をしているのは素人集団です。
この地域の農家の閑散期に。お茶菓子持って集まって、楽しみながら活動している老夫人たちです。
子育ても終わって嫁育ても終わった、孫のお守すらもなくなっった、元気な人々のようです。
「いずれは私達だって、老人介護の予備軍だよー」などと言い合って楽しく集まっては作業してくれます。
加工賃に、私は一作品に250円の手間賃を支払うことにしました。
そのボランティアグループは売り上げを、そっくりためていて寄付活動に使うそうです。素晴らしい活動だと思いませんか。
何の役員でも何でもない、ただの農家のおばちゃん屋まだまだね付してはおられないというおばあちゃん達の集団です。
ミシンかけたり紐を閉じたりするのです。
私もそんな作業を知って形は違うのですが陰ながら応援することにしました。巡り巡ってこの気持ちが善意として役に立てばありがたいです。
みんなで助け合うのが日本人のいいところですから。
きもの布で作った小物です。
自分で作品を作って、委託でおいている人もありますが。
今年から冬仕事に、和服を着た時にもちょっとまきつけるエプロンや前掛けを作ることにしました。布地をを選び。デザインを支持して縫い糸も選び渡します。
すべてが一点物に近い感じのものです。
洋服の時にも使えます。
晴れ着も自宅にいる時は同じ絹の物で、腰にまとっていれば犬が飛びついてー来ても汚れません。
法事や結婚式の留袖や、そんな時に断然活躍することでしょう。
ちょっとした工夫で着物を大切に着られれます。
そして犬たちを大事な服を着ているから大事な着物を着ているからと邪険に扱わないでも済む。そんな巻きスカートを作ることにしました。
考えようによってはジーパンの上にも巻きつけてニューファッションになるかもしれません。
外国の人たちは和柄が大好きな人も居ます。
彼ら彼女らはコーディートは抜群です。
だから私は着物を今期にほどいてもう一度加工して、再生の命を吹き込みたいのです。その収益が老人福祉活動の資金になれば。
其れこそ趣味の華が咲く、ささやかな蓮華畑のようですね。
現代生活の真逆にありながら、着物にあこがれる和服という民族衣装は活動的な生活とは真逆の性質をもつものなので。
着慣れていない現代の人たちは、一度着るたびにクリーニングというのも切ないものです。何とか虫干しの時にでも、家の中に風を入れ陰干ししながらももう一度管理をしてみたいものです。
着物を解くこともアイロンをかけて糸ののごみを取ることも根気のいるコツコツとした仕事です。お金になる仕事ではありませんが楽しみを産む仕事です。
退屈で寒い冬を楽しく乗り切るために。お金じゃないのよ。ハートだよと一人つぶやきながら着物をほどい酢ています。着物を縫ってたことがあるから、着物ほどけるのです。
小さな売店
弁天荘の人が一人立つといっぱいの本当に小さな売店で、そんな「女将の気持」ちを見つけてもらえれば幸いです。
寒くなりました。風邪などひかれませんように。
いつも最後まで読んでくださり、ありがとうございます。