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昨夜の雨雷はすごかったです。

6月に入ってグづついたお天気が続いています。
飛騨牛しゃぶしゃぶ
朝すごく晴れていると思えばあっという間に曇り夕方にはものすごい勢いで雨雷。嵐です。田舎は都会のように明るくないので怖さ増します。
今年の梅雨はめちゃくちゃ蒸し暑いというほどでもなく何となく肌寒いという方が強いみたいです。
N江地形の再放送で悪心を見て夜が明けました。「おしん」は何度見ても涙がにじんでくる場面がたくさんあって、橋田菅子という作家の対策にいつも心を打たれています。
もう何十年も前に放送された15分の朝ドラなのですが。現代歴史と重なるストーリーはなんといっても感動します。
玄関
そのころのわが家の歴史と比べると決して豊かとはいえない飛騨の中で、御蚕様を育てることでの内からの収入以外の得るものがあったようで。忙しく男衆やおなご衆の働く中で子守のお住さんの背中で育ったとのことです。
あのころの時代はトラクターもないし耕耘機すらないので、鍬で田お越しをする専らの人開戦術だったり
するのですから大変な作業です。
田んぼは稲策が中心で田植えも稲刈りもみんなひと手間中心。
そんな中で飛騨も養蚕が普及して来て、どうにか日本の各地に栄えた産業として根付いていったようです。
弁天荘の庭
それが明治から大正にかけての近代日本の姿。
そして第二次世界大戦を経て、昭和があり平成があり。
今は令和という時代になり。
これから始まる令和に昔の人々の苦しい歴史があってこそ。今の私たちの平和な日本の暮らしがあるのだと感謝するのみです。
皆様お体を大切に。今夜はこれで最後まで読んでくださりありがとうございました。
希少価値のガラス戸

弁天荘ロビー

もうすぐ春ですね。

嬉しいねと見上げてお話している犬達
春が行ったり来たりしています。
ダウンコートはかたずけて。
もうすぐ花が咲くと喜んでいたら。
なんということでしょう。雪が降るなんて。
雪が降るということは想定外のお彼岸様になりました。
お墓参りに雪が降ったり。
北関東の方が相当たいへんなことになっているのをテレビで見ました。
思い出のアルバム
雪が降らないところが相当たいへんなことになっていました。
飛騨は積雪量が今年はそれほど沢山でもなかったのですが。
寒さだけは人一倍強くて雪が降らないときよりも、雪が降った時の方が暖かいような気がします。
雪が降るということは湿度があるということなのでしょうか。
明日あたりからは本当に温かさが戻ってくるということですが、なかなか気候の変動が激しくて大変な春。直前ですね。
高山祭の登り旗が高山駅前に立ちました。
4月の14日15日がお天気が良ければ、山車が並び桜の花が開花して。
素晴らしい春祭りになります。ぜひおいでください。
桜の開花ご予約ください。お待ちしています。

水道凍ってしまいました。

中庭がこんなに雪だらけ
さむい。マイナス12度。
部屋の中ではストーブたいているので。それほど寒くは感じていなかったのですか。電熱線で播いていても。それでも追い付かないほどの
やはり日陰は凍るのですね。この場所はいつもこの季節は油断しているとそうゆうともあるのですから。
「まいったよー。」叔母が第一声に飛んできた。
凍結しているところがあるらしい。
私は昨夜遣り掛けの仕事かたずけていたら夜中になってしまったので、ひたすらベットから起きられず。ぶら下がったつららを叩き落としておかないといけないなんて。ちょっとうとうとしながら現実の事を考えていた。
一人で管理していたことなので。そうゆう事の日常茶飯事だったりで。さして驚くことではないが。運営維持費がかさむ今の時期は。頭の痛い事ばかりだ。
ちょっと、書きかけで中断する。
父と叔母が口げんかしている。育ったころのことだから。
言い合いしているので私が生まれる15年も前の事。
「まあまあ」ってなだめて。帰ってきた。
そして、私は設備屋のあれこれやっている母屋に戻った。
母屋でよかった。次から次と電熱かけていくのだがなかなか解けない。
あちこちから凍らせたみたいで電話かかっている。
「弁天荘が済んでからそちらへ伺いますから。」なんて返事している。
どこもそこそこ地元では名の通ったホテルや旅館。
現実は夜勤のフロントマンがいても。
こういう事態は引き起こるようだ。
今朝はマイナス12度。獅子山の温度計は、マイナス14度くらいになってい居たかもしれない。
明日も明後日も大寒だから。部品が来たらすぐきますからと帰って行った。
お客様の関係するところでなくてよかった。
素直な気持ちでホッとしているが。
母屋だって私の管理するところなのに。
父が邪魔で大工も入れられない。何にもしないほうがいいに決まっているから。
春になっても景気が良くなるとは限らないし。
お金はずっと、同じプールにあるとは限らないし。
亭主が残ししてくれた保険のお金は病院代と。お坊さんに渡すお寺の費用に消えちゃって。
近所の人が言うほど。別会計があるわけではない。
だからアクシデントが起こるたびに。ああー今度はココかーなんて。
走り回っているだけ。
でもその都度設備屋も電気屋も大工もクロス屋も板金屋も、みんな一番に飛んできてくれるから。
雪庇の雪
とりあえずの応急処置して。
私は大きな輪でまもられているんたっていつも思う。
今日たまたま。fBで「日本髪研究」している人の投稿記事を、ずっと見ていて。
「世の中にはこうゆうことにチャレンジしている人もあるんだなー。」
といろいろさかのぼって見ていた。
相対的にはとても興味深く。勉強になった。
今の時代ここにない、情報があふれている。
どんな山奥でも得られる情報と知識があり。
素直にその知識や。興味あることは学んで取り入れて行けばいいのだと思う。
私の得意としてきた世界は。
「家庭料理の事」と。「畑の事」と。「犬の事」と「和裁の事」と。そして稼ぎ頭の「旅館のこと」くらいだもの。
意固地に受付拒否の反応しめすことではないし。
「奥が深いんだ」ってことくらいしか。感じられなかったたけれど。
早々もっと心の窓を大きく開けないと。知りたいことがたくさんある。
もっともっとおおらかな私が形成できない。
そう思って少し「神棚から牡丹餅落ちてくる気分」で素直に見させてもらった。
神棚の牡丹餅も、飾った手ママではかびてしまう。
つつくか。くらかけに登って下げまわさなければ、自分の功徳にはできないのだから。
人には結構いろんな事いうのだけれども。「自分のことを正しいと」それらしいこと思っていってしまうし。
言わずに胸に掲げてしまったら。また病気になるし。
たいていの人は。見てみるふりをしたり。
にこにこと寄り添って、本人が一番ほしい言葉であろう言葉を選んで。
添えているものなのだろうが。
真っ赤な一位のみ
なかなか人間なんてすべてが苦悩の人であり。どんなに年食っていても。
菩薩には到底。程遠いものなのだから。悟りなんて開けないのだからー。
毎日が維持するだけで大変なのだから。そんなに深く考え込まないで。知識やそういう人達も一緒にこの地球上に息して物食べて暮らしているんだからくらいに思って。眺めればいいものを。
高校時代。弁論大会に出ていきなり最優秀賞もらった。ライオンズクラブの主催した。「飛騨の地で清く正しく生きて」なんていうタイトルの。
そんな高校時代がやたらに懐かしい。
あの時学校が複勝にメダルくれて。ライオンズクラブで活躍していた人たちもみんな死んでしまってこの世にはいない。ディズニイランドができたその年に。おじいちゃん社長さん達と。名鉄観光の営業本部長さんと私とで。おじいちゃんたちと孫のような珍道中。「森茂一くんのおまごさんかねー」なんて言われて。「はい。そうです。」なんて。結局、祖父の七光り。
私は恵まれたデビュウして。恵まれた下敷きの上に。わがままを通してきただけ。
5人で回ったあのシンデレラ城の前のミッキーのショウも。
いまだに変わらないでいるだろうか。
型破りな人生を楽しく過ごしてこれたような気がする。私は囲えるような人ではないので。女ひとりで歩いてきたようなものだけれども囲い者にもならず。はみ出し野郎のような。好きなことだけやって生きてきた。
違うんだ。こんな道もあったのだからと。今は集めてきたコレクション。
披露する場所がなくって。自分で体験館作っただけ。
一人の宝物にして楽しんでいる。なんというわがままで贅沢なことだろうと思う。
普通のサラリーマンが「あくせくしているお金という報酬を」
そんなに「無理しなくても。何とかなるものだもの」だなんて。
さらりと言うから。敵を買って。
名古屋からの源泉の国税査察チームの。立ち寄りうけてしまう。
お客様に。「やっと一人前の扱いされたのだから。頑張りなさい」なんて、なだめられて。どこまで行ってもこの繰り返しのようだから。
どこかで手放そうなんて。思ってしまう。
人生設計を一人で勝手に引いてみては。消しゴム片手に書いたり消したり。
何がいいのかしれないけれど。好きなだけ好きなことやって。生きてきたのだから。楽しかったと言える人生の終盤迎えたいから。
無駄に時は過ごせない。自分磨きの時を過ごさないと。
私は景色を見たいのであって。生々しい人を見たいのでない。
穏やかな光の中にただずむゆとりで゜暮らしたいのだが。
そこにいっぱいの私のお茶碗があればいいだけ。
人のありようを見るのなら。心も通い血も通う。そんな生き方したいだけ。
今が私の修業の時と。下り坂で目にする咲く花もかわいいものだ。
そんなゆとりで周りの人々を見ると。
素直にこの世に紹介してあげたい。褒めてあげたい人ばかり。
自分の家族を人前でほめる奴はは大馬鹿で。
他人だから、褒められるのだと思う。
たたえてあげられることの心のゆとりを、持ち続けることは大切と思う。
飛騨の大茄子のナス焼き
そして。素直でない人の心の中に。
ちょこっと安らぎみたいなものでいられるとしたら。
私は私として生きて頑張ったのだからと。その生き甲斐いになれると思う。
そして投げ出した人生ではない。
景色の中で自然に溶け込むように暮らしていければそれだけで。嬉しい。
静かに暮らすために。まだもう少し頑張ってみよう。って思う。
そしたらきっと。「もう少しだけ生きていなさい」なんて。
素敵なご褒美くださるだろうから。
生きていることの喜びを感じるような胸の膨らむ、ご褒美があるかもしれないから。
大雪に大寒波と神様の試練の時はたくさんあるけれど。
きっと私が人とは違うところは、真っすぐなところ。一途に走っていく事。
でも今までは間違いでなかった。
これからはすこしそのその直進に。パラレルスキーやボーゲンのように。
少し柔軟なゆとりつけて生きよう。
そうしたら。夕日が楽しく長く感じていられるから。
あったかい気持ちで暮らしたい。
そんな気持ちでわしはこの地の土になりたいと思っている。
今は誰と引く人生設計なのか。具体的なものは何一つなく。
希少価値のガラス戸
ぼんやり「王子さま」ではなく。「大爺様になれそうな」そんな人に。
犬ではなくて人に。
なんて思ってしまう。楽しい事ではないか。
人世は。とてつもなく楽しいものだから。
たった1つのオリジナルの生き方は。
やっぱりそれも私の宝物だと思う。
明日も寒さとの戦いです。ほっこりとした生き方したいですね。
では今日のブログはこんなところにしておきます。ありがとうございました。

畑の野菜いろいろな種類取れます。

青いトマトが色つき始めました。
夕方灼熱の太陽が山影に沈んでから、畑に出かけて来ました。
今とれ頃の野菜は①きゅうりと②ナスと③ピーマンと④穂高いんげんと⑤モロッコいんげんそうめん南瓜にしし唐、栗かぼちゃです。
などがたくさん取れます。おクラはもうすぐ。スイカとなし瓜と、トウモロコシサツマイモはまだですね。
暑いのできゅうりはもうすぐ終わりそうです。
3回目のきゅうりとズッキーニの種をまきました。
雨が降る日がまだ当分わかりませんので、芽が出て来ても暑い畑には植えられませんね。
お天気の様子を見てあいたところに植えようと思います。
昨日種まきしたポットをジョンノ家の玄関の所に据えました。
水やりが遠いとこの暑さでは苦労しますので犬たちの世話をしている時にほんの少しの苗の数ですので面倒見れば枯れずに育つと思います。
夕立すらも降らず今日も暑さのピークは3時ころでした。
トマトは今年は赤くなっています。畑で完熟した桃太郎トマトは温室トマトと違って太陽の甘みがあります。
ゆでた手のささげはマヨネーズ
今日のお客様のサラダにきゅうりもトマトも自家製野菜を使いました。
預かっているプードル犬がおとなしくしていますので、これから行って話しかけてあげようかと思います。
さみしくおとなしくしているようなのでおやつと夕ご飯を早めに与えて「あとで来るからね。お利口でお留守番していてね。」
と言いました。目が切ないような目で。とてもかわいかったです。
犬の良さは、そこにあるのかもしれません。
大きなケージの中でいつも使っているのでしょう丸いベットの中にうずくまって、見上げてきます。
「おばちゃんところに、あずかった以上は心配することないよ。安心して。夕方になるからクーラー切るけれど。大丈夫だからね。」
犬語はわかりませんが、目と目でお話ができるのです。
今日もそんな一日が過ぎていきました。
宿にはのんびりとゆったりお泊りになられているお客様が二組。
平日ですから今度の8/1日よりは少ない人数です。
今日は高山市の花火大会のようです。
丹生川町の花火大会は8/1日の土曜日です。
道路端の葵
今日も暑かったですね。いつも読んでくださりありがとうございます。
飛騨は夜になると天国のように涼しくなります。
海抜がたかいせいでしょうか。