弁天荘女将からご挨拶

女将のご挨拶

女将のご挨拶

弁天荘はペットと一緒に泊まれる宿です。
長い間ご支援いただきました。リピーターの皆様のおかげさまで私は20歳からかれこれ40年。変化する時代を歩き続けさせてもらっています。
これも長い月日を越えて、弁天荘を支えてくださるお客様がた皆々様の、ご理解あってのことと、深く感謝いたしております。
今後とも私の生きがいとして、弁天荘の経営維持に努めていく所存でございますのでどうぞ末永くご愛顧くださいますように、伏して御礼とお願い申し上げます。

思えば、昭和時代から個性的な旅館であり続けるため、
「常に身の丈にあった、前向きの努力をしたい」と心がけてまいりました。。
弁天荘はペンションでも、ホテルでもありません。
ぴかぴかの今の時代用に建設した旅館でもありません。
また何百年の歴史を誇る老舗旅館でもありません。
昔話になりますが、昭和の中ごろ、国鉄のキャンペーンが始まリました。
ディスカバーブームの時代の幕開けでした。
山村地帯の農業の発展に見切りをつけた父の応援を背中に、
私は20歳から働きづめで、作り続けてきた普通の和風旅館です。
時代の変化に伴い、幾度となく改装修繕をして現在に至っています。
現在は「ペットが安心して泊まれる宿」として深いご理解を頂戴するようになりました。

事の歴史を紐解きますと、むかし昔、ある日のこと、マルチーズをだっこしたお客様が
「この仔が居るものですから」高山中、宿を探して車で廻りましたが、どこの宿も泊めてもらえませんでした。
どんな小さなお部屋でもよいのです。家族4人と1匹どうか泊めてください。」
泣きそうな顔をして哀願されました。今となっては考えられないような、そんな昔々の時代です。

「犬が居るから断られた」そんな事実に、とても深い憂いを感じた私は、「犬も猫も気持よく、泊まれる宿」を目指して 受け入れの門戸を開きました。昭和の時代のことです。ずいぶん奇人変人扱いされました。
それから日本中にペットブームが巻き起こり、ある意味では、そのブームの犠牲になった犬や猫たちも居ます。
「動物愛護法」という法律が制定され、ペット達はようやく家族の一員として暮らせるようになりました。
月日の流れとともに、ペットは、家族としての地位も定着してきました。

お客様の中には「犬が泊まる宿は格下の宿だ」と誤解される方もありました。
「犬が人と一緒に旅館の廊下を歩いているなんて。そんなことが宿として、許されるのか。」
館内で、引き綱で飼い主さんと一緒に廊下を歩く犬を見かけたというだけで。
心無いお客様の中傷。旅館組合や、保健所に投書されたりもしました。
その反面
「肉もおいしいし、部屋もきれいなんだから、普通の人も泊まれるのに。どうして犬猫旅館なの。」
お客様のお子様に不思議そうに、聞かれたこともあります。

「動物連れのお客様を快く受け入れる、優しい宿」を売りに努力の日々を重ねてきました。
「動物もともに同じ部屋で宿泊する」ということを理解してもらうのに長い年月がかかりました。
犬や猫達は人間との深いかかわりを持って、人々とともに長い歴史を超えてきたのです。

私は生きる力のある人間社会の人間よりも、人間の保護の下でしか生きられない動物達。
人間の保護の元にあるにあるペット達を、心からいつくしんできました。
その存在のために飼い主様がご不自由な思いをなさいませんように。と願っております。
これからも私が生きている限り、犬やねこ達にやさしい宿であり続けたいと思っています。
もみ手ではべりつくような、おもてなしはいたしません。

ただ、どうやったら田舎の自然を季節の折々に、体験していただけるか。
お客様に喜んでいただける、「おもてなしがしたい」ということを、常に考えています。

弁天荘 女将 森 和歌子